名門高の韓国への修学旅行が「延期→決行→中止」の大騒動

名門高の韓国への修学旅行が「延期→決行→中止」の大騒動 原因は意外なところに…

6/10(土) 15:01配信

現代ビジネス

 北朝鮮のミサイルの連続発射が、意外なところにまで悪影響をおよぼしている。「学校法人智弁学園」(本部・奈良県五條市)が運営する3つの高校で、毎年の恒例行事となっている韓国への修学旅行をめぐり、保護者と学校側が「安全か危険か」を巡って激しく対立したのだ。

 学校側は「韓国への修学旅行は歴史教育を兼ねており、本校の伝統」と主張、一方、保護者は「生徒の安全を100%保証できるのか」と反論し、両者の主張は平行線をたどった。名門高校で何が起きたのか。内情を取材した。

ギリギリまで模索

 奈良県五條市にある学校法人・智弁学園(藤田清司理事長)。同地の「智弁学園高校」のほか、同県香芝市の「智弁学園奈良カレッジ高等部」、さらに智弁学園同様に高校野球の名門として知られる「智弁学園和歌山高校」(和歌山県和歌山市)という3つの高校を運営している。(「弁」は本原稿では簡易表記)

 3校の2学年の生徒たち(3校の合計で約500人)は、いずれも今年4月に、4泊5日の日程で韓国に行く予定だった。

 だが3月6日、北朝鮮日本海に向けて4発の弾道ミサイルを発射し朝鮮半島情勢が緊迫化すると、保護者からは不安の声が噴出。さらに4月11日には外務省が、韓国への渡航者などに朝鮮半島情勢に注意するよう呼びかける海外安全情報を発表したこともあり、同学園は同17日に修学旅行の延期を決定したのである。

 ところが、学園側はその後も「修学旅行先は韓国」という基本路線は放棄しなかったようだ。ゴールデンウィーク明け、多少情勢が安定したとみるや、「7月に韓国への修学旅行を実施することを検討している」と保護者に通達。同意書を配布し、保護者に書名・捺印を求めたのだ。

 5月11日付・同31日締め切りで保護者に配られたこの「同意書」には、「本学園にとりましては一つの伝統ともいえる韓国修学旅行でありますので可能な限り実現の方向で検討して参った次第です」という、藤田清司理事長の言葉も添えられている。

 さらにこの締切直前の5月27日には、旅行の手配を任されている旅行代理店の社員も同席し、学園側が保護者に旅行の意義と、安全性を説明する「説明会」も各校で行われている。

 「現代ビジネス」が入手したこの日の説明会資料を読むと、7月10日に関西国際空港からソウル・金浦空港へ飛び、2日目に石窟庵、仏国寺などを回り白馬江で川下り、3日目に姉妹校・漢陽工業高校で交歓会を行うなど具体的な旅程表も完成している。

 また万一現地でテロなど緊急事態が発生した場合は、「現地事務所駐在員が24時間体制で待機」し、ロッテ観光本社や日本大使館総領事館も加わった緊急連絡支援体制が確立されているため、「万全の安全対策」が準備されていると謳われている。

 智弁学園は、今年も韓国への修学旅行を実施しようとギリギリまで模索していたのだ。


「強いこだわり」の理由

 韓国への修学旅行は、1975年から昨年まで42年間続き、累計2万人以上の学生を送り出してきた智弁学園の「伝統行事」。同学園がこの修学旅行にこれほどこだわりを見せたのは、やはり「伝統」を守りたいという気持ちからなのだろう。

 この修学旅行は、もともと同学園の前理事長である故・藤田照清氏(2009年12月に死去)が智弁学園高校の校長代行だった時代にスタートした。

 関係者によると、「照清さんは歴史教育の一環としてこの修学旅行を続けており、強いこだわりを持っていた」と明かす。韓国の高校生との交流を続けた功績で、照清氏は2004年には韓国大統領 から「産業褒章」も受けている。

 また、照清氏は亡くなる少し前の2009年4月にも韓国紙「中央日報」の取材に答え、その時点で35周年を迎えていた同校の修学旅行の意義について、

 「韓国修学旅行は校長を務める3人の息子がずっと続けると信じている。日韓両国の青少年が正しい歴史観を持って東アジアの人材として成長していくことを願っている」

 とも語っている。こうした照清氏の生前の思いは、照清氏の息子である清司・現理事長に限らず、智弁学園の教職員にも一定程度共有されているようだ。智弁学園和歌山の副校長は、5月31日に「現代ビジネス」の取材に答え、以下のように語っていた。

 「過去に行った韓国への修学旅行では、現地の交流会で知り合った姉妹校の生徒とその後も個人的に文通やメール交換を続ける生徒がいたなど、決して表面的でない国際交流ができています。

 よく韓国の教育が『反日的』だと報道されたりしますが、少なくとも私たちが実際に交流している限りは教職員も生徒たちも本当に友好的ですし、そうしたことを肌で感じられる教育的意義もあると思っています」

 だがこうした学園側の姿勢は、実際にわが子を韓国へ送り出す保護者の目には、「伝統」や「教育的意義」を生徒の安全よりも優先するかのように映ったようだ。智弁学園の運営する高校のひとつに子どもを通わせているというある保護者は、旅行先変更決定前に次のように言っていた。

 「私自身は別に韓国という国がダメだとは全く思っていません。学校側に問いたいのは、なぜ今あえて韓国に行く必要があるのかということに尽きます。学校の伝統も大事なのかもしれませんが、子供たちの安全を最優先に考えて『今回は韓国以外のところで』と考えるのが、それほどおかしなことでしょうか? 


保護者からはこんな質問が

 5月27日の説明会では、学校幹部や旅行代理店の社員たちが安全対策を強調すればするほど、保護者の不安を増幅させる結果になったようだ。

 質疑応答では、以下のような質問が飛んだという。

 「こうした安全対策をしなければならない場所に行くこと自体が心配。今日の説明を聞いてさらに不安になった」

 「有事の際には民間機は飛べなくなる。となれば、自衛隊機などになると思うが、韓国側と受け入れの調整が終わったなどの話は聞かない」

 「これまでの旅行では事故がなかったという話だったが、今回はこれまでとは違う。学校側だって同意書まで書かせて我々保護者に決断を求めている。一体学校側は、我々がどういう思いで子どもたちを送り出すと思っているのか? 

 「旅行代理店が説明してくれた安全対策は事件・事故の時のレベルであって、有事対応のレベルではない」

 「無事に帰国できたとしても、私たち親はこれから先、そんな情勢の時に我が子を送り出したという事実を背負っていくことになる」……

 こうした声を「過剰反応」と見る向きも一部にあることは、保護者たちも承知しているだろう。だが、前述の保護者はこう主張する。

 「もちろん、『心配しすぎ』という声があるのは分かっていますし、北朝鮮がミサイルを続けて飛ばすようになった今も、韓国が旅行先として一定の人気があるのも知っています。しかし修学旅行というのは教員が引率するとはいえ、子供達が保護者の目の届かない環境で集団行動する旅行。ツアーや個人旅行と同じように考えてほしくありません」

分断が修復されればいいが…

 さて、保護者との侃々諤々の議論の結果、43回目となるはずだった智弁学園の韓国修学旅行は、「同意書の集まり具合が、4月に延期を決めたときよりも悪かった」(智弁学園・片山教頭)ことなどから今年は行われないことが決まった。関係者によると、積極的に参加する意思を示した生徒の数は、全体の一割程度だったのではないかという。

 結局、学校側は今年の修学旅行先を韓国から北海道へと変更することを決定し、6月3日までに、3校の生徒たちと保護者にその旨を通知したのである。

 今回の変更決定について智弁学園高校の教頭は、「現代ビジネス」の取材に、「4月に延期を決めてから国際情勢が好転することを期待していたが、好転する兆しがなかなか見えないため、保護者にはそのようにお知らせした」と述べている。

 同学園では原則全員参加の修学旅行としては行わないものの、代替措置として希望者のみ、3校の合計で50名程度の生徒を韓国に送る「海外研修プログラム」を今年度に実施する計画があるという。

 伝統や教育理念を重視したいという学校側の気持ちも分からなくはない。保護者側の反応も「過剰」とも映るかもしれないが、これについても、実際にその立場になってみないと分からないところがあるだろう。

 保護者の一人はこう明かす。

 「学園の理念は『三位一体』。学校側、生徒、保護者が一体となって、子どもたちの成長を促す、というものですが、今回の件では学園側の前のめりな姿勢が目立ち、理念からずれているのではないかと感じました。決断が遅れたこと、二転三転したことが、生徒や保護者に余計な不安を与えたんだということは、学校側にも理解していただきたいのです」

 国家間の緊張・対立が、思わぬところの緊張・対立を生んでしまったこの一件。せめて、保護者と学校側の「分断」が早く修復されることを願うのみだ。