古代エジプト人、痛恨のミス 日本の科学がツタンカーメンに挑む
3000年以上前のエジプトのファラオ、ツタンカーメン。わずか10年ほどの在位の末、19歳前後でこの世を去ったとされる、謎に包まれた若き王です。
オープン迫る「大エジプト博物館」
エジプト観光といえば、ギザのピラミッドにスフィンクス。その近くで、新たな観光の柱となること間違いなし、という一大プロジェクトが進んでいます。
それが「大エジプト博物館」です。収蔵される文化財は、最終的に10万点。常時5万点の展示を予定していて、完成すれば世界有数の規模となります。現在、2020年後半の開館を目指しています。
この博物館の建設を全面的に支援しているのが日本です。総工費1400億円あまりのうち、半分以上は日本の円借款でまかなわれています。
“ツタンカーメン・コレクション”の謎に挑む
加工技術は日本顔負けのレベルだった
エジプト入りした専門家集団は総勢12人。木の細胞を見るだけで、木の種類まで判断できる木材組織学の専門家や、「曲げわっぱ」で有名な秋田からは、木材加工技術の研究者。
さらに、日本各地の数々の木材文化財を調査してきたX線調査のスペシャリスト。文化財をスキャンして、ミリ単位の正確さで3Dデータを再現し、最先端のデータ解析技術を駆使する専門家など、そうそうたる顔ぶれです。
まず取り組んだのは、「チャリオット」=2輪馬車の鑑定です。
専門家は、高倍率の光学顕微鏡で2輪馬車の表面を観察し、細胞の形から木材の種類を導き出しました。
その結果、2輪馬車のうちのひとつで、馬車をけん引するための軸の部分と、本体部分を支える部品に、異なる種類の木材が使い分けられていることがわかりました。
軸の部分に使われていた「ニレ」は木材の中でもしなやかな性質で、様々な方向から力がかかる軸にはぴったり。一方で本体部分を支える部品には堅くて丈夫なのが特徴の「タマリスク」の木が使われていました。
3000年以上前の古代エジプトの人たちは木材の特性をよく理解し、部品によって最適な木材を使っていたのです。
「ニレ」の木は、当時のエジプトには自生しておらず、今のトルコのあたりから運ぶ必要がありました。ツタンカーメン時代のエジプトの王国が、強い力を持ち、広い範囲で交易を行っていたことも裏付ける結果となりました。
長らくささやかれてきた“疑惑”
もう1つ、興味深い結果が出たのが「黄金のベッド」です。専門家はベッドのX線撮影を行い、表面からはわからない木材の継ぎ目や、割れやすい芯の部分があるかどうかを調査しました。
黄金のベッドは全部で3台発見されています。このうちの2台について、考古学者たちの間では、「間違って組み立てられたのではないか」という“疑惑”が、長い間ささやかれてきました。
X線で撮影して何がわかったのか。「ライオン」のベッドの寝台には、加工を施した跡が確認されました。だ円のような形をした場所がそれです(赤い丸の中)。
一方、「雌牛」のベッドの寝台にそうした跡はありませんでした。寝台だけを比較すると、「ライオン」よりも「雌牛」のベッドに、より良い木材が使われていたことがわかるのだそうです。
裏付けられた古代エジプト人のミス
しかし、ベッドの脚の部分は真逆でした。「ライオン」や「雌牛」の顔の部分を見てみると、「ライオン」のほうにより良い木材が使われていたのです。
総合すると、雌牛とライオンのベッドの寝台が、入れ違っている可能性が高いことが裏付けられた形です。
「王を埋葬したとき、バラバラの状態で墓に運ばれてきて、中の暗いところで組み立てられたと考えられます。もしかしたらですが、間違ってしまった可能性があるんですね。
例えば私たちが家具を買いに行って、家に持って帰って組み立てた時に、間違えたりしますよね。それと全く同じようなことを、やったんじゃないかなと」(河合教授)
日本の専門家の調査で見えてきた、古代エジプトの人々の素顔。その一端をかいま見られる「大エジプト博物館」の開館は、まもなくです。