安倍首相が衆院選で訴えた北朝鮮への圧力路線 そこに込められた米国へのメッセージとは

安倍首相が衆院選で訴えた北朝鮮への圧力路線 そこに込められた米国へのメッセージとは

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衆院選北朝鮮に対する圧力強化の必要性などを訴える自民党総裁安倍晋三首相=10月21日、東京・秋葉原

 安倍晋三首相(63)は「国難突破」を掲げた衆院選(10月10日公示-22日投開票)で、核・弾道ミサイル開発を続ける北朝鮮に対する圧力路線への支持を訴え続けた。それだけに、勝利した選挙結果は、圧力路線への支持だけでなく、「二度と北朝鮮にはだまされるな!」という国民の意志も示されたことを、首相と日本政府は忘れてはいけない。
 首相は選挙期間中に各地で行った街頭演説で、北朝鮮情勢に関し、1994年の米朝枠組み合意や、その後の6カ国協議などに触れながら、「皆さん、この20年間、私たちは話し合いのための話し合いは意味がないということを経験してきた。もう私たちにだまされる余裕はないんです!」と訴え続けた。
 首相の演説の通り、これまでに2度あった北朝鮮と国際社会の対話がいかに徒労に終わってきたか-。
 最初の対話は、1990年代前半の北朝鮮の核開発疑惑が発端だった。国際原子力機関IAEA)などによる査察体制の脱退を示唆する北朝鮮に対し、当時のビル・クリントン米政権は空爆を計画し、北朝鮮の核施設への「ピンポイント攻撃」を検討したとされる。
 こうした状況を転換させたのが、1994年6月のジミー・カーター米大統領(93)の訪朝だった。カーター氏と当時の金日成主席との会談を受け、北朝鮮IAEA査察官の滞在を認め、軽水炉建設支援を条件に黒鉛減速炉を凍結することを受け入れた。米国側も国連安全保障理事会における制裁決議を中止し、米朝高官協議を再開すると発表した。

 衆院選北朝鮮に対する圧力強化の必要性などを訴える自民党総裁安倍晋三首相=10月21日、東京・秋葉原
 その米朝枠組み合意を受け、翌年に朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)が設立された。北朝鮮軽水炉2基をつくり、年間50万トンの重油を供与することになった。
 だが、北朝鮮が核開発をやめることはなかった。2002年に再び核開発疑惑が浮上する。KEDOは発足後7年で活動を停止するが、この間、日本によるKEDOへの資金提供は約4億ドルに上った。
 再び対話による解決が模索され、KEDO創設メンバーの日米韓に北朝鮮と中国、ロシアを加えた6カ国協議が始まる。2007年2月に6カ国協議の共同声明がまとまり、北朝鮮を訪れたIAEA査察団は寧辺の核施設の閉鎖を確認した。その見返りとして再び北朝鮮重油を供与することになった。

 米国は北朝鮮を「悪の枢軸」の一つに位置づけてきたジョージ・ブッシュ大統領(71)が第2期政権下で対話路線にかじを切り、プルトニウムの申告の見返りとして北朝鮮テロ支援国家指定から解除した。ブッシュ氏は拉致被害者横田めぐみさん(53)=拉致当時(13)=の母、早紀江さん(81)とも面会していただけに、日本側には失望とともに米国に対する不信感が広がった。
 核開発を続けていた北朝鮮は2009年、2度目の核実験を行い、6カ国協議からの脱退を表明した。弾道ミサイル実験も繰り返すようになった。
 そうした北朝鮮の対応を説明しながら圧力強化に理解を求める安倍首相の街頭演説は、今年9月の国連総会での演説を土台にしたようだ。首相は海外の首脳らを前にこう訴えている。

「われわれが思い知ったのは、対話が続いた間、北朝鮮は核・ミサイル開発を諦めるつもりなど、まるで持ち合わせていなかったということです。対話とは、北朝鮮にとって、われわれを欺き、時間を稼ぐため、むしろ最良の手段だった。対話による問題解決の試みは無に帰した。何の成算があって、われわれは3度、同じ過ちを繰り返そうというのでしょう」
 さらに「北朝鮮に全ての核・弾道ミサイル計画を、完全な、検証可能な、かつ不可逆的な方法で放棄させなければなりません。そのために必要なのは対話ではない。圧力なのです」と言い切った。
 いま北朝鮮情勢は展望が開けない状況にある。日本にとって「核保有の統一朝鮮(韓国)」という最悪のシナリオも否定できない。反日・反米を掲げた朝鮮半島になれば、日本の防衛ラインは現在の北緯38度から一気に対馬海峡まで南下し、日本の安全保障環境は一変する。
 日本が統一朝鮮のため財政面で協力を求められる可能性もある。2002(平成14)年9月に当時の小泉純一郎首相(75)が訪朝し、北朝鮮金正日朝鮮労働党総書記と合意した日朝平壌宣言には、国交正常化後、日本が経済協力を実施することが明記されているからだ。その額は1兆円ともされる。
 また、米国が日本を差し置いて北朝鮮との直接対話に踏み切る可能性もゼロではない。中国との対話で打開策の模索を始めるかもしれない。朝鮮半島のすぐそばに位置する日本が蚊帳の外に置かれたままの対話、交渉は到底受け入れがたいものになる。

 もちろん、現在の日米関係からは想定しづらいが、どの国も最終的には自国の国益を優先させる。可能性を完全に排除することはできない。その場合、日本はどうするのか。
 安倍首相は10月23日、トランプ米大統領(71)と電話で会談し、「選挙戦では北朝鮮の脅威に対し、揺るぎない日米同盟のもとで、可能な限りの圧力をかけ、北朝鮮に政策を変更させなければならないことを全ての演説で力強く訴えた」と伝えた。
 過去に2度あったような北朝鮮との「悪いディール(交渉)」に日本は関わらないという姿勢を明確に示した格好だ。裏を返せば、日本を排除した対話、交渉はあり得ない-と関係国にくぎを刺すメッセージでもある。
 トランプ氏は11月5日、初めて来日する。日米首脳は北朝鮮への対応をめぐって相当踏み込んだ意見交換を行うとみられる。安倍首相は先の衆院選で示された国民の負託に応えることができるか。いよいよ真価が問われることになる。