〝国宝級茶碗〟の真贋はドロ沼「神学論争」

〝国宝級茶碗〟の真贋はドロ沼「神学論争」に なんでも鑑定団騒動…今度はX線分析結果に専門家が猛反論


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昨年12月のテレビ東京系番組「開運!なんでも鑑定団」で曜変天目茶碗と鑑定された茶碗(テレビ東京の放送画面より)

 昨年12月に放送されたテレビ東京系の人気番組「開運!なんでも鑑定団」に持ち込まれた茶碗が、国宝級の「曜変天目(ようへんてんもく)」と鑑定されたことに複数の専門家から異論が上がった騒動がおさまらず、過熱の一途をたどっている。

所有者の依頼で茶碗の成分分析を実施した大学教授が「模倣品の可能性を示す発色元素は検出されなかった」と指摘。一方、番組の鑑定結果を疑問視する専門家は分析について「方法が不十分で、元素が含まれている可能性は依然としてある」とさらに疑念を募らせており、さながら「神学論争」の様相を呈してきた。(佐藤祐介)

古美術鑑定家が絶賛
 「国宝級」と鑑定されたのは、昨年12月20日放送の「開運!なんでも鑑定団」に持ち込まれた茶碗。所有者は徳島県内でラーメン店を経営する男性で、大工をしていた曽祖父が、戦国武将・三好長慶の子孫が暮らす屋敷の移築を請け負った際に買い受けた古美術品の中に交ざっていたという。

 番組では、古美術鑑定家の中島誠之助さんが「国宝の曜変天目と同じものに間違いない。漆黒の地肌に青みを帯びた虹のような光彩がわき上がっていて、まるで宇宙の早雲をみるようだ」と絶賛。100万円とした所有者の自己評価を大きく上回る2500万円の鑑定額をつけた。

 曜変天目は、南宋時代(12~13世紀)の中国・福建省で制作された陶器。完全な状態では3点しか現存せず、藤田美術館大阪市)と静嘉堂文庫美術館(東京)、大徳寺龍光院京都市)で所蔵。いずれも国宝に指定されている。今回の茶碗が曜変天目であれば、「4点目」という驚きの発見となる。

 しかし番組放送後、曜変天目茶碗の再現に父の代から挑み続け、何度も中国に赴くなどして研究を続ける陶芸家、九代目長江惣吉さん(54)=愛知県瀬戸市=や大学教授、学芸員ら複数の専門家が「似ても似つかない」「鑑定する以前の問題」「本物なら桁が3つくらい増えてもおかしくない」などと相次いで鑑定結果を疑問視した。

 論争は過熱し、徳島県教育委員会は、いったん計画していた茶碗の文化財指定に向けての調査を中止に。当初協力的だった所有者から中止の申し出があったという。

 インターネットを中心に続いていた論争もやがて収束に向かうと見られたが、そうはならなかった。
 所有者から依頼を受けた奈良大の魚島純一教授(保存科学)が2月22日、茶碗の表面の色の成分分析を実施したのだ。

新たに蛍光X線分析も…
 もともと番組の鑑定に異を唱えていた長江さんは、国宝級の茶碗でない可能性の一つとして、茶碗に浮かぶもようが中国の土産物店などで売られている模倣品と似ていることを挙げていた。

 長江さんによると、国宝の曜変天目茶碗の製造過程で使われる釉薬には、コバルトなど発色元素はほぼ含まれていない。つまり、できあがった茶碗の色合いは、発色元素によるものではなく、光の当たり具合によって変化する「構造色」に分類され、両者は全くの別物だという。

 長江さんは番組の茶碗について「18世紀以降に開発された陶磁器釉薬(ゆうやく)用の絵の具で色づけされたものである可能性がある」と指摘し、国宝の曜変天目との違いを強調している。

 魚島教授はこれに対し、模倣品であれば、塗られている釉薬に発色元素が含まれている可能性があるため、蛍光X線分析装置を使って茶碗の表面に見える赤や青、黒、白などの色がついた部分にX線を当てて分析した。

 その結果、約10種類の発色元素がごくわずかに検出されたが、魚島教授は「発色に影響を与えない程度で、有意に検出したレベルではない」として誤差の範囲内と分析。発色元素を含む釉薬が塗られている、との長江さんの主張を否定した。

 所有者の男性は鑑定結果に「科学的な根拠が持てて納得できた」と述べたが、魚島教授は取材に「あくまでも発色元素が検出されなかったというだけで、分析結果は茶碗の評価の真贋(しんがん)を判断するものではない」とも強調した。

 しかし、この分析結果に長江さんは真っ向から異を唱えた。
 長江さんは、魚島教授の分析結果を見た上で、茶碗に塗られている釉薬の発色元素を詳しく分析するためには、分析装置から発する蛍光X線の入射角度が適切ではなかった可能性があると指摘。X線の入射角度によっては発色元素が検出される余地があるとしている。
釉薬は1種類か複数か

 さらに長江さんは、魚島教授の分析結果で、茶碗の赤、青、白、緑の色がついた部分からマンガンが検出されているが、大部分を占める黒い部分からは検出されていない点に着目した。

 長江さんによると、南宋時代に中国・福建省の窯で製造された茶碗であれば、使われた釉薬にはマンガンが含まれている。一つの茶碗でマンガンが検出される部分とされない部分があるということは、茶碗には異なる釉薬が複数使われている可能性があるとした。

 長江さんと他の研究者らは以前、藤田美術館曜変天目茶碗を研究し、釉薬が1種類しか使われていないことを確認している。長江さんはこのことから、番組の茶碗について「南宋時代につくられた茶碗ではない可能性が高い」と強く訴えているのだ。

 長江さんは魚島教授に分析結果の詳細を公表するよう求めているが、これまでに返答はないという。
テレ東の再鑑定は…

 ここまで騒動が広がった理由の一つには、番組を放送したテレビ東京が放送前、「番組始まって以来、最大の発見!」と題したニュースリリースを行っていたことも無視できないだろう。

 長江さんは「実物をみたわけではない自分が、茶碗の鑑定に言及しすぎるのは良くないと理解している」としながらも、「曜変天目の複数の研究者に分析を依頼すれば、結果はおのずと判明する」と語る。

 しかし、同社は「鑑定結果は番組独自の見解に基づくもの。番組の制作過程はお答えしていない」(広報部)との姿勢を貫いており、再鑑定に乗り出す気配もない。

 長江さんは3月2日、放送倫理・番組向上機構BPO)に番組内容の審議を申し立てた。「報道機関であれば発信したものに責任を持つべきで、放送内容に疑義が生じた場合は検証する必要がある」として、番組での鑑定の根拠を示すことや、場合によっては再鑑定の実施を求めるよう申請したが、後にBPOは審議対象としないことを明らかにした。

 これで再鑑定への道は完全に閉ざされたのか、それとも-。今後の動きが注目される。