火星の家へようこそ、住むならどれ?

火星の家へようこそ、住むならどれ?

3Dプリンターで施工可能な4つの居住施設

AIスペースファクトリーは火星の居住施設として円筒形の多層階建てビルを想定 AI SPACEFACTORY
 火星には居住に適した多くの条件がそろっている。もちろん難題はたくさん残されているが、利用できる十分な水や地球に近い大気環境があり、いずれは適切な装備があれば、そこで生命を維持できるようになると科学者は考えている。
 残念ながら、人間が新しい惑星で生きていくために必要なのはそれだけではない。恐らくテレビを見たり、ゲームをしたりしたいだろうし、暗い場所に閉じ込められたくはないだろう。人間を火星に送り込むには、人間ならではの問題に対処する必要がある。

 ここ数年、科学者が火星に人間を輸送する技術に取り組む一方で、建築家はそこでの日常生活の設計に目を向けてきた。彼らのアイデアの多くは、米航空宇宙局(NASA)が主催する3次元(3D)プリンターで施工可能な火星居住施設の設計を募る「3D-Printed Habitat Challenge」で競われている。

 NASAは人間より先に、設計図がプログラムされたプリンターを貨物宇宙船で運ぶことを計画している。プリンターは火星に到着次第、砂やちり、岩などの表土から資材を作り、住宅の建設を開始する。
 コンペ参加者やその他の建築家は火星を人類の次の開拓地、すなわち地球が消滅しても人類が生き続けられるようにするための手段とみなしている。そしてそれを家と感じられるようにしたいと考えている。コンペに提出されたものを含め、そうした設計の一部を紹介する。
モジュール式モデル
チーム「ゼフォラス」は6角形の建物3つで構成される施設を設計
チーム「ゼフォラス」は6角形の建物3つで構成される施設を設計 Photo: Team Zopherus
 建築家のトレイ・レーン氏率いるアーカンソー州ロジャーズのチーム「ゾフェラス」が思い描いているのは、6角形の建物3つで構成される住居だ。中央が共有の居住スペースで、エアロック(気密式出入り口)を通って中に入る。大きな窓が1つあり、植物やハーブを育てる水耕栽培棚と人間の両方がそこから日光を取り込めるようになっている。2つ目の建物には実験室が収容されている。3つ目の建物はクルー用のスペースで、覗き窓が付いた各自個別のベッドルームがある。
 レーン氏は単なる生存だけでなく、精神的な快適さも同じくらい重要な検討要素だったと指摘。「宇宙飛行士がプライベートな自分だけの空間を持てるようにしたかった」と述べた。多くの物が2つの目的を兼ねている。例えば、天井の収納スペースは放射線を遮断する役割も果たしており、小さな水耕栽培棚は緑と酸素の両方を生み出してくれる。大半の火星住宅設計につきもののコンポスト(堆肥化)トイレもあり、個室になっている。
 最もクールな特徴:各建物には外につながる小さな密閉ハッチ用の空間があり、スペースを増やすには6角形のシェルをプリンターで造り、それを空いたハッチに接続すれば済む。
多層階建てビル
 ニューヨークに拠点を置くテクノロジー志向の建築事務所AIスペースファクトリーの「マーシャ」プランは、大きな円筒形の多層階建てビルを用いた設計(冒頭写真)だ。2つのシェルで構成され、外側は外界からの防御壁に、内側は人間が暮らすスペースになっている。
AIスペースファクトリーが設計したビルの内部
AIスペースファクトリーが設計したビルの内部 Photo: AI SpaceFactory
 内部は4階建てで、長いらせん階段でつながっている。「ガレージ」と呼ばれる1階は宇宙飛行士や探査機が出入りしたり、実験を行ったりする場所になっている。2階にも実験室があり、キッチンや共有スペースが併設されている。3階は各クルーのベッドルームと水耕栽培棚がある。最上階は大きな天窓が付いており、運動したりリラックスしたりできる空間になっている。
 AIスペースファクトリーはできる限り地球に近い環境を作り出したいと考えている。2つのシェルの間の空間が居住スペース全体に光を拡散させる助けをする一方、各シェルそれぞれに空気や温度調節システムがある
 最もクールな特徴:マーシャの内部には地球と同じような光を再現する照明調節システムがあり、クルーが通常の24時間周期のスケジュールを保(たも)てるようになっている。
巨大ドーム
建築家のビャルケ・インゲレス氏率いる事務所はUAE政府と連携し、同国の砂漠に「マーズ・サイエンス・シティー(火星科学都市)」を建設する
建築家のビャルケ・インゲレス氏率いる事務所はUAE政府と連携し、同国の砂漠に「マーズ・サイエンス・シティー(火星科学都市)」を建設する Photo: BIG-Bjarke Ingels Group
 建築家のビャルケ・インゲレス氏率いる事務所は設計をコンペではなく、アラブ首長国連邦UAE)ドバイ郊外の砂漠で試そうとしている。UAE政府と協力し、土壌と気候が地球のどこよりも火星に近い同国の砂漠に「マーズ・サイエンス・シティー(火星科学都市)」を建設する計画だ。約18万平方メートルの広さのコミュニティーを造り、火星での住居建設や生活がどうなるかをテストする。
 都市造りは加圧式の「バイオスフィア(ドーム型居住空間)」を複数重ね合わせ、それを地面に固定して膨らませることから始まる。その中でロボット化された機械が水や表土などを探し、現地にある材料を使用して掘削と建設を同時に進めながら多層構造のビルを建てる。ビルは放射線を漸進的に防ぐ役割も果たすため、地下にある一番下のフロアが最も安全だ。
 教育や仕事はおおむね地下で、農業や居住は地上で行う(住居を地下に造る方が地上に建てるよりも大変だし、人間にとって地下に住むのは気がめいるかもしれない)。中核的なビルやインフラのほとんどは3Dプリンターで施工されるが、巨大なドーム内には追加的な建設作業を行うスペースが十分ある。
マーズ・サイエンス・シティーは複数の「バイオスフィア」を重ね合わせて構成される
マーズ・サイエンス・シティーは複数の「バイオスフィア」を重ね合わせて構成される Photo: BIG-Bjarke Ingels Group
 マーズ・サイエンス・シティーは、小さな個別の居住施設ではなく全てを開放することを重視している。緑豊かな屋内とオープンスペースによって、キャンピングカーで暮らしているような気分にならないようにする。サイエンスシティーは教育ツールとして活用することを意図しており、宇宙博物館が設けられるほか、火星に近い環境で食べ物から建設まであらゆる研究を行う場所として活用する。準備ができたらチームが1年間ドーム内に住み、火星での生活をシミュレーションする予定だ。
 最もクールな特徴:チームは最終的に建物をさらに大型化し、「トーラス」と呼ばれる超強固なドーナツ型のドームを建てたいと考えている。これをつなぎ合わせれば、1つのコミュニティーに100万人を超える人々が住める可能性がある。一部の科学者は宇宙がトーラスの形をしていると考えており、これは非常にいいインスピレーションになる。
膨張式の都市
フォスター+パートナーズが設計したシステムでは膨張式の既製モジュールを使用する
フォスター+パートナーズが設計したシステムでは膨張式の既製モジュールを使用する Photo: Foster + Partners
 建築事務所フォスター+パートナーズが設計したシステムでは、火星の表面に3Dプリンターで巨大な放射線バリアーを建設し、その中に小型の既製モジュールを設置する。次にモジュールを膨らませ、気密式トンネルでつなげる。全体的な段取りや造りはグランピング(ぜいたくなキャンプ)のような雰囲気で、SF作家が設計したユルト(遊牧民族の移動テント)といった感じだ。中は全面的に白い壁で覆われ、水耕栽培棚の隣に透明のタッチスクリーンが設置されている。
 他の多くの設計同様、放射線や隕石(いんせき)からの防御に重点が置かれている。建物を個別に保護するのではなく、火星の土壌を材料にして巨大な壁を建設し、コミュニティー全体を太陽放射線から守る設計になっている(ドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』に登場する壁を想像すればいい。ただ防御する相手は亡者ではなく太陽だ)。

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 フォスター+パートナーズは特に侵入を防ぐのが難しいものとして、砂ぼこりに焦点を当てた。砂嵐は機械を破壊する可能性があり、砂ぼこりでさえも居住施設に入り込んだ場合、問題の原因になりかねない。そこで設計されたのが、「スーツポート」と呼ばれるシステムだ。宇宙服を居住施設の外側に密封装着し、飛行士は内側から車に乗り込むような形で宇宙服に体を入れる。このようにして、火星にさらされた物が一切内部に持ち込まれないようにする。
 最もクールな特徴:全てが余剰性を念頭に設計されている。巨大な壁は1台のデバイスではなく、複数のロボットプリンターを使用して建設するほか、モジュールは何か問題が起きた場合に交換できるようになっている。宇宙では常に万が一に備える必要がある。