ヤマト、下請け運転手は「制服着用なし」の謎

ヤマト、下請け運転手は「制服着用なし」の謎

湾岸のタワマンから苦情続出、運転手も困惑


東京湾岸エリアでヤマト運輸から配達業務を委託されている協力会社のドライバー。ヤマトの制服が着用できなくなったため、ポロシャツとチノパンで配達しているという(記者撮影)
「今日はなんでそんなにラフな格好なの?」
3月中旬、東京の中心部でヤマト運輸の配達を請け負っている協力会社の男性ドライバーは、配達先から同じ質問を何度も受けた。
それもそのはず、ドライバーの服装がヤマトの制服から、トレーナーと作業ズボンに変わっていたからだ。このドライバーは3月中旬、勤務する営業所の上司から「制服を月末までに返して欲しい。明日からは派手ではない私服で来て欲しい」と言われ、その指示に従ったという。

制服貸与はクレーム対策で中止?

下請けドライバーが制服を着られなくなったことで、セキュリティ管理に厳しく、入居者の多いタワーマンションで特に問題になっている――。

このような情報を得た記者は、タワマンが林立する東京の湾岸エリアを取材。ある大型マンションでは、ポロシャツとチノパンで配達をしていたヤマトの下請けドライバーから直接話を聞くことができた。男性の胸ポケットには「ヤマト運輸株式会社 委託配達員」と氏名が書かれたネームタグが付けられていた。

このドライバーも、3月に制服貸与の中止について職場から説明があったと話す。支店長の説明は次のようなものだった。「制服の着方など委託のドライバーに対するクレームが多い。『社員は制服着用』、『委託は制服なし』にして、クレームが入った時にわかりやすいようにする」
ヤマト運輸の社員は制服、帽子、ネームタグを着用し、一目でヤマトだとわかる(記者撮影)
配達先のマンションの管理会社に会社の説明を伝えたところ、「制服なしの配達」について了解を得られたという。「約2年担当しており、住民と信頼関係が築けていたからだろう」とドライバーは振り返る。男性が所属する会社にはこれまで制服がなかったが、ほかにもヤマトで委託として働くドライバーがいるため、「黒のポロシャツ・チノパン」で服装を統一することにしたという。
だが、「事実上の私服」で配達を許可されるケースはむしろ例外かもしれない。湾岸部のタワマンの多くは、制服を着ていないヤマトの下請けドライバーが入館することにセキュリティ上の懸念を示し、制服着用の継続を求めた。

あるタマワンに勤務する管理会社の社員は「『制服着用でないと配達はさせられない』とヤマト側に伝えたところ、配達に来るドライバーが委託から社員に変わった」と話す。ただ、湾岸部では、近年の人口急増に伴って配達現場が逼迫しており、協力会社への依存度が高まっている。タワマン向けの配達を社員のドライバーだけで行うことは容易ではない。
冒頭の男性ドライバーは、「知り合いの委託ドライバーは制服を返却せずにいて、セキュリティにうるさいタワマンでは制服の上だけを着用して配っている」と明かす。しかし、セキュリティの問題はタワマンに限ったことではなく、ほかの集合住宅や戸建てでもまったく同様だ。このドライバーは同じエリアを1年担当しており、説明すれば受取人は理解してくれたという。「制服を着用せず、顔の知らない男性ドライバーが夜チャイムを鳴らしても、独身の若い女性は絶対に出てくれないだろう」(同)。
佐川急便から配達を受託している協力会社のドライバーは、「SAGAWA」と書かれたブルーの制服を着用していた(記者撮影)
ネット通販(EC)の拡大を受け、配達に協力会社を活用するのは、宅配業界2位の佐川急便や3位の日本郵便でも同じだ。佐川急便は「委託のドライバーにも、制服を貸与している」(広報担当)。
日本郵便は「社員、委託を問わず、お客さんと接するすべてのドライバーには制服を貸与している」(広報担当)と取材に回答した。日本郵便では数年前までは宅配の委託ドライバーには制服を貸与しておらず、それぞれが所属する会社の制服を着用してもらっていたが、「お客さんに対してきちんとせざるをえない」として対応を改めたという。

ヤマト「制服の着用ルールは現場が決める」

ヤマトには、委託ドライバーの制服について、どのようなルールがあるのか。同社の藤岡昌樹・広報戦略部長にたずねたところ、「制服の着用ルールは現場で決めている。現時点で全社統一のルールを持っていない」と答えた。ヤマトには全国に約4000カ所の営業所があり、主管支店(約20~30の営業所を束ねる上部組織)や営業所単位で地域特性に応じて、ルールを決めているという。委託ドライバーがヤマトの制服を着用しているところもあれば、所属する委託会社の制服を着ているところもあるという。
そのうえで、今回の委託ドライバーへの制服貸与取り止めは、東京に12ある主管支店(約20~30の営業所を束ねる上部組織)の一部が「一時的な措置」として実施していると説明した。その背景に「ここ数年、委託ドライバーが増える中、委託ドライバーがヤマトの制服を着ていることに対しお客さんから疑問の声が寄せられていたほか、一部の委託ドライバーからもヤマトの制服を着用したくないという声が出ていたこと」を挙げる。こうした声を受け、「制服貸与を一時停止にしたうえで、お客さんや委託ドライバー、社員の反応を見て、今後の対応を総合的に判断することにした」という。
藤岡部長は「委託ドライバーの力がなければ宅急便は成り立たず、重要なパートナーであることは今後も変わりない」としたうえで、「委託ドライバーへの制服貸与をどうすべきかについては本社でも課題意識があった」と話す。制服貸与を現在取りやめている東京の各現場での判断を踏まえて、ヤマト本社として、委託ドライバーへの制服貸与・着用についてガイドラインを作ることも検討する方針を示した。

「宅配危機」という言葉で注目されたように、ヤマトはECによる荷物の急増で2016年度後半に入って配達現場がパンク。協力会社による外部戦力の活用も拡大させたが、社員のサービス残業が常態化して、労働基準監督署から指導も受けた。2017年度からは大口荷主向けの運賃値上げと宅配便荷受量の抑制を同時に進め、2018年度中の配送ネットワーク立て直しを目指している。
ヤマト運輸を中核とするヤマトホールディングス(HD)のデリバリー部門では2018年度、社員を過去最大規模の約15000人(8%)増やす計画だ。午後から夜間にかけての配達に特化した新しいドライバー制度「アンカーキャスト」も創設し、2019年度末(2020年3月末)までに1万人規模の採用を狙う。
とはいえ、物流業界が空前の人手不足の中、ドライバー確保のハードルは高い。荷物量が多い首都圏を中心に、当面は協力会社の委託ドライバー頼みの状況が続く。ヤマトHDのグループ会社関係者は「協力会社への配達委託が増える中、品質問題が多発しており、ブランドを気にするヤマトとしては『協力会社がヤマトである』というイメージを切り離すために、今回の措置に至ったようだ」と話す。
先述した東京湾岸エリアを担当する委託ドライバーは「ヤマトの社員ドライバーは相当な教育を受けているが、ある意味、委託ドライバーには誰でもなれる。昨日から宅配を始めたような人もいて、資質にはバラツキがあるので、配達先からクレームが出るリスクが高い」と指摘する。

協力会社に対するマネジメントは十分か

しかし、ヤマトの配達現場が「制服着用の有無」をもってクレーム対策としているのだとしたら理解に苦しむ。制服を着ていない委託ドライバーが配達中に問題を起こした場合に、問題の性質によっては、ヤマト側が責任を100%回避することは難しい。問われているのは、ヤマトの協力会社に対するマネジメント能力だ。「ヤマト」の看板で顧客と直接接する以上、ヤマトは協力会社のドライバーに対しても相応の教育を行い、クレームにも委託元として誠意を持って対応するのがスジだろう。
宅配最大手の委託ドライバーが、IDを着けるにせよ、「制服着用なし」で配ることが一部地域で可能になることは、セキュリティに対し関心が高まる社会の趨勢に逆行しているともいえる。その事実が社会に広く知れ渡ると、悪意を持った人による「ヤマト運輸」をかたった犯罪も起きかねない。
今回取材に応じた協力会社のドライバーはいずれも長期間同じエリアで配達し、顧客から信用や信頼を得ていた。いまや「ヤマトブランド」を支えているのは社員だけではないのだ。中元シーズンや年末の繁忙期には新人の委託ドライバーも増えるうえ、宅配便を普段使っていない人も使うため、「制服着用なし」に対するクレームが増える可能性もある。冒頭の委託ドライバーは、「制服貸与の取り止めはヤマトブランドを守ることにつながらず、ブランドを崩しかねない」と強い口調で今回の措置に疑問を呈する。
ヤマトHDの山内雅喜社長は、「社会的インフラとなった宅配便を維持、成長させていくのが会社の使命だ」と強調する。その考えに基づけば、今回の制服貸与取り止めは正しい判断だったのだろうか。ヤマトには、社会の声に真摯に耳を傾ける姿勢が求められている。