ミセス・ワタナベ、「逆風3連発」で苦闘の1年

ミセス・ワタナベ、「逆風3連発」で苦闘の1年
編集委員 清水功哉

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2016/12/12 5:30
 年の前半に大幅な円高で損失を被り、秋以降の急速な円安の流れにも乗れなかった――。外国為替証拠金取引(FX)を手掛ける個人投資家(通称、ミセス・ワタナベ)の2016年を簡単にまとめれば、そうなる。12年11月にアベノミクス相場が始まって以来、最も厳しい1年だったようだ。年間の収益率がプラスになる人の比率は3割程度にとどまるとの見方もある。独自に集計したデータも踏まえつつ、ミセス・ワタナベの「苦闘の1年」を振り返ってみた。
 まずこの1年の円相場(対ドル)の動きを確認しておこう。1月に1ドル=120円程度だった円相場(対ドル)はグラフAのように推移した。この中で、3つの逆風がFX投資家を襲った。詳しく見ていこう。

■FX投資家が嫌う「急速かつ継続的な円高
 第1の逆風は年初に始まった円高だ。背景には中国をはじめとする新興国経済の減速があった。世界経済の先行きに悲観的なムードが広がると、「安全通貨」と目される円が買われやすくなる。新興国経済が勢いを失うとその負の作用は米経済にも及ぶ。同国の利上げが当初想定されたペースでは進まなくなり、金利面の円高圧力を生んだ。ドル高の悪影響に対する米国の警戒姿勢が強まったことも、円買い材料になった。

 中国と米国という世界の2つの経済大国から「円高風」が吹いたのだからたまらない。円相場は5月には105円台へと上昇した。こうした急速かつ継続的な円高はFX投資家が最も嫌う動きだ。なぜか。FXでは外貨売りのポジションも持てるが、ミセス・ワタナベは外貨買いの持ち高を好むからだ。筆者が集計している有力FX業者4社(GMOクリック証券、外為どっとコムセントラル短資FX、マネーパートナーズ)の週次データを見ても、今年前半にミセス・ワタナベのポジションは一貫してドル買い越し(ドル買い・円売りの持ち高がドル売り・円買いのそれを上回る状態)だった。

 ドル買い越しだった背景には、FX投資家が相場の方向と反対に動く「逆張り」を得意とする点もある。円高・ドル安が進むとドル買いを増やし、ドルの反転を待つ。多くの投資家が逆張りスタンスでドル買いポジションを持つなか、継続的に円高が進むなら、利益を上げにくいのは当然だ。

■英国のEU離脱決定後にロスカット急増
 そして6月下旬、逆風の第2弾がFX投資家を襲った。23日の英国民投票で同国の欧州連合(EU)離脱が決まったのだ。欧州経済への悪影響を懸念する市場参加者の間でリスク回避ムードが一気に拡大。「安全通貨」の円へとマネーが流入した。離脱決定直前に円は100円を突破。1月と比べると、半年で約20円を超える円高である。ここでミセス・ワタナベは、保有するドル買いポジションについて強制的な損失確定を次々と迫られた。ロスカットと呼ばれるFX特有の機能によるものだ。
 FXは預けた証拠金の最大25倍まで外貨を売買できる商品だが、証拠金の一定割合に相当する評価損が生じると自動的に反対売買する機能が作動する。これがロスカットである。有力業者4社のデータを見ると、6月23日を挟んだ1週間に約13億6000万ドルものドル売りがあった。年初来3番目の大きさ。「ロスカットの嵐」の結果だろう。

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 以上のように、今年前半には大幅な円高ミセス・ワタナベを襲った。結果として成績は悪化した。外為どっとコム総合研究所が外為どっとコムの顧客向けに実施した調査で、16年1~6月期に利益を上げた人は全体の29%にとどまった。通期と半期の数字を単純に比べることはできないものの、同じ調査で15年には42%、14年には55%の人がもうかっていた(グラフB参照)。それを考えるとかなりの悪化である。

■「トランプ円安」なのにドル売り拡大
 問題は年の後半になっても、この劣勢をあまり挽回できなかったと見られることだ。11月に入り第3の逆風が吹いたからである。8日の米大統領選挙で、大方の予想を覆して共和党ドナルド・トランプ氏が勝ったのだ。
 環太平洋経済連携協定(TPP)に反対するなど保護主義的な政策を掲げるトランプ氏が仮に勝てば円高が進む――。それが当初の市場の見立てだったのだが、実際には予想外の円安が進んだ。同氏が勝利宣言で保護主義的な発言を封印。これを受けて、市場参加者がトランプ氏が掲げる政策の「光の部分」に注目するようになったからだ。減税やインフラ投資で米経済が強く刺激されるとの受け止め方が広がったのだ。米長期金利が大幅に上昇し、ドルが買われた。いったん101円台を付けていた円は、約1カ月間で115円台まで下落した。

 上述した通り、ミセス・ワタナベは外貨買いのポジションを好む。円安は本来順風になるはずなのだが、実際には正反対の逆風になってしまった。理由はミセス・ワタナベがドル売りを増やすという致命的なミスを犯したことだ。前出の有力4社のデータを見ると、11月末までドル売り越し(ドル売り・円買いのポジションがドル買い・円売りのそれを上回る状態)が3週間も続いた。ミセス・ワタナベとしては異例のことで、アベノミクス相場が始まってから初の出来事だった。

 ドル高が急速に進む中でドル売り越しを続けたのだから、うまく利益を得られるはずはない。「トランプ円安」が進むなか、多くのミセス・ワタナベはなぜドルを売ったのか。トランプ氏の保護主義的な考え方を踏まえれば、ドル高は長続きしないと考えたのかもしれない。今年前半に急速な円高ショックに襲われたときのトラウマも影響したのかもしれない。このままでは16年通年の調査でも利益を上げられたひとが3割程度にとどまるのではないか。そんな声も業界内で聞かれる。

■「もうかる人は2割」に戻ってしまうのか
 もちろん、まだ16年は終わっていない。13~14日には米連邦公開市場委員会(FOMC)という大きなイベントも控えている。予想される利上げを受けた相場展開の中で、ミセス・ワタナベが上手なトレードをする可能性もあるだろう。だが、16年が全体としては厳しい年だったという評価が大きくは変わらないかもしれない。
 かつて「もうかる人はせいぜい2割」などと言われたFX。アベノミクス・円安相場のなかで勝率はかなり上がってきていたのだが、再びかつてのような姿に戻ってしまうのか。来年のミセス・ワタナベの戦いぶりに注目が集まる。