科学技術、「量」では互角 米中衝突 ハイテク覇権(3)

科学技術、「量」では互角
米中衝突 ハイテク覇権(3)

米中衝突
中国・台湾
北米
2019/2/6 2:00 日本経済新聞 電子版
1月3日、中国の無人探査機「嫦娥(じょうが)4号」が月の裏側に世界で初めて降り立った。地球と直接交信できない裏側への軟着陸は技術的なハードルが高いとされてきた。「我々は大国の態度と風格を見せなければいけない」。技術責任者の呉偉仁氏は米科学者からの研究協力要請にも応じる余裕を見せる。
月の裏側への探査機着陸成功に北京の宇宙管制センターは沸いた=新華社AP
月は米国と旧ソ連が冷戦時に軍事力や科学技術、国家の威信をかけて競った舞台だ。だが米国は宇宙開発コスト削減のため民間委託を推進する方針に転じ、オバマ前政権は米航空宇宙局(NASA)の月の有人探査計画を打ち切った。
その隙を突いたのが「宇宙強国」の目標を掲げる中国だった。年内には月から試料を持ち帰る5号機を打ち上げるほか、将来は月面に研究基地を建設して資源を採取する構想を温める。トランプ米大統領は「米国人を再び月に送る」と巻き返しを誓うが、具体策は乏しい。
科学技術分野での中国の躍進を支えるのは、豊富な資金力だ。日本の文部科学省によると、2016年の中国の研究開発投資は官民で約45兆円と00年の約10倍。09年に日本、15年に欧州連合EU)を抜き去り、51兆円の米国に迫る勢いだ。全米科学財団(NSF)の調査では研究論文の数は16年に42万6千本と、米国(40万9千本)を上回って世界最多となった。
研究水準を底上げする要となる人材への投資も惜しまない。
北京市郊外にある中国国有企業の研究所。共産党の指導で米国から帰国した研究者を訪ねると、研究室は広々としてソファセットや会議机もある。市内の高級ホテルに住み、通勤はタクシー、すべて会社負担だ。「他の職員には申し訳ないが、給料は会社トップよりもずっと高い」と米国在住時よりも待遇は改善したと打ち明ける。
海外で学んだ一流の人材を次々と呼び戻し、「科学技術強国」への道を急ぐ中国。だが足元では国家統制のゆがみも広がる。
「論文の本数で研究者を評価するため短期的な成果を求めがちだ」(南京大学)、「査定を通過するため論文を捏造(ねつぞう)・盗用している」(復旦大学)――。米カリフォルニア大サンタバーバラ校による中国トップ級学者731人への調査では、質より量を重視する研究環境に不満が相次いだ。
党主導で決めた計画に基づいて各研究分野で目標が立てられ、論文発表のノルマをこなすため、厳しいプレッシャーにさらされる。調査を手掛けた中国系米国人、シュエイン・ハン氏は「トップダウンの研究環境がひずみを生んでいる」と分析する。
国営新華社は1月下旬、中国の研究チームが遺伝子を改変するゲノム編集技術を使い、体内時計が働かないクローンのサルを5匹つくったと伝えた。「新薬開発が目的で西洋社会も理解してくれるはずだ」と訴えるが、5匹とも不眠や不安障害の症状がみられるなど、海外からは倫理上の問題を問う声が消えない。
世界中の研究者が知恵を競い合う基礎科学という「知の共同体」に中国流の手法が何をもたらすのか。世界は影響をなお測りかねている。