トランプ大統領は北朝鮮を攻撃するのか?


 北朝鮮情勢が緊迫度を増している。米東部時間の4月13日夜、米NBCニュースが、トランプ政権内が、北朝鮮が6度目の核実験を実施する兆候がみられれば、「先制攻撃」を行う準備をしていると伝えた。朝鮮半島近海に呼び戻されている空母打撃群に加えて、トマホーク対地攻撃巡航ミサイルを搭載した駆逐艦朝鮮半島近海に配備され、グアムでも戦略爆撃機が待機中という内容だが、ホワイトハウスはこのNBCの報道を否定した。

米国の攻撃に対しては徹底抗戦する姿勢

 4月11日に開幕した北朝鮮最高人民会議では、核開発の推進などに関する法整備が議題に上がらず、20年ぶりに外交委員会を設置するなど、外交を強化する姿勢を見せている。他方、北朝鮮は、シリア空爆に関する声明で、自らの核開発による自衛力の強化が「正当」だったことが証明されたとし、米国の攻撃に対しては徹底抗戦する姿勢を維持している。

 北朝鮮分析サイト「38ノース」によれば、北朝鮮北東部の豊渓里の核実験場ではすでに実験の準備が整っており、故金日成主席の生誕105周年である4月15日の午前にも実験を行うとの情報もある。4月25日は朝鮮人民軍創建85周年で、今後もミサイル実験など挑発が続くことが予想される。

 では、トランプ政権は、本当に北朝鮮に軍事力を行使するのだろうか。まず、トランプ大統領北朝鮮問題を安全保障上の最優先課題の1つと考えていることは間違いない。オバマ前大統領からの引き継ぎを受けた際、最初の案件が北朝鮮問題で、トランプ大統領はこの時に状況の深刻さに気づいたと言われている。このため、当初情報機関によるブリーフィングを受けることに難色を示していたが、少なくとも北朝鮮情勢については聞く耳を持つようになったらしい。

 次に、トランプ政権は発足後に北朝鮮政策の見直しを行い、20年以上にわたる北朝鮮の非核化は「失敗」したと結論づけ、非核化の意思を示さない限り対話に応じないというオバマ政権時代の「戦略的忍耐」も終わったとしている。政策見直しの中で、長距離弾道ミサイルの発射実験をレッドラインとみなしていると一部報道されたが、公式な方針となっているかどうかは不明だ。政権内部からは、軍事的手段はあくまで最後の手段で、まずは中国に本気で北朝鮮を止めさせることが最優先で、そのために早期の米中首脳会談に応じたという声も聞こえる。

 他方、米太平洋軍では、北朝鮮攻撃のシミュレーションが繰り返され、その準備が着々と進められているという。その中には、ミサイル等による外科手術的な空爆だけではなく、サイバー攻撃や、特殊部隊による作戦も含まれているようだ。ただ、「斬首」作戦が含まれているかどうかは今のところ確証がない。

 トランプ大統領ツイッターで「中国が行動しなければ、同盟国と行動する」とつぶやいている。このため、少なくとも日韓との事前協議なしに単独行動を行う可能性は低い。だが、米側が事前協議で日韓の同意を求めるのか、あるいは同意なしでも攻撃を行うのかどうかは不明だ。

 最大の問題は、米軍が北朝鮮を攻撃した場合、北朝鮮が米軍基地のある日韓に対して報復する可能性が非常に高いことだ。このため、日韓としては米軍による北朝鮮への先制攻撃を支持することに慎重にならざるを得ない。

 1994年にクリントン政権北朝鮮空爆を検討した際、米軍は90日間で米軍5万2000人、韓国軍49万人が死亡、民間人の死者も100万人を超え(そのうち在韓米国人8-10万人)、被害総額は1兆ドルと推定したため、大統領は空爆を決断することができなかった。当時の韓国政府も空爆に反対した。
 なお、当時の日本は55年体制崩壊後の政治の混乱のまっただ中にあり、米軍から補給、機雷掃海、情報収集、護衛、船舶検査など1900項目に及ぶ協力依頼が来ても、集団的自衛権の行使に当たるため応じられず、米側を失望させた。

レッドラインがレッドカーペットに

 北朝鮮が日韓に対する報復能力を持つため、米国は北朝鮮に対して何度レッドラインを設定しても、結局は軍事的手段を行使できなかった。このため、専門家の間では、レッドラインが“レッドカーペット”になったと自虐的に言われている。トランプ政権にとっても、北朝鮮に対してレッドラインを設定するのは容易なことではない。北朝鮮は自らの報復能力にますます自信を深め、米軍の攻撃を抑止できると考えて、核ミサイル開発を強行しているのだ。

 トランプ政権による北朝鮮政策の見直しは完了したと伝えられているが、その中身は不明だ。おそらく、北朝鮮が米本土を核攻撃できる能力の保有を阻止することが柱の1つだろう。そのために軍事力の行使も辞さない構えを見せながら、中国への働きかけと、北朝鮮への圧力を強めているのだろう。しかし、中国がかつてほど北朝鮮に大きな政治的影響力を持っていない可能性は高く、また中国企業を対象とした経済制裁を行ったとしても、その効力が現れるには時間がかかる。

 他方、北朝鮮の戦略目標もこの20年で変化した。当初、北朝鮮核兵器開発を放棄するのと引き換えに、体制の保障と経済支援を求めてきた。しかし、今の北朝鮮は、国際社会に自らを核保有国であることを認めさせた上で、米国との一種の核軍備管理交渉を目指していると考えられる。それによって北朝鮮は生き残ろうとしているのであり、米国を交渉に引きずり出すためには、米本土を核攻撃できる能力を持つことは不可欠なのだ。

 トランプ政権は「力による平和」を掲げる。それはオバマ政権には欠けていたことだったし、オバマ政権が軍事力の行使に慎重でありすぎたことが、今日の安全保障環境を悪化させたとするトランプ政権の認識もある程度正しい。しかし、トランプ政権には安全保障に関する全体的な戦略が描けていない。仮に、戦略もなく、軍事力の行使を脅しのために使っても、これまでのレッドカーペットをさらに長くするだけだ。一方、事態の打開のために北朝鮮に対して空爆を行えば、大きな被害と混乱を北東アジアにもたらすだろう。

米国単独の外科手術的な軍事力の行使を検討するだけでは不十分

 北朝鮮の非核化を実現するためには、米国単独の外科手術的な軍事力の行使を検討するだけでは不十分だ。まずは、日米韓が北朝鮮を核保有国として認めないことを確認し、その上で、金正恩体制を維持するのか取り除くのかという戦略目標を検討しなければならない。さらに、実践可能なレッドラインを設定し、北朝鮮がレッドラインを越えた場合に備えた共同作戦計画も必要だ。もちろん、北朝鮮による報復への備えに加えて、紛争後の構想、非戦闘員の避難、難民対策など、この20年の宿題も早急にこなさなくてはならない。

 北朝鮮以外のどの国も現状維持を望んでおり、北朝鮮に対する本格的な武力行使など考えたくもないだろう。混乱する韓国の国内情勢と、日韓関係の現状では日米韓の連携が難しいことは明らかだ。しかし、これこそが北朝鮮の望んでいる環境だ。日米韓が一体となって北朝鮮の非核化のためにリスクを取る覚悟を示さない限り、中国の協力を引き出し、北朝鮮に核開発を放棄させることはできない。