「映像酔い」なぜ起きる 日本の安全技術、世界標準へ
「映像酔い」なぜ起きる 日本の安全技術、世界標準へ
映像技術の進化により、実写と見まがうようなCGや迫力ある3次元映像を手軽に楽しめるようになった。一方で、映像は乗り物酔いのような症状を招くこともあり、その安全対策に関心が高まっている。日本が世界標準を目指す「映像酔い」の軽減技術とは、どのようなものなのか。開発の最前線を取材した。
脳が引っ張られる感覚
前面と左右、床面を巨大なスクリーンに囲まれた空間に立ち、特殊なめがねをかけると、目の前には臨場感たっぷりの工事現場が現れた。そばにあったショベルカーが突然動き出すと、思わず身をのけぞらせてしまう。建設中の高層ビルの細い足場に場面が移ると、高所恐怖症の記者はただの映像だと頭では分かっていながら、仮想世界の手すりをつかもうとしていた。
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CAVEや頭部装着型ディスプレーを使い、はじめは興味津々で仮想世界を散歩していたが、徐々に脳が斜め後方に引っ張られるような、胃の底が落ち着かないような症状が現れた。映像酔いのごく初期の症状だ。映像酔いはVRなどダイナミックな動きのある映像や手ぶれの多い映像を見たときに生じやすいとされ、めまいや冷や汗から、最終的には吐き気や嘔吐(おうと)を伴うものもある。
大抵は視聴を止めれば短時間で症状が治まるが、時間をおいて症状が現れたり、不快感が1日程度続いたりするケースもあるという。航空機の操縦など業務によっては、重大な危険につながる可能性もある。
感覚の不一致が原因か
乗り物酔いは、乗り物の動きに伴って身体が動いているのに対して、視覚から得られる動きの情報が足りないと、脳の予測と身体の動きが一致しないことで起きるとみられる。バスで視界が広い前方席の方が酔いにくいのはこのためだ。
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一方、映像とくにVRでは、実際に体は動いていないのに、視覚からの情報で体が動いているように感じる。こちらも予測と感覚が一致せず、酔ってしまう。
氏家さんらの研究によると、動きの速度が遅すぎても速すぎても酔いは生じにくいという。また、映像の動きの総和量が酔いの起きやすさに関係していることも明らかになってきた。
映像の解像度や画面サイズ、周囲の明るさといった環境も関係している可能性がある。映像酔いの起きやすさを客観的に評価できるシステムを構築し、映像の安全性を示せるよう研究を進めるという。
作品の世界観壊さず安全に
予測と感覚がずれることが問題なら、これを一致させる工夫をすれば酔わない可能性がある。産総研の渡辺洋主任研究員の実験では、VR映像で次に来る動きを矢印で予告すると、酔いにくいことが分かった。「たとえばVRゲームの空を飛ぶシーンで、鳥が道先案内人のように前方を飛んでいれば次の動きを予測しやすい」(渡辺さん)。作品の世界観を壊さずに、酔いを軽減する工夫はすでにエンターテインメントの世界で始まっているという。
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映像酔いを軽減する技術については、日本が国際標準化機構(ISO)に標準策定を提案し、2017年に認められた。酔いやすさの評価手法などを盛り込んだ日本の提案を基に検討が進められており、早ければ来年にも国際規格が発行される見通しだ。
提案の取りまとめに関わった氏家さんは「国際標準化に向け、ゲームメーカーや研究者、放送や映像製作の関係者などが共に議論した。安全な映像作りに向けて、国内でまとまった見解を持てたことは今後、日本発のより良いコンテンツ作りに貢献できるだろう」と期待を込めた。(科学部 松田麻希)