[ワシントン 22日 ロイター] - 想像してほしい。いまは午前3時。米ホワイトハウスの主寝室では大統領が眠りについている。そこに、常駐する軍将校が、核兵器の発射コードを収納した「フットボール」と呼ばれるアルミ製スーツケースを取り出し、最高司令官を起こそうと駆けつける。
早期警戒システムによれば、ロシアが100基の
大陸間弾道ミサイル(
ICBM)を米国に向け発射した、と大統領は報告を受ける。ロシアの
核兵器は30分以内に米国内の目標に到達する。
「これは
ICBMを使うか、失うかという場面だ」と彼は言う。
戦闘ドクトリンでは、迅速な決断が求められる。なぜなら米ミサイル格納庫の位置は固定されており、よく知られているからだ。報復を阻止するため、ロシアは最初の一撃で米国の核ミサイルを壊滅させようと試みるだろうと戦略担当者は想定する。
軍縮専門家によれば、米国が
保有するあらゆる
核兵器で、偶発的な核戦争の引き金となるリスクが最も高いものに
ICBMが含まれる。だからこそ、米国の元国防当局者や軍事専門家、そして議員の一部からも、
ICBM撤廃を求める声が高まりつつあるのだ。
彼らの主張はこうだ。敵の攻撃を受ける兆候がある場合、大統領はきわめて迅速に
ICBM発射を決断せざるを得ず、脅威の真偽を検証する時間がない。ヒューマンエラーや早期警戒衛星の誤作動、または第3者によるハッ
キングによっても、誤った警報発生の可能性がある。
米
ICBM「
ミニットマンIII」は、一旦発射されれば撤回できない。敵からの電子的干渉に脆弱との懸念に対応するため、同ミサイルには通信機器が搭載されていないからだ。
こうした懐疑派は、ICBMに代わって米核戦略における「3本柱(トライアド)」の残りの2本、つまり潜水艦搭載弾道ミサイルと、水素爆弾か核弾頭巡航ミサイルを装備した重爆撃機を頼みにするよう提言している。潜水艦か爆撃機かを決める場合であれば、大統領により長い時間的余裕を与えることができるからだ。
爆撃機は、ICBMに比べ目標到達まで時間がかかり、警報が誤りだったと判明した場合には呼び戻すこともできる。核ミサイルを搭載した潜水艦は通常目標の近くに常駐しているが、探知されないため、敵にその所在を知られることはない。ミサイルを応射する前に潜水艦が全滅するリスクは実質的にない。
<「時代遅れの」軍備>
ICBM戦力の撤廃を主張する論客の1人が、クリントン政権時代に国防長官を務めたウィリアム・ペリー氏だ。最近のインタビューのなかで同氏は、米国がICBMを撤廃すべき理由として、「あまりに簡単に、誤った警報に対応する」点を挙げている。誤った判断は破滅をもたらすだろう、と彼は警告する。「誰であろうと、7─8分内にそのような決断を迫られるべきではない」
オバマ前政権下で国防長官を務めた
レオン・パネッタ氏は、在任中は「3本柱」を擁護していたが、最近のインタビューでは、考えを改めたと語っている。
「3本柱の要素のうち、現段階で『
ミニットマン』ミサイルが、恐らく最も時代遅れだという点は、疑問の余地がない」と同氏は語る。
ロシアではさらに誤発射のリスクも高いと、複数の
軍縮専門家は指摘。米国の場合、警報を受けた時点から、その脅威を把握して
ICBM発射に至るまでに、約30分間の余裕がある。だがロシアでは現在それほどの余裕はなく、一部の試算では、わずか15分程度だという。
なぜなら、ロシアは冷戦後、早期警戒衛星を更新しておらず、2014年にはすっかり老朽化してしまった。ロシア政府が早期警戒衛星の更新に着手したのは、ようやく最近になってからだ。
ロシアが頼りにするのはもっぱら地上配備型レーダーであり、ミサイルを探知できるのは、それが水平線上に現れてからだ。
対照的に、米国は完全に機能する早期警戒衛星を揃えており、ロシアがミサイル発射した瞬間にそれを検知することができる。
ICBM戦力を巡る疑問は、世界がここ数年で最も深刻な核問題に直面するなかで、浮上している。
北朝鮮の核開発プログラムの進展を巡り、同国指導者の
金正恩氏とトランプ
米大統領は非難の応酬を続けており、その一方で米ロの核を巡る対立も高まっている。
また、兵器をより精密かつ強力にするために米国が推進する大規模で複数年にわたる「
核兵器近代化プログラム」の存在も、その疑問の背景にある。戦略研究者からは、米ロが進める近代化の取り組みが、危険な不安定化を招いているという批判の声も聞こえてくる。
ペリー元
国務長官は、
ICBM発射という非常に重大な結果を招く決断を下すためには、性格的に冷静で合理性を重んじる大統領が必要だと述べている。「その人物に経験や経歴、知識や落ち着きが欠けているとすれば、特に心配だ」
米上院外交委員会は今月
公聴会を開催し、先制核攻撃を行う権限が大統領にあるかについて議論した。
マサチューセッツ州選出の
エド・マーキー
上院議員(
民主党)は大統領権限の抑制を要求したが、数十年にわたる慣習を破るその提案は、広汎な支持を得られなかった。
「
トランプ大統領は、
ツイッターと同じくらい気軽に核ミサイルの発射コードを扱う可能性がある」とマーキー議員は言う。「大統領を軍幹部が思いとどまらせるなどと、当てにすべきではない」
トランプ大統領には核戦力を扱うスキルが欠けているとの懸念は的外れだ、と
国家安全保障会議の広報担当者は語る。「大統領は、核戦力の運用を巡るあらゆる判断を下すため、卓越した準備を行っている」
懐疑派は、
北朝鮮のような脅威に対する抑止力として
ICBMは、ほぼ無意味だと断言する。地上配備型ミサイルの目標となる仮想敵国はただ1つ、ロシアだけだというのだ。
北朝鮮や中国、イランなどの敵対国に対して
北米大陸から
ICBMが到達するにはロシア上空を通過する必要があり、ロシア政府による意図的、あるいは偶発的な報復核攻撃を招くリスクが存在するからだ。とはいえ、少数の
ICBMは中国を狙っている。ロシア、中国両国に対して戦争状態となる場合に備えるものだ。
批判は高まっているものの、今のところ米国が
ICBM戦力を捨てる可能性はほとんどない。
ICBM肯定派にとっては、「三本柱」のこの部分を捨てることは、3本脚の椅子の1本を切り取るに等しい。
マティス国防長官は、トランプ氏によって登用される以前から、ICBM戦力に対して疑問を呈してきた。その理由の1つは誤射の危険があることだ。2015年、元海兵隊大将のマティス氏は上院軍事委員会で、「今こそ、地上配備型ミサイルを撤廃して、3本柱を2本柱に減らすべきではないか、と問うべきだ」と語った。
だが
マティス氏は、国防長官指名を巡る上院
公聴会において、今では
ICBM維持を支持していると語った。強化格納庫に収められた
ICBMによって抑止の「層(レイヤー)」が追加される、と述べた。