「空室ばかり」と言われる賃貸住宅の家賃が上がり続ける理由

「空室ばかり」と言われる賃貸住宅の家賃が上がり続ける理由


「空き室」問題が報じられるなか、都市部の賃貸物件の家賃が上がり続けるのはなぜか「空き室」問題が報じられるなか、都市部の賃貸物件の家賃が上がり続けるのはなぜか。賃貸暮らしの人にとっては、理不尽な話だ(写真はイメージです)

需要減のはずなのに家賃が高止まり
「空き家」にまつわる都市伝説

 都市部の家賃は実は上がっている。賃貸に住んでいる人は2年ごとの更新時に「据え置き」提示を受けていることも多いだろう。2年経過したらその分物件は古くなっているので、賃料は2%ほど下がるのが一般的だが、「据え置き」は実質値上げを意味する。
 その現状は次のグラフで見るように、増額、据え置き、減額がちょうど3分の1ずつになっている。一方で、空き家が社会問題と認識されて久しい。住むニーズのない物件が増えているとしたら、なぜこんな現象が起こるのだろうか。
◆図表1:賃料改定率の推移
賃料改定率の推移(都区部)のグラフ(出典)スタイルアクト 拡大画像表示
 空き家については、もっともらしい話がたくさんある。たとえば、次のようなものだ。
「空き家があるのに、新築をこんなに建てて大丈夫か」
「日本は建築業界が強いから、スクラップ&ビルドをやめられない」
「日本の空き家率は非常に高いので、賃貸経営は厳しい」
「空き家が多くなってきたから、これから家賃はどんどん安くなる」
 これらは全て、かなり昔から言われていることだが、実際には迷信の類であり、現実になってはいない。「AだからB」という話はなんとなく関連性がありそうに聞こえるが、構造的な間違いを指摘するには、丁寧に数値で説明しないといけない。
 独り歩きしている日本の空き家率は13.5%だが、これは住宅総数を分母にしている。しかし、同じ空き家でも持ち家と賃貸では意味合いが全く異なる。持ち家の空き家率は低い一方、賃貸だけを見ると23.3%にも及ぶのだ。これは非常に高い数字である。

 しかし、この数字は実感値とかなり異なる。管理会社の業界団体である日本賃貸住宅管理協会が半年ごとに発表している空室率は全国で5.6%、首都圏で4.5%である。所属している管理会社が自社で管理している全ての物件の空室率なので、信憑性は高い。
 また、J-REITの空室率も同様の数値で、5%前後で推移している。きちんと運営すれば空室率は5%程度で運用できるということを意味している。ちなみに、賃貸住宅ストックが一定以上あるところでは、賃料を1%下げると稼働率が1%上がる、家賃を10%下げれば、ほぼ満室稼動させられるということでもある。当たり前の逆相関関係である。ゆえに、本当に空き家率が高いのであれば、賃料は大幅に下がることになる。
 では、国の統計数値と実態との「乖離」は何なのか。これは空き家ストックの実態を把握することで、理解することができる。

統計の知られざるまやかし
「空き家ストック」の実態

 空き家率の統計は5年に一度の調査が基になっている。その分母は建築時期も特定されて集計されている。直近の2013年と2008年の調査で2000年以前のストックを差し引きすると、全国で140万戸が減少している。毎年28万戸が解体されて消滅している計算になる。つまり、ストックは次の計算式で算出される。
●現在のストック数=1年前のストック数+(新規供給戸数-解体戸数)
 年間の新築供給戸数が40万戸なら、解体戸数28万戸を引いて、12万戸が純増していることになる。需要となる「賃貸を借りる人」が12万世帯増えなければ空室率が上昇するが、賃貸の世帯数はほぼ横ばいで変わっていない。実際の空室率は上がっていないので、帳尻が合わなくなる。
 その鍵を握るのは「デッドストック」にある。デッドストックとはストックとしては存在するものの、入居者募集に提示されない賃貸住宅を指す。この数が毎年12万戸増えていることは、想像に難くない。貸家は固定資産税額が6分の1になる優遇措置がある。オーナーはこれを解体してしまうと固定資産税を6倍も払わなくてはいけなくなる。だから、募集しない(できない)空き家になったとしても、建て替えをしないなら空き家のまま放置した方がいい、という判断になりやすい。

 整理すると、空き家率は募集に出されないデッドストックを多く含んでいるので、上昇していくのは当たり前で、実態の賃貸の稼働率は横ばいのまま悪くなっていないということだ。このため、空き家率は上昇すれども賃料は下がらない。新築供給は「解体戸数+デッドストック」と均衡しているので、多過ぎるということにはならない。
 こうした状況を考えると、賃貸経営が悪化する状況にはなりにくと言える。また、今後もこの需給バランスは崩れそうにない。なぜなら、賃貸のストックで最も多いのは1980年代に建てられたものであり、この解体とデッドストック化が今後築30年を超えて急速に進むからである。

大震災後の仙台市に見た
賃料が上がる条件とは

 都道府県別の空き家率は次のようになる。最小となる宮城県の9.1%と最高となる山梨県の17.2%の差は約2倍になる。ちなみに、宮城県政令指定都市である仙台市を抱え、賃貸住宅市場は東北一大きい。東日本大震災津波被害で最も賃貸住宅が減少した地域であり、物件検索サイトの募集件数が3分の1に減り、賃料は平均で2割上昇し、いまだにこの水準を維持している。
 賃料が平均値で5%以上変動することは非常に稀なので、相当低い空室率になったままであることは間違いない。その結果に鑑みて、デッドストックの割合を6%程度あると仮定しよう。宮城県の空き家率9.1%と山梨県の17.2%が6%ずれているとすると、実際の空き家率は宮城県が3.1%、山梨県が11.2%になる。こうなると、この2県の差は3.6倍になる。感覚的にはこのへんが実態なのだろうと思われる。
◆図表2:都道府県別空き家率
都道府県別空き家率の表(出典)住宅土地統計調査 拡大画像表示
 日本全国の借家の築年分布は、次のグラフのようになる。約1700万戸あるストックのうち築34年以上が23%を占めるが、募集されている件数は非常に少ない。つまり、この多くがデッドストックになっている可能性が高い。

 また、現時点でのストックが一番多い築24~33年までは、ちょうどバブル期の大量供給時期に当たる。木造の耐用年数の22年をすでに超え、稼働率が大きく落ち始める頃になる。これから大量のデッドストックが生まれることになる。ゆえに、空き家率の急上昇予測を立てることはたやすい。
◆図表3:日本全国の借家築年分布
日本全国の借家築年分布のグラフ(出典)住宅土地統計調査 拡大画像表示

「空き家が問題だ」と言うのは
特定の人たちだけ

 しかしながら、そもそも高い空き家率のどこが問題なのだろうか。デッドストックは、周辺に迷惑が及ぶ場合には行政側が動いて「特定空き家」に認定されると、固定資産税が6倍にハネ上がり、場合によっては強制撤去することも可能になる。
 しかし、解体工事の模様が絵になるのでニュースになりやすいものの、こうした物件の絶対数は微々たるものに過ぎない。実際、行政がローラーをかけて特定空き家に認定しないのであれば、いたるところにある特定空き家予備軍の徴税の公平性が保たれない。結果的に、周辺住民から苦情が出るなど、あまりに酷いと思われるケースにしか、この制度は使われることはないだろう。
 デッドストックは人が住まない分だけ、人が住めない住宅になっていく。人が住まないということは換気をしていないということであり、端的に言えば「かび臭い部屋」になっている可能性が高い。そんな空き家を有効活用することなど、現実的ではない。
 結果として、空き家問題とはもっともらしいデマでしかない。空き家という名のデッドストックがあるからこそ、募集物件が限定され、賃料が底堅くなっているというのはいかにも皮肉な話である。市場は経済合理性のある動きをしているだけで、物件を新規で建てたり取り壊したりする地主も、建設を促すハウスメーカー工務店・建設会社も、不動産投資家も、全ての関係者は空き家を問題視していない。
 空き家問題を深刻に語るのは、実態を調べない人とメディアだけだろう。もうそろそろ無意味な議論は止めにしてもらいたいものだ。