ユネスコ内でも登録制度に強い異論「徹底した調査が必要」 記憶遺産で諮問委議長、慰安婦の審査延期要求

ユネスコ内でも登録制度に強い異論「徹底した調査が必要」 記憶遺産で諮問委議長、慰安婦の審査延期要求

 【パリ=三井美奈】国連教育科学文化機関(ユネスコ)で「世界の記憶(記憶遺産)」の登録審査を行う国際諮問委員会(IAC)のアブドラ・アルライシ議長が18日、パリで産経新聞のインタビューに応じ、慰安婦問題の資料など関係国から疑義が示された8つの「政治的案件」について、24~27日に予定されるIACの審査対象から外すようユネスコのボコバ事務局長に求めたと明らかにした。審査延期を強く要求した。
 来週の審査では慰安婦資料など約130件が対象となるが、アルライシ氏は「現制度のまま登録審査を行えば、ユネスコが激しい対立の場になる」と危惧を表明した。ボコバ事務局長に対し、(1)審査を来年まで延期する(2)今回は8件を除く案件の審査に限定し、8件については申請者と関係国・団体の対話を求める-のいずれかの策をとるよう要求したと述べた。18日現在、提案に対する明確な返答はないという。
 記憶遺産の登録はIACの勧告を踏まえ、ユネスコ事務局長が最終決定する仕組み。事実上、IACの審査で決まる。アルライシ氏は審査の議長を務める。
 IACは事務局長が地域バランスを考慮して指名した14人で構成する。いずれも文書管理の専門家で、アルライシ氏はアラブ首長国連邦国立公文書館の館長。アジアからは現在、カンボジア出身者が参加する。審査では専門家の視点から、申請資料の唯一性や希少性を規準に登録勧告の是非を決める。現制度では、案件に疑義を示した関係国が意見表明する機会がない。
 アルライシ氏によると、今年の審査対象で関係国・団体から疑義が出た8件は、日中韓を含む8カ国の民間団体などが申請した慰安婦問題の資料のほか、イスラエルが反発するパレスチナ紛争のポスター集などだという。日本政府は慰安婦問題の資料の登録はユネスコの政治利用になると反対している。

 ユネスコ執行委員会(58加盟国で構成)は18日、記憶遺産の制度改善を決定した。日本政府の主張を踏まえ、関係国から意見聴取する仕組みだが、適用は2019年の審査から。このため、慰安婦問題の資料は年内の登録が有力視されていた。
 ■「政府間会議設置を」
 アルライシIAC議長は産経新聞とのインタビューで、記憶遺産審査を前に慰安婦問題の資料など「政治案件」の扱いで、ボコバ事務局長から「何の指示もない」と不満をのぞかせた。審査を統括する議長の発言で、ユネスコ内でも登録制度のあり方に異論が強いことが浮き彫りになった。
 アルライシ氏はIACの一員として、2015年、中国が申請した「南京大虐殺資料」の登録審査に参加した。
 犠牲者が「20万人以上」という記述について、事実関係を調べるすべがなかったと認めた。「この種の記述の判断には徹底した調査が必要だ。しかし、現在の審査制度では無理」と苦悩を語った。
 「IACに政治は分からない」とも述べた。公文書の専門家集団であるIACに、関係国の利害が対立する案件審査を一任すべきではないとの立場だ。18日に決まった改革も「IACが最終勧告を行う点は同じ」として、十分ではないとした。
 記憶遺産と異なり、ユネスコの「世界遺産」は諮問機関の審査を経て、加盟国で構成する委員会が登録を決定する。アルライシ氏は、「大多数の加盟国が記憶遺産審査への関与を希望している。時間はかかるだろうが、記憶遺産でも世界遺産のような政府間会議を設けるべきだ」と訴えた。
 透明性の欠如が指摘されてきた記憶遺産審査。内部でも不安が広がる中、慰安婦問題の資料が従来の制度を踏襲して登録されれば、ユネスコに大きな禍根を残すのは間違いない。