首相「これならいける」 車関税回避、交渉の舞台裏

首相「これならいける」 車関税回避、交渉の舞台裏

トランプ米大統領対日貿易赤字削減要求に端を発した日米の通商問題は、26日(日本時間27日未明)のニューヨークでの首脳会談でひとまず決着した。農産物などの関税を含む2国間の「物品貿易協定」(TAG)の交渉入りで譲歩したが、自動車の追加関税は当面、回避に成功し防衛ラインをひとまず堅守した。
会談する安倍首相とトランプ米大統領=ロイター
会談する安倍首相とトランプ米大統領=ロイター
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トランプ氏「シンゾーとの友情だ」
首脳会談を終えた首相が近づくとトランプ氏は「友情」を口にした。
日米貿易協議(FFR)茂木敏充経済財政・再生相は全権を委任されていたが、米側は最終的な決定権がライトハイザー米通商代表部(USTR)代表になく、トランプ氏が握っていた。首相周辺には「事務レベルでいくら詰めてもトランプ氏にひっくり返される」との懸念があった。日本側は夕食会が勝負の場になるとみた。
当初、トランプタワー内のレストランを予定していた会場はトランプ氏の発案でタワー内の大統領自宅に変更。首相が大統領選直後に当選の祝福に駆けつけた2人にとっての特別な場所だった。
「シンゾー、聞いてくれよ」。トランプ氏は北朝鮮情勢の擦り合わせに時間の大半を割き、通商問題の話題は中国に集中した。トランプ氏から日米貿易を問題視する発言はほとんどなく、首相が事前に用意した貿易関連の「発言メモ」はお蔵入りとなった。
「これなら、いける」。首相は夕食会後、朝を迎えたばかりの東京に電話で手応えを伝えた。「トランプ氏はひっくり返すことはしないだろう」。官邸内に安堵の声が広がった。
茂木氏はライトハイザー氏との直接交渉を控え、欧州連合EU)が7月下旬に米国と結んだ合意の文言を入念に研究していた。共同声明案を自らつくり、25日にライトハイザー氏に提案した。共同声明は、自動車関税の引き上げ回避を念頭に「精神に反する行動はとらない」と明記し、茂木氏の戦略が奏功した。
政府はトランプ氏の再選がかかる2020年の米大統領選までの政治日程を見越した戦略を立てていた。トランプ政権の発足後、環太平洋経済連携協定(TPP)などの妥結を急いだ。協定が来年発効すれば、日本に輸入する農産品の関税は大幅に下がる。多少譲歩してでも今回の交渉で成果を出さなければ、米国の農業団体の不満がトランプ氏に向かう構図をつくった。
とはいえ2国間交渉のテーブルについたことは今後の火種となる。
ライトハイザー氏は水面下の交渉で、自動車の関税交渉に強硬な姿勢を崩さなかった。首相同行筋によると、ライトハイザー氏は自動車関連を新協議の対象外として、米国が一方的に追加関税を発動する余地を残そうとした。日本側は反発して仕切り直しとなったが、米側はさらに追加関税を示唆する文言を提案。日本側は危機感を強めた。自動車業界からは「25%の関税なら経営危機になる」との声が寄せられていた。
最終的には「米国は自国の自動車産業の製造および雇用の増加を目指す」との文言で落ち着いた。それでも政府関係者は「米国による関税の発動余地を残したとも読めてしまう」と懸念する。
いまは中国との貿易戦争や北米自由貿易協定NAFTA)に手を取られ、米国にとって通商問題での日本の優先順位は比較的低い。80年代は日本が自動車を中心に米国から激しい攻勢にさらされた。今回は欧州やカナダ、中国との交渉に米側が忙殺されたことも利点となった。80年代とは異なり、日本は中国に国内総生産GDP)で抜かれ、今では世界第3位となった。