4光年先に地球大の惑星 超高速で探査機送る新手法

4光年先に地球大の惑星 超高速で探査機送る新手法

日経ナショナル ジオグラフィック社

2017/2/18

http://www.nikkei.com/content/pic/20170218/96958A9F889DE3E0E5E0EAEBE4E2E2EBE2E0E0E2E3E5E2E2E2E2E2E2-DSXZZO1272912009022017000000-PN1-6.jpg地球と同じぐらいの大きさの惑星プロキシマbからは、こんな風景が見えるかもしれない。(PHOTO ILLUSTRATION BY ESO, M. KORNMESSER)

 「プロキシマ・ケンタウリ」という太陽系から最も近い恒星の周りを回る、地球サイズの惑星が見つかったのはほんの数カ月前のこと。今回、ある天体物理学者のチームが、この系外惑星に探査機を送り込んで長期間観測を行う方法を提唱し、宇宙物理学の学術誌『アストロフィジカル・ジャーナル・レターズ(Astrophysical Journal Letters)』に論文を発表した。


 その方法は、同じく「アルファ・ケンタウリ星系」に超小型の宇宙探査機を送り込もうというホーキング博士らの計画「ブレイクスルー・スターショット(Breakthrough Starshot)」と似ている。ブレイクスルー・スターショット計画では、探査機は地球から照射される強力なレーザーで加速するため、目的地をあっという間に通り過ぎることとなる。そのわずかな間に、探査機は写真を撮影し、データを収集して、地球に送信しなければならない。


 もし、探査機が急ブレーキをかけてプロキシマを周回する軌道に入り、少しの間でも観測することができたらどうだろう?

 天体物理学者のミヒャエル・ヒプケ氏は、「ブレイクスルー・スターショット計画では、ほんの数秒の間に、数枚のスナップショットを撮影することしかできません。ここでカメラが目標をとらえられなければ、一巻の終わりです」と言う。「これに対して、目標を周回する軌道に探査機を投入することができれば、探査機が稼働している間ずっと、そこにとどまることができます」

■止まらない超高速の探査機
 宇宙起業家たちは、プロキシマの周りに地球大の惑星が発見される前から、太陽系に最も近いアルファ・ケンタウリ星系をめざすブレイクスルー・スターショット計画を考えていた。この星系で新たに発見された惑星「プロキシマb」は、4.24光年しか離れていないため、太陽系外惑星としては、人間の寿命内に無人探査機で到達できる可能性が最も高い。

 ただ、ブレイクスルー・スターショット計画ではじっくりと探査をすることができない。計画されているナノサイズの宇宙探査機「スターチップ(StarChip)」は、反射率の高い帆を張り、地球から照射される強力なレーザーの力を借りて、最終的に光速の2割ほどまで加速して宇宙空間を進んでゆく。ただ、このレーザーはまだ開発されていない。

 このスピードでもアルファ・ケンタウリ星系に到達するのに約20年かかるが、減速する手段がないため、スターチップはわずか数分で星系を通過することになる。

 ヒプケ氏と同僚のレネ・ヘラー氏は、恒星の光を利用して超小型探査機を減速し、さらにはプロキシマを周回する軌道に送り込む方法を思いついた。懐疑的な見方をする人がいるものの、二人のアイデアは興味深いものであり、ブレイクスルー・スターショット計画に少なからぬ影響を与える可能性がある。

 ドイツのマックス・プランク太陽系研究所に所属するヘラー氏は、「この方法で探査機をプロキシマbに送り込むのに必要なエネルギーは、これまでのようにロケットを使って地球周回軌道に乗せるのと基本的には同じです」と言う。「ブレイクスルー・スターショット計画に比べると速度は5分の1になりますが、星間ミッションへの技術的・エネルギー的な要請は格段に小さくなります」

■ブレーキをかける方法とは?
 遠くにある恒星の光をブレーキとして利用するアイデアは、太陽の光で宇宙船を走らせる太陽帆(ソーラーセイル)の原理から生まれた。反射率の高い材料でできた巨大で超薄い帆は、海上の船の帆が風をとらえるのと同じように、太陽の光子をとらえて光圧により宇宙船を進ませる。

 光子を利用して宇宙船を推進することができるなら、風を利用して帆船を加速したり減速したりできるように、宇宙船が目的地に近づいたときに減速させるのにも使えるはずだ。
 ヘラー氏とヒプケ氏が発表した論文によると、宇宙探査機の重さは石けん1個分ほどで、推進力を得るための帆の大きさは9万平方メートル(サッカー場およそ14面分)以上が必要になるという。

http://www.nikkei.com/content/pic/20170218/96958A9F889DE3E0E5E0EAEBE4E2E2EBE2E0E0E2E3E5E2E2E2E2E2E2-DSXZZO1272914009022017000000-PN1-6.jpg
アルファ・ケンタウリは、南半球からよく見える青みがかった明るい星で、地球からわずか4光年のところにある三重連星だ。(PHOTOGRAPH BY ESO)

 探査機は、太陽の光を巨大な帆に受けながら、アルファ・ケンタウリ星系を目指す。目的地に近づいたら帆の向きを変え、今度はアルファ・ケンタウリから届く光子を利用して、効率的に停止することになる。

 そこで、アルファ・ケンタウリの明るいA星とB星を周回する軌道にとどまってもよいし、2つの星の重力をうまく利用してプロキシマに向かい、その軌道に入ることもできる。

 いずれにせよ、探査機はプロキシマの間近で、慌てることなくデータの収集や撮影をし、それらを地球に送ることが可能となる。

 「プロキシマは興味深い存在です。なぜなら、生命が存在できる『ハビタブル・ゾーン』の内側に惑星があることがわかっていますから」とヒプケ氏。

■ゆっくりと、着実に
 ヒプケ氏らのアイデアには説得力があるが、目的地への到達には人間の寿命より長い時間がかかってしまう。太陽光に押されてアルファ・ケンタウリを目指す探査機が太陽系の外に出るときの速度は、光速の4.6%にしかならないからだ。

 この速度では、探査機がアルファ・ケンタウリ星系に近づくまでに約95年かかる。そして、アルファ・ケンタウリからの光を利用して減速した後、プロキシマに到達するのにさらに46年かかるという。つまり、探査機が集めたプロキシマに関するデータを受け取るのは、私たちの子孫ということになる。

 ブレイクスルー・スターショット計画の諮問委員会を率いるハーバード・スミソニアン天体物理学センターのアヴィ・ローブ氏は、「スターショット計画のコンセプトにとって何よりも重要なのは、人間の寿命内にアルファ・ケンタウリに到達するという点なのです」と言う。「私たちが計画しているレーザーアレイは、太陽の100万倍の光圧で帆を押すことができるのです」

 そんな高速で飛行する探査機は、恒星の光だけで止めることはできないが、はるかに早くたどりつける。ローブ氏はまた、ヒプケ氏とヘラー氏が提案する大型で超軽量の帆は、まだ存在していない材料をあてにしていると批判する。

 とはいえ、材料科学のめざましい進歩は、探査機の軽量化と高速化を実現する極薄の帆を生み出すだろう。
 「グラフェンを大量生産して、特殊な光学特性をもつメタマテリアルでコーティングすれば、もう目的地に着いたも同然ですよ」とヒプケ氏。「あとは、センサーや通信用レーザー、スマートフォンに使われているような部品をいくつか追加するだけでいいんです!」

(文 Nadia Drake、訳 三枝小夜子、日経ナショナル ジオグラフィック社)