「米朝危機は決して回避されていない」ことを示す、ある重要なサイン

米朝危機は決して回避されていない」ことを示す、ある重要なサイン

~それは中国共産党機関紙の中にあった

ミサイルを止めた「共産党機関紙の社説」

朝鮮半島の緊張は北朝鮮が自制する姿勢を示し、ひとまず小康状態を取り戻した。金正恩・最高指導者が軟化したのは、頼りとする中国が冷たく突き放したからだ。だが、危機はここで終わるのか。むしろ米国は挑発を加速するかもしれない。
米朝の挑発合戦は8月8日、トランプ大統領の「米国をこれ以上脅せば、世界が見たこともないような炎と怒りに直面するだろう」という発言から始まった。北朝鮮は10日、米領グアム近海に中長距離弾道ミサイル4発を発射する計画を発表し、一挙に緊張が高まった。
ところが金正恩氏は14日、一転して「米国の行動をしばらく見守る」と表明した。これをトランプ大統領が「非常に賢明で筋の通った選択」と評価し、極度の緊張状態は一見、沈静化に向かったように見える。
まず、なぜ金正恩氏は急に態度を和らげたのか。
背景には、金氏を見限った中国の態度表明がある。それは中国共産党機関紙、人民日報の国際版である「環球時報」に10日付社説の形で表明された。次のような内容だった(英語版、http://www.globaltimes.cn/content/1060791.shtml)。

朝鮮半島の不確実性は高まっている。北京は現時点でワシントンと平壌が引き下がるように説得できていない。中国はすべての関係国に対して自らのスタンスを明確にし、彼らの行動が中国の利益を阻害するときは、中国は断固として対応することを彼らに理解させる必要がある。
もしも北朝鮮が米国本土を脅かすミサイルを先に発射して米国が報復した場合、中国は中立を保つだろう。もしも米国と韓国が攻撃して、北朝鮮の体制を転覆し、朝鮮半島の政治的版図を変えるようなら、中国はそうした行動を阻止することも明確にすべきである〉(英語版を基に翻訳)
この社説は米朝の挑発合戦が最高潮に達した時点で書かれた。日本のマスコミはなぜか産経新聞を除いて大きく報じなかったが、このあたりに日本マスコミのピンぼけぶりが表れている。

「中朝軍事同盟を反故にする」のと同じ

この社説はあきらかに今回の朝鮮半島危機で最重要な文書の1つである。中国の基本姿勢が簡潔かつ明確に示されているからだ。念のため確認しておこう。社説が唱えたのは、次の2点だ。
北朝鮮が先制攻撃すれば、米国が報復しても中国は中立を保ち介入しない。だが、米国が北朝鮮の体制を転覆し、朝鮮半島の政治的版図(英語表記はthe political pattern of the Korean Peninsula)を塗り替えようとするなら、中国は見過ごさず、断固として介入する。
金正恩氏から見れば、これは中国の裏切り同然である。
なぜかといえば、中国と北朝鮮は軍事同盟を結んでいる。どちらか一方が他国から攻撃されれば、残る片方は「直ちに全力をあげて軍事上その他の援助を与える」と取り決めているのだ(https://ja.wikipedia.org/wiki/中朝友好協力相互援助条約)。
だが、社説は「北朝鮮が米国から報復攻撃されても中国は介入しない」と宣言した。これは盟約を反故にしたのと同じだ。中国がこれほど重大な方針を表明せざるをえなくなったのは、言うまでもなく、米国が本気で報復する構えを示したからだ。

中国は米国の軍事的圧力を目の当たりにして、挑発を続ける金正恩氏を見限った。一言で言えば、トランプ大統領の「炎と怒り」発言の成果だ。大統領は軍事力を行使せずに、前提条件付きとはいえ中国を北朝鮮から切り離すのに成功した。
この1点を見ても、外交の本質は軍事力を背景にした駆け引きと分かるだろう。日本の左派系メディアは「米国と北朝鮮はよく話し合って外交的解決を目指せ」などと叫んでいるが、軍事力の意味も中国の行動も理解していない。まったくトンチンカンそのものだ。

「これ以上の挑発はまずい」と思った

社説を裏側から見れば、次のようにも読める。
米国が報復攻撃によって朝鮮半島の政治的版図を変えないのであれば、中国は米国が核とミサイル、さらには金正恩氏自身を除去するのも容認する。中国にとって重要なのは、あくまで北朝鮮という緩衝国家であって、金正恩氏個人ではない。そういう基本方針を示唆している。
金正恩氏もそう理解したからこそ「これはやばい」と思って、ここはいったん引き下がる決断をした。これ以上、米国を挑発すれば、米国だけでなく中国という味方も失いかねないことに気が付いたのだ。
それでなくても中国と北朝鮮の緊張は高まっていた。石炭の輸入停止など北朝鮮に対する国連の追加制裁に中国もロシアも賛成している。社説はさらに一歩踏み込んで米国の報復攻撃を容認した。
朝鮮半島の政治的版図」とは何か。中国と軍事同盟を結び、ロシアとも友好関係を保つ北朝鮮が、米国と軍事同盟を結ぶ韓国と対峙している状況である。
中国はたとえば米国が北朝鮮に米軍を進駐させて基本構図を変えようとするなら介入するが、核とミサイルひい

ては金正恩個人が除去されたとしても、版図の基本構図が維持されるなら介入しないと示唆している。それは、米国の報復攻撃に中国がゴーサインを出したも同然と言える。
ニッポン放送の番組「ザ・ボイス そこまで言うか」(8月14日)でも話したが(https://www.youtube.com/watch?v=hPHrHOYXRYI)、中国のこうした姿勢は、私がかねて指摘してきた中国と米国、ロシアによる「新ヤルタ協定」とも呼ぶべき新たな半島分断支配の可能性にも符合する(7月21日公開コラム、http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52357)。
中国だけでなく、ロシアも「北朝鮮はオレの縄張りでもある」と言うだろう。
北朝鮮はもともと旧ソ連金日成ソ連軍将校として連れてきて、実質的に建国した国だ。北朝鮮が1948年に建国した当時、毛沢東の中国はスターリン率いる共産主義国の先輩であるソ連に楯突けるような国でもなかった。
旧ソ連は日本の敗戦後、米国との合意に基づき北緯38度線を境に朝鮮半島の米ソ分断統治に乗り出した。そんな半島の歴史と現実を踏まえれば、ロシアの言い分には一定の政治的正統性(legitimacy)もある。

米国が中国に出した「満額回答」

さて、米国はどうか。
中国が「環球時報社説」という形で態度表明したのを受けて、米国はマティス国防長官とティラーソン国務長官が8月14日、ウォール・ストリート・ジャーナル紙に連名で寄稿し「米国は体制転換や朝鮮半島統一の加速には関心がない。…米国は北朝鮮と交渉することをいとわない」と表明した(http://jp.wsj.com/articles/SB12769792524456303358204583328820864020216?emailToken=JRv7dPx+aXmQitw3b8wH/gRyMfdZVL7TGwmLcC2UYRCX7yGF+7r9mvVu3IHn8Tn3FRgmv4pctTdh)。
米国が新聞寄稿記事というスタイルで態度表明したのは「私たちは中国の意図を新聞社説で了解した。だから私たちも同様に新聞で返答する」という外交プロトコル儀礼)に沿った行動である。双方がサインを交換しているのだ。

米国が外交プロトコルにも注意を払って「体制転換の意図はない。朝鮮半島統一の加速にも関心がない。米軍が非武装地帯の北側に駐屯するための口実を求めているわけでもない」と表明したのは、まさしく中国が求めた「政治的版図の変更は容認しない」という要求に対する満額回答である。
そのうえで北朝鮮に交渉を呼びかけた。これは、あきらかに米国の軟化を示している。これまでトランプ政権は繰り返し北朝鮮の核とミサイルの廃棄を求め、それが実行される見通しがなければ交渉には応じない姿勢を示してきた(3月31日公開コラム、http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51350)。
ところが、今回の寄稿は「北朝鮮政府は誠意を持って交渉を進める態度を示さなければならない。挑発的な脅しや核実験、ミサイル発射、その他の兵器の実験を即時に停止することがその意思表示になる」と呼び掛けている。

核・ミサイルの施設廃棄と単なる実験停止はまるで異なる。実験停止ならその気になれば、いつでも復活できるが、施設を廃棄してしまえばそうはいかない。実際に交渉が始まれば、米国はきっと施設廃棄を求めるだろう。
だが、実験停止で交渉にこぎ着けられれば、当面の危機は回避できるという現実的判断に修正した。ハードルを下げたのは明白だ。
ただ、それはあくまで当面の弥縫策ではないか。核とミサイルの施設を廃棄できなければ、米国にとって真の危機は終わらない。私は中国から「米国の報復攻撃容認」という外交的勝利を得たのを足がかりに、米国は北朝鮮に先に手を出させる挑発を強化する可能性があるとみる。その第一弾が21日から始まる米韓合同軍事演習だ。

プーチンはどう出るか

かつての朝鮮戦争(1950~53年)では「米国が参戦しても、中国は絶対に介入してこない」というマッカーサー司令部の誤った判断を基に米軍が参戦し、北朝鮮軍を中朝国境の鴨緑江まで追い詰めた。そこで中国人民解放軍が突如として「義勇軍」の形で参戦したが、米軍は当初、反撃してきたのが中国軍とすら分からなかったほどだ。
米国は鴨緑江への進撃まで勝利目前だったが、中国の参戦を機に戦況が一変し結局、膠着状態のまま休戦に応じざるをえなくなってしまった。朝鮮半島をめぐって中国が介入するか否かがいかに決定的な要素であるかは、歴史が証明している。
今回、中国は「北朝鮮の攻撃に対する報復なら介入しない」という保証を米国に与えた。米国は「体制転覆も半島の政治的版図変更も目指さない」と中国に約束した。つまり米中の基本姿勢が明らかになった。両国は公開の場で了解し合ったのである。
となると、残るはロシアだけだ。プーチン大統領はどうするのか。大統領も習近平国家主席と足並みをそろえて米国の報復攻撃を容認するなら、米国は安心して報復できる。あとは金正恩氏に先に手を出させればいいだけだ。先に手を出させるのは戦いの鉄則である。
本当の危機は実は、ここから始まる。