人間の寿命115歳説 遺伝子や細胞調べ老化を解明へ

人間の寿命115歳説 遺伝子や細胞調べ老化を解明へ

コラム(テクノロジー)
科学&新技術
2018/11/24 6:30
日本は世界でトップクラスの長寿国だ。衛生環境や食料事情などが改善され、平均寿命はどんどん延びてきた。「人生100年時代」も唱えられている。でもいったい人間は何歳まで生きられるのだろうか。科学者たちもどんな要因が寿命を決めているのか、関心を抱いてきた。謎を解き明かす研究がこのところ活発になっている。
「現在の科学が想定できる人間の寿命の限界は、およそ115歳」。老化に関する研究が長い東京大学の小林武彦教授はこう推測する。
人間が何歳まで生きられるのか、その年数は時代に応じて変わってきた。現代の通説として120年説をよく耳にする。最新の老化研究ではそれより5歳ほど低いようだ。
国内の最高齢者をみると男性は113歳、女性が115歳だ(11月20日時点)。世界で最も長く生きた人は1875年にフランスで生まれた女性、ジャンヌ・カルマンさん。1997年に122歳で亡くなった。公的な記録で確認できる、120歳を突破した唯一の例だ。こうした事実からみても、115歳説はおおむね妥当だといえる。
厚生労働省によると2017年の日本人の平均寿命は男性81.09歳、女性87.26歳だ。想定される最高年齢とは20年以上の開きがある。科学者たちはそこに何か、長寿を実現する特別な理由があるのではないかとにらんでいる。
小林教授らは「Sir(サーチュイン)2」と呼ぶ遺伝子に注目している。細胞が分裂するとき、遺伝情報が書き込まれたDNAは同じ情報をもつ複製を作る。しかしその過程でわずかだが傷が付いてしまう。この遺伝子はDNAに傷が付かないよう複製を調整する機能をもつ。同じ仲間の遺伝子は人で7種類見つかっている。
Sir2がうまく働かない酵母を使って寿命を調べると、DNAの一部がもろくなり通常の酵母の半分の寿命に短縮した。逆にSir2の数を増やした酵母は、寿命が延びた。サルでカロリー制限をするとこの遺伝子が活発になり、健康に生活できる期間が長くなったという報告もある。Sir2は長寿に関わる有力な遺伝子の一つだ。
寿命に関わる遺伝子としては、DNAの末端部分にある「テロメア」も有名だ。細胞が分裂するたびにテロメアは少しだけ短くなる。分裂回数をカウントしているわけだ。人間の場合、50~60回分裂するとテロメアはそれ以上短くならない。細胞分裂できなくなり、それが老化につながると考えられてきた。
ただ体の中には新しい細胞を作り出す幹細胞がある。Sir2やテロメアだけで寿命が決まらないことも分かってきた。現在では1つずつの寄与度は小さいが、複数の遺伝子が寿命に影響を与えている説が有力で、その数は約300種といわれる。
細胞単位で老化現象をとらえ寿命との関係を探る研究も出てきた。大阪大学の原英二教授は、ストレスがかかって増殖しなくなった特殊な細胞「老化細胞」を調べている。
通常の細胞は、異常を起こすと自ら死んで壊れるか免疫細胞に食べられて、体内から無くなる。ところが老化細胞はなぜか体内にとどまっている。体の構造を保っているため、原教授は「寿命を延ばす方に寄与している細胞ではないか」と考えている。
老化細胞が生まれるときに働く遺伝子を突き止めた原教授は、その様子をリアルタイムに観察できるマウスも開発した。しかしまだはっきりした機能は見つかっていない。
一方で老化細胞は、炎症を起こす様々な物質を周囲に出している。その量が増えると、がんや認知症など加齢に伴う病気の引き金になるとみられている。これから老化細胞と病気との関連を詳しく調べていく考えだ。
寿命に関する研究は人間で実験できない難しさがある。マウスは短命な割にテロメアが長い。「マウスの実験で成果が出ても、人に当てはまるかどうかは分からない」(小林教授)
食事や運動などの生活習慣の違いの影響も遺伝要因以上に大きいといわれる。そんな壁を乗り越えて長寿のカギを見つけ出そうと、世界で研究が盛り上がっている。老化細胞を研究する国際学会も15年に発足した。
「不老不死」は古今東西、多くの人たちが追い求めてきた。現代人は遺伝子の分析や細胞の詳細な観察、大規模な統計調査など科学的な手法を駆使してその答えに迫ろうとしている。老いがどのように訪れ、何が寿命を決めるのか、まだ決定打は出ていない。これから判明する新たな成果が楽しみだ。
(科学技術部 猪俣里美)