「南京大虐殺」否定書籍のアパホテルを一斉攻撃…常軌を逸した中国、植え付けられた「反日」の異常
「南京大虐殺」否定書籍のアパホテルを一斉攻撃…常軌を逸した中国、植え付けられた「反日」の異常
「南京大虐殺」や「慰安婦の強制連行」を否定する書籍を客室に備えているとして、中国政府が訪日中国人に日本のアパホテル利用禁止を呼びかけた問題。中国では「アパホテル事件」と名付けられ、ネットだけでなく中国共産党機関紙「人民日報」などの報道機関が盛んにアパホテルバッシングを展開している。なぜ、中国人はこれほどまでに日本の民間企業の発言や書籍に異常ともいえる反応を示すのか。学生時代の6年間を中国・上海で過ごした記者が、問題の経緯や現状などを探った。(神田啓晴)
発端は米国人女性らの投稿動画
騒動の発端は、ある米国人女性らが中国版ツイッターの「微博(ウェイボー)」に投稿した動画だった。
「みんなが知るべき事実」とタイトルが付けられた約10分間の動画では、米国人女性が「東京で泊まったアパホテルの部屋で見つけた本にショックを受けた」と英語で語り始める。「ホテルには中国人も多く泊まっているのに、大勢の人はこの本に何が書かれているのか知らない。この情報を知った上でこのホテルに泊まるかどうかを検討してほしい」。動画は中国語の字幕付きだった。
南京大虐殺について、中国側は犠牲者が30万人以上などと主張。2015年には中国側の一方的な申請で「南京大虐殺文書」が国連教育科学文化機関(ユネスコ)の記憶遺産に登録されたが、日本側は資料に捏造(ねつぞう)された写真や不適切な文書が含まれているとして抗議してきた。
同書では「(日本軍の)攻略時の南京の人口が20万人などという記録から考えても(中国の主張する虐殺は)あり得ない」などと否定している》
しかし女性は書籍が全アパホテルの全客室に置かれており、南京大虐殺などの歴史について多くの人が反対し、不快に思う-などと説明。書籍の記述も読み上げて「ホテルに泊まった客の金は、著者の政治的見解を支えることになるだろう」と指摘し、「彼(著者)のホテルなのだから本を置く権利はあるとしても、中韓の旅客からお金をとることは不誠実だと思う」「みんなにはこの情報を知ってほしい。前もって知っていたら、私はこのホテルを選ばなかった」などと語った。
最後には、「この動画をシェアしてより多くの人にこの情報を伝えて」とのモノローグも。
1月15日に投稿された動画は25日までの10日間で、少なくとも1億2千万回以上再生された。転載は約75万件、コメント数は約4万件に上っており、相当な数の中国人が視聴したことがうかがえる。動画投稿サイト「ユーチューブ」には英語で、「日本の右翼・国粋主義者のホテル」とのタイトルが付けられている。
中国メディアは猛反発
「中国版ウィキペディア」とも呼ばれる「百度百科」のアパホテルに関する記述には、動画の投稿や日中両政府の反応など、騒動の詳細が事細かに記録されている。日本の東京新聞や、韓国のハンギョレ、アメリカのニューヨーク・タイムズなど、各国のメディアの反応についても、アパホテルに批判的なものが取り上げられている。
中国の外務省報道官も1月17日、「日本国内の一部勢力は歴史を正視しようとしない。慰安婦、南京大虐殺は日本の軍国主義のもとで犯された非人道的な悪行で、国際社会も公認している動かざる事実だ」と発言。中国共産党機関紙「人民日報」系の「環球時報」などは連日、アパホテルを批判するコラムや記事をネットにアップし続けている。
環球時報は18日、「アパホテルが右翼書籍の撤去を拒んで南京大虐殺を否定しても、あなたはまだ泊まりますか?」と題した記事を掲載。国営新華社通信は東京都新宿区のアパホテルに記者を派遣して「潜入取材」を敢行し、書籍を手にとって「日本国民と外国人観光客に右翼思想を広めようとしている」と主張した。
南京大虐殺記念館(中国・南京市)も「南京大虐殺を否定し右翼書籍を置くアパホテルに強く抗議する」との声明を発表。「ホテルのCEO(最高責任者)元谷外志雄は軍国主義を掲げる団体をつくって毎月2回の例会を開いてもいる。恥知らずめ!」などと罵倒し、「南京大虐殺は国際社会公認の歴史的事実、全人類が記憶を共有すべきもの」「侵略の歴史を美化する者たちよ、歴史を正視し反省することによってのみ、平和な未来へ突き進めるのだ」などと主張した。
ネットは日中ユーザーの“戦争状態”
ネット上には、中国人男性による「アパホテル潜入」動画も投稿されている。アパのホテルマンに向かって「良識ある人間には受け入れがたい本だ!本が置かれている限り、ホテルに中国人は来ないだろう!ここには泊まれない!」などととまくし立てている。
ホテルマンが「では、どうすればいいでしょうか」と尋ねると、男性は「簡単なことだ。本を撤去しなさい!歴史を変えることはできないと、CEOに伝えろ!」と主張、鍵を突き返して動画は終わる。
こうした動画や記事には、中国側から多くのコメントが寄せられている。「中国語で(本を)書く勇気はないだろう」「正々堂々と中国語で書いてみろ」とアパ側を挑発するようなもののほか、「駐日大使が日本政府に抗議すべきだろう」「中国のホテルにも反日書籍を置けばいい」「日本との対決を望む」「歴史を正視しない国は遅かれ早かれ滅ぶだろう」といった攻撃的なものも。
環球時報が17日、「中国が国としてアパグループに制裁を下すこと」の賛否を問うアンケートを行ったところ、その日のうちに3万人以上が回答。結果は賛成約83%、反対約17%だった。ちなみに反対理由は「国の名義で制裁するまでもない」「民間のボイコットで十分」などだった。
アパグループの代表の動画にも注目が…
アパグループは17日、公式サイトで書籍は撤去をしない方針を発表。中韓の一部メディアは、「アパグループの元谷外志雄代表が主宰する私塾『勝兵塾』の月例会で、『中国人からのホテル予約は受け付けない』と発言した」と報道したが、グループは「全く言っていない。間違った内容が報じられている」と否定した。
「勝兵塾」は、ユーチューブに公式チャンネルがある。21日に公開された動画では元谷代表が今回の問題について語っており、5日間で約8千回も再生されていた。元谷代表の発言を支持する日本人の応援コメントに対し、「日本の右翼ゴミ」「日本の帝国主義を倒せ」「これが日本人の本心だろう」などと中国人が書き込んだコメントも多く、日中ユーザーの罵(ののし)り合いの様相を呈している。
この動画で元谷代表は、「(問題の発端となった)動画が短期間で1億回以上再生されたのは、通常できることではない。大きな組織が絡んでいる可能性が大きい」とも発言。これに対し、動画の投稿者は「数カ月前はアメリカにいて、アパホテルのことも知らなかった。動画は撮影、編集含めても1日もかけていない。計画したものではない」などと微博で反論した。
中国側の反応はさらに過熱する。中国国家観光局の張利忠報道官が24日、「中国の観光客に対する公然とした挑発で、旅行業の基本的なモラルに反する」と「断固たる反対」を表明。中国人の訪日客にアパホテル利用をボイコットするよう呼びかけるとともに、国内の旅行会社やネットの予約サイトに対し、アパホテルのサービスと広告を取り扱わないよう求めたことを明らかにした。
ちょうどこの日夜、大阪市内のアパホテルでは「勝兵塾」が開かれ、元谷代表が130人の参加者を前にあいさつ。「お騒がせしているが、今回のことはいずれ起こると想定していたこと」とし、「幸い当社は1200万人以上の会員のビジネスユースが大半で、海外の宿泊者は2割程度。その中で中国は5%、韓国は3%」と営業上のダメージはないと強調。「どこの国の人も、宿泊者に占めるウエートが10%になれば料金を上げようと考えていた。中国が規制に達する前のいいタイミングで今回のことが起きた」と自信をみせた。
また、「(戦後)70年間にわたって日本は『押せば引く国』『文句いえば金を出す国』という(敗戦国の)悲哀を味わっていたが、『本当はどうなのか』ということを知ってもらう必要がある」と主張。「私としてはダメージよりも、『知名度アップに貢献してくれた』という思い。今や知名度は世界一」と胸を張り、「いろんなところに陰湿な攻撃がくることは警戒しないといけないが、これまでのスタンスを変える気はない」と、書籍は撤去しない方針を改めて強調した。
国民に植え付けられる「反日」
今回の騒動についてだが、上海で6年間を過ごした記者としては、中国人が南京大虐殺に対してこれほど敏感に反応するのは「無理がない」と考える。当地では、テレビのチャンネルを回せば日本人を残虐に殺し続ける反日ドラマが流れ、歴史教科書の記述は日本を必要以上におとしめたものだった。国民に繰り返し喧伝(けんでん)される歴史観は、史実を伝えるというより「反日感情」を強く植え付けるもので、外交問題などで反日ムードが高まれば、タクシーで「日本人じゃないだろうな」などと脅されたこともあった。
12月になれば、「今日は何の日か知っているか」といつも温厚な友人からでさえ、けんか腰に聞かれた。「いや、何か記念日か」と聞き返すと「南京大虐殺だ。日本人も知っているだろう。なぜ、いまだにきちんと反省しないのか」などといわれ、ケンカになりかけたこともしばしばだった。
騒動後、大阪・ミナミのアパホテル周辺では…
中国政府による異例の「宿泊ボイコット」から2日経った26日。中国人観光客の“爆買い”でも人気の大阪・ミナミに近い「アパホテルなんば心斎橋」周辺を取材してみた。
元谷代表が言うとおり、ホテルに入る人の多くは日本人。なかなか外国人客を捕まえられない中、サングラスを掛けた夫婦と幼児の3人組がホテルから出てきて、ホテル前で写真撮影を始めた。耳を澄ませると、話しているのは広東語。中国語で話しかけてみると、香港から観光に来たというシェフの男性(40)一家だった。
「このホテルが今騒動となっていることを知っていますか」と聞くと「知っているし、関心がないわけではない。でも、過去のことだからね」と淡々とした口調。香港から来たというインテリアデザイナーの男性(30)も、「ホテルは2、3カ月前に予約していたし、政府が禁止令を出したのもつい最近だろ。あんまり詳しくは知らないんだ」と意外にさばさばした反応だった。
3人で観光に来たという香港の男子大学生(22)に「香港では今回のアパホテル事件は炎上したりしてないの」聞いてみると、「香港ではそんなに話題になっていないよ」。かつて訪ねた香港には、香港歴史博物館で「日本占領期」をテーマにした展示コーナーもあったので、意外だった。
香港出身の中国人以外はいないのだろうか。そう思い始めた時、1人の女性がスマートフォンのカメラをホテルに向けているのを見つけた。聞けば、「中国で今すごく有名だから、友人に写真を送ってほしいと頼まれた」という北京市の主婦(54)。「今回の騒動についてどう思う」と聞くと、「そうね、世の中いろんな意見があるのだろうけど」と前置きした上で「私はその歴史(南京大虐殺)はあったと思います。そしてそれを否定する人が日本にいることも知ってます」と、いたって冷静な口調で話した。
「ホテルのことはどう思いますか」と尋ねると、「やはり、そんな本があるならば泊まりたいとは思わないでしょうね」と言ったあと、こう続けた。「でも、誤解しないでほしい。私は決して、日本人が嫌いなわけではないです。これはそのホテル自体の問題なのですから」。最後まで、落ち着いた丁寧な中国語で話してくれた。
ネットだけをみれば、ひたすら日本を罵倒するコメントが目立つ。だが、彼女のように日本人にも色んな意見があることを知っている中国人も確かにいる。今や日本旅行が好きな中国人が多いことは、数字が厳然と示している。