金正恩政権が崩壊する可能性

金正恩政権が崩壊する可能性

説得も先制攻撃も難しいならば…


米国のトランプ大統領が初のアジア歴訪の途上にある。11月8日には、中国の習近平国家主席との首脳会談に臨む予定。対北朝鮮政策をめぐる話し合いをするとみられている。果たして、北朝鮮核兵器を放棄させるすべは存在するのか。米国の北朝鮮政策に詳しい米ブルッキングス研究所のジェフリー・ベーダー上席研究員に聞いた。同氏は、オバマ政権で安全保障担当の大統領特別補佐官を務めた経験を持つ(聞き手 森 永輔)
米空母「ロナルド・レーガン」。米海軍は第7艦隊の管轄海域に、ロナルド・レーガンをはじめとする3隻の空母を展開し、北朝鮮への圧力を強めている(AP/アフロ )
核兵器を放棄するよう、対話で北朝鮮を説得することは可能でしょうか。
ジェフリー・べーダー氏(Jeffrey Bader)
ブルッキングス研究所の上級研究員。外交政策が専門。オバマ政権において安全保障担当の大統領特別補佐官(国家安全保障会議NSC=の上級アジア部長)を務めた。米政府で30年間働いた経験を持つ。活躍の場は国務省NSC、通商代表部など多岐にわたった。著書に『オバマと中国』など
べーダー:私は説得できるとは思いません。彼らは何年も前から、核弾頭を搭載できる大陸間弾道弾(ICBM)を開発する決意を固めています。この開発を中断したり、逆戻ししたりするよう求める交渉はうまくいかないでしょう。
 もし北朝鮮が、彼らが運用可能と考えるレベルにまで核弾頭とICBMを仕上げ、十分な数を確保することができたら、彼らは喜んで米国や韓国との交渉に応じるでしょうが。
 多国間での話し合いを復活させることができるかは判断できません。私は、北朝鮮は米国との2カ国間交渉を望んでいると理解しています。韓国とも、少しは交渉するかもしれません。この交渉においても、非核化は受け入れないでしょう。我々が交渉したいのは、まさにそこだけなのですが。
だとすると、米国は北朝鮮に対して先制攻撃を仕掛けることになるのでしょうか。
べーダー:トランプ政権が何をするか、私には予測できません。同政権は、軍事力を使用するオプションがあると明言し続けています。その準備を進めている。しかし並行して、核開発計画を放棄もしくは停止するよう説得しようともしている。
 米中央情報局(CIA)のジョン・ブレナン前長官や、リチャード・アーミテージ氏が20~25%の確率で先制攻撃があり得ると推測しています。ワシントンの関係者と対話する中で、そのような確信を得たのでしょう。
 しかし、私はこの可能性の多寡を判断する基本的な材料を持っていません。ブレナン氏やアーミテージ氏の推測が当たるかどうかを注視していきたいと思います。本当に可能性があるのかもしれません。

軍事力の使用はエスカレーションの危険をはらむ

米国が先制攻撃をするとしたら、どのような条件が整った時でしょう?
べーダー:これは2つの質問ですね。一つは、どのような条件が整った時に米国が先制攻撃に踏み切るべきと私が考えているか。もう1つは、どのような時にトランプ政権が実行するか。
 私の考えは、北朝鮮が核弾頭を搭載するICBMの発射準備をしようとした時です。攻撃目標がどこか分からなくても、十分な脅威となります。我々は対応しなければなりません。
 具体的な手段はいろいろ考えられます。一つは、飛行中のICBMを打ち落とすこと。もう一つは、ICBMが発射台にある時に攻撃すること。第3はより範囲を広く取り、北朝鮮が核・ミサイル開発に使用する施設を攻撃対象にすること。この三つの範疇に入る手段であれば正当化されると考えます。

 トランプ政権が考える先制攻撃もしくは予防攻撃を可とする条件や環境は異なるかもしれません。ちなみに、先制攻撃(pre-emptive strike)と予防攻撃(preventive strike)は異なります。先制攻撃は急迫不正*の危険があるときに行うもの。他方、予防攻撃は、将来に起こるかもしれない危険を、事前に取り除くべく実施する攻撃です。

*:侵害が差し迫った状況にある状態を表わす法律用語
 先制攻撃であれ予防攻撃であれ、米国が軍事力を使用するよう説く人々は北朝鮮が取るであろう反応を過少評価していると思います。金正恩委員長が自殺行為に及ぶことはないという議論があります。本格的な戦争につながるような反応をすれば、同氏の生命も危機に陥るし、政権も継続できなくなる。この見方は正しいと思います。
 ただし、私は異なる見方をしています。金委員長が、フルスケールの戦争には至らない範囲で米国に反撃するすべがあると計算する事態です。これが起こる可能性は非常に高いでしょう。金委員長の視点から見れば「釣り合いの取れた反撃」で、米国と韓国が再反撃することはない。しかし、このような事態に陥れば、双方において、計算違いが起こる可能性が生じます。
米国が先制攻撃をする場合、どのようなオプションが考えられるでしょうか。北朝鮮の核関連施設だけを対象にする。通常兵器を含む軍事施設全般を対象にする。もしくはピョンヤンの市街を…
べーダー:それは分かりません。米軍は様々な状況を想定し、様々なオプションをトランプ大統領のために用意しているでしょう。そして、トランプ大統領がどのような環境において、どのオプションを選ぶか、それは分からないことです。
 米国が取る手段について様々な推測がある中で、こんなものがあります。米国は北朝鮮にメッセージを送る目的で軍事行動を起こすかもしれない。メッセージは「米国は北朝鮮の動向を注視している。核開発計画を継続するならば、その代償を支払う必要がある」。これはメッセージを伝えるもので、フルスケールの戦争には至らない。このオプションが選択される可能性が高いかどうかは分かりません。

日米、米韓同盟を揺るがす事態も…

米国が軍事力を使用し、それがエスカレートする事態は誰も望んでいません。
べーダー:そうですね。そして、この先、何が起こるのかは誰にも分からない。すべては推測の域を出ません。
ただ、米国が先制攻撃をすれば、日本と韓国にも被害が及びます。それは日米同盟や米韓同盟を揺るがすことにつながります。
べーダー:米国による先制攻撃に対する強い反対論には2つの種類があります。一つは、北朝鮮が韓国と日本、もしくはそのどちらかに軍事力を使用する可能性があることです。どちらの国を選ぶか、そして、どの程度の規模の攻撃をするかは、分かりません。しかし、金委員長がこれを選択する可能性はある。韓国人や日本人、そして米国人が死に至る事態も考えられるでしょう。
 米国が先制攻撃をすれば、各国の市民が影響を受けることもあり得る。そうなれば、人々は米国を非難することでしょう。それは理解できることです。そして、被害の規模にもよるでしょうが、日米同盟や米韓同盟に甚大な影響を及ぼすことも考えられる。
 人命が失われることに加えて、同盟関係が揺らぐことになれば、致命的な事態になります。ゆえに、金委員長は反撃する気を起こすでしょう。一方、もし、反撃しなければ、、同盟は強固なものになります。金委員長にとって、それは受け入れがたい。それゆえ、金委員長は反撃する必要があるのです。彼は、米国をエスカレートさせない手段で反撃を試みるでしょう。容易なことではありませんが、金委員長はこれを望む。

第3の道は「封じ込め」と「抑止」と「圧力」

ここまで、核兵器を放棄するよう北朝鮮を説得することは困難、米国の先制攻撃は日米・米韓同盟を揺るがす危険を伴うと伺ってきました。とすると、米国は北朝鮮を核保有国として認めることになるのでしょうか。例えばパキスタン*のように。
*:パキスタン核兵器保有するとされるが、米国は現在、強力な制裁などをかけていない
べーダー:その点について、いくつか論文を書いたことがあります。個人的には、米国は北朝鮮に対して「封じ込め」「抑止」「強硬圧力」で望むべきだと考えます。
 対話による解決は困難。軍事攻撃がもたらす代償は甚大。となれば、封じ込め、抑止、強硬圧力の組み合わせが第3の選択肢となります。これは論理的帰結です。強力な圧力、真の意味で強い圧力をかければ、多くのことを成し得るでしょう。
 例えば完全な禁輸措置が望ましい措置です。秘密工作を講じて、金政権を不安定にするのも好ましい一手。北朝鮮が核開発計画を縮小・廃棄する時まで、もしくは縮小・廃棄しない限り、北朝鮮に対して安全と体制を保証してはならないのです。
 米国や他の国の高官が「我々は北朝鮮の体制転換を求めてはいない」と発言しています。このような発言はすべきではありません。もし北朝鮮が交渉のテーブルに着かない時、安全保障と防衛に関して我々が取り得る全ての手段を残しておくべきです。その中にはミサイル防衛システムの相当な強化が含まれます。
 かつてのソビエト連邦のケースを振り返ると、政権が崩壊までに数十年かかりました。ソ連は、いま私が言及したような強力な圧力にさらされることはありませんでした。そして、強力な圧力の下で追求する目的は北朝鮮の体制転換です。内戦を経て実現するかもしれないし、体制が自壊するのかもしれません。
 いずれにしろ、我々がコントロールできるものではない。しかし、成果なき交渉も軍事行動も危険を招く。この第3の選択肢がより妥当ではないでしょうか。

金体制が自壊する可能性

完璧な禁輸体制を敷けば、北朝鮮の人々が反金正恩で立ち上がるということですか。
べーダー:そういう可能性があるということです。
 北朝鮮の国内に、北朝鮮と周辺の国々との争いがどうなっているのか、いま何が起きているのかを知らせるのです。
 これは恒久的に続く政策ではないでしょう。どこかの時点で金委員長が自暴自棄になって交渉のテーブルに出てくるかもしれない。もしくは、北朝鮮軍の将校が金委員長を政権から排除し、核開発計画の縮小などを前提に交渉したいと申し出るかもしれません。

核開発計画は理性的ではない

 我々は北朝鮮に対する軍事行動を30年にわたって控えてきました。これは彼らが核兵器保有しているからではありません。ソウルに受け入れがたい規模のダメージを及ぼす力を有しているからです*。この意味で北朝鮮は効果的な抑止力を持っているといえます。
*:北朝鮮は102万人の兵を擁し、その3分の2を韓国との間の38度線周辺の非武装地帯に展開している。部隊は240mm多連装ロケットや170mm自走砲などの長射程火砲を常備。ソウルは38度線から40kmほどしか離れていない
 この点を考えると、北朝鮮がなぜ自らの安全保障のために核兵器を開発しようとするのか、理解できない部分があります。既に抑止力を確立しているわけですから。それにもかかわらず、あえて、米国の軍事行動を招こうとしている。金委員長は理性的だという人がいます。しかし、安全保障のために核兵器保有するのは理性的ではありません。生存を確かにするという彼らの意図に反する行為です。
 北朝鮮の核開発計画は金委員長が始めたわけではありません。彼は以前からあった計画に拍車をかけただけです。

北朝鮮は国際社会とのつながりを持たない

米国もしくは米国が戦後確立した秩序に対抗する意思を示した国の中で、核兵器の開発に取り組んだ、もしくはその意図があると疑われた国がいくつかあります。リビアとイランです。これらの国のケースと北朝鮮を比較すると、何か参考になるヒントが得られるのではないでしょうか。

べーダー:これら二つの事例は北朝鮮とは異なります。まずイランは非常に国際的な国です。国際貿易に依存しており、国際市場に石油を売ることが不可欠。そして、経済的に発展することに関心がある。中間層が存在し、彼らは生活をより良いものにしたいと考えている。従って、イランは国外からの圧力を受け入れる余地があるのです。それが2015年7月、核合意*に達した理由です。
*:イランと米英独仏中ロ(P5+1)が「包括的共同作業計画」に合意した 。イランは核活動を10~15年にわたって制限する。P5+1は制裁措置を段階的に解除する
 この合意は優れた取り引きです。イランの核開発を完全に解決したわけではないとして、批判する向きがあります。しかし、国際関係において、永久に続く解決策などありません。
 一方、リビアはイランや北朝鮮と異なり、他の国にダメージを与えるほどの能力を保有していませんでした。核開発計画はあったが、核兵器保有には至らなかった。そして国際社会に復帰し、そこで尊敬される地位を得ることと見返りに、核開発計画を放棄したのです。
 すべての人がカダフィ大佐を嫌悪し見下していた。誰も彼を信じませんでした。それゆえ、リビアの国民が立ち上がり、武器を取って反抗すると、彼にはなすすべがなかったのです。
 国際社会が彼を支援することもあり得ない環境だった。それゆえ、米国はもちろんのこと、フランスやイタリア、英国、果てはアラブ連盟*に加盟する国々まで反体制派を支援すると表明しました。
*:アラブの7カ国が1945年に結成した。相互の独立と主権を認めることが目的。当初の加盟国はイエメン、イラク、エジプト、サウジアラビア、シリア、ヨルダン、レバノン
 北朝鮮はイランと異なり国際社会に依存するところがありません。またリビアと異なり、反体制派が活動しているわけではありません。できれば将来、そうなってほしいですが。

イランとの核合意破棄は北朝鮮に誤ったメッセージ

トランプ大統領がイランとの合意を破棄すると発言しています。これは懸念すべき事態です。北朝鮮が誤解しかねません。
べーダー:その通りです。北朝鮮に「いかなる合意も価値がない」と思わせてしまう可能性があります。