古代エジプト人、痛恨のミス 日本の科学がツタンカーメンに挑む


2019-07-25

古代エジプト人、痛恨のミス 日本の科学がツタンカーメンに挑む



3000年以上前のエジプトのファラオ、ツタンカーメン。わずか10年ほどの在位の末、19歳前後でこの世を去ったとされる、謎に包まれた若き王です。
今、そのツタンカーメンの副葬品を科学的に調査する試みが、日本の専門家の協力で行われています。見えてきたのは当時の職人たちの意外な素顔。魅惑の古代エジプトの世界、この機会に、のぞいてみませんか?

オープン迫る「大エジプト博物館」

エジプト観光といえば、ギザのピラミッドにスフィンクス。その近くで、新たな観光の柱となること間違いなし、という一大プロジェクトが進んでいます。
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それが「大エジプト博物館」です。収蔵される文化財は、最終的に10万点。常時5万点の展示を予定していて、完成すれば世界有数の規模となります。現在、2020年後半の開館を目指しています。
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この博物館の建設を全面的に支援しているのが日本です。総工費1400億円あまりのうち、半分以上は日本の円借款でまかなわれています。
文化財の取り扱いなどの技術面にも日本の協力は及んでいます。どういうことかというと、エジプト各地から貴重な文化財を運ぶための指導をしているのは日本の運送会社だったりするのです。
例えば、巻き尺を使ってトラックの荷台を正確に測り、文化財が倒れないよう真ん中に置いて運ぶ。先進国では徹底されているノウハウの数々をひとつひとつエジプト人のスタッフに教えるのもとても大切な支援なのだそうです。

ツタンカーメン・コレクション”の謎に挑む

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この博物館の最大の見せ物、それが“ツタンカーメン・コレクション”です。約100年前、イギリスの考古学者ハワード・カーターが発見したツタンカーメンの墓から発見された副葬品、その数なんと5000点に上ります。
しかしここに意外な事実があります。副葬品の多くは、実はこれまで本格的な科学調査が行われていないのです。
副葬品はエジプト各地の博物館で展示されていますが、調査のためには、一定の期間、展示を中断する必要があります。要は、後回しにされてきたというわけです。
そこで新しい博物館が開館するタイミングに合わせて、日本の協力のもと、きちんと科学調査をすることになりました。ツタンカーメンの副葬品には木材から作られたものが少なくなく、木の文化財が多い日本の蓄積が生かせるのではないかというのです。

加工技術は日本顔負けのレベルだった

エジプト入りした専門家集団は総勢12人。木の細胞を見るだけで、木の種類まで判断できる木材組織学の専門家や、「曲げわっぱ」で有名な秋田からは、木材加工技術の研究者。
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さらに、日本各地の数々の木材文化財を調査してきたX線調査のスペシャリスト。文化財をスキャンして、ミリ単位の正確さで3Dデータを再現し、最先端のデータ解析技術を駆使する専門家など、そうそうたる顔ぶれです。
まず取り組んだのは、「チャリオット」=2輪馬車の鑑定です。
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専門家は、高倍率の光学顕微鏡で2輪馬車の表面を観察し、細胞の形から木材の種類を導き出しました。
その結果、2輪馬車のうちのひとつで、馬車をけん引するための軸の部分と、本体部分を支える部品に、異なる種類の木材が使い分けられていることがわかりました。
軸の部分に使われていた「ニレ」は木材の中でもしなやかな性質で、様々な方向から力がかかる軸にはぴったり。一方で本体部分を支える部品には堅くて丈夫なのが特徴の「タマリスク」の木が使われていました。
3000年以上前の古代エジプトの人たちは木材の特性をよく理解し、部品によって最適な木材を使っていたのです。
「ニレ」の木は、当時のエジプトには自生しておらず、今のトルコのあたりから運ぶ必要がありました。ツタンカーメン時代のエジプトの王国が、強い力を持ち、広い範囲で交易を行っていたことも裏付ける結果となりました。
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日本で数々の仏像の修復を手掛けてきた木材美術品の専門家、岡田靖さんが着目したのは古代エジプトで、今の日本でも用いられる高い技術が使われていたことでした。
「日本は木が多く自生しているので、世界的に見ても木材加工技術が発達したと言われてきました。『寄せ木』や『曲げ木』の技術など、日本の歴史的な技術が、ほぼ、古代エジプトで確立していたのは、衝撃です。
現代であれば当たり前に使われている技法ですが、およそ3300年前につくられたものが今でも健全な状態であるというのは、木に対する適切な加工技術、知識を持っていたということになりますから。もう、驚くしかありません。
エジプトの技術がギリシャ・ローマに伝わって、それがシルクロード等を経て、中国を経由して日本にというのは、十分考えられるのではと思っています。ぜひたどってみたいと思っていますね」(岡田さん)

長らくささやかれてきた“疑惑”

もう1つ、興味深い結果が出たのが「黄金のベッド」です。専門家はベッドのX線撮影を行い、表面からはわからない木材の継ぎ目や、割れやすい芯の部分があるかどうかを調査しました。
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黄金のベッドは全部で3台発見されています。このうちの2台について、考古学者たちの間では、「間違って組み立てられたのではないか」という“疑惑”が、長い間ささやかれてきました。
X線で撮影して何がわかったのか。「ライオン」のベッドの寝台には、加工を施した跡が確認されました。だ円のような形をした場所がそれです(赤い丸の中)。
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一方、「雌牛」のベッドの寝台にそうした跡はありませんでした。寝台だけを比較すると、「ライオン」よりも「雌牛」のベッドに、より良い木材が使われていたことがわかるのだそうです。

裏付けられた古代エジプト人のミス

しかし、ベッドの脚の部分は真逆でした。「ライオン」や「雌牛」の顔の部分を見てみると、「ライオン」のほうにより良い木材が使われていたのです。
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総合すると、雌牛とライオンのベッドの寝台が、入れ違っている可能性が高いことが裏付けられた形です。
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エジプト考古学が専門の金沢大学の河合望教授は、3000年前に副葬品を組み立てた際、古代エジプト人が、組み立てを間違えた可能性があると考えています。
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「王を埋葬したとき、バラバラの状態で墓に運ばれてきて、中の暗いところで組み立てられたと考えられます。もしかしたらですが、間違ってしまった可能性があるんですね。
例えば私たちが家具を買いに行って、家に持って帰って組み立てた時に、間違えたりしますよね。それと全く同じようなことを、やったんじゃないかなと」(河合教授)
日本の専門家の調査で見えてきた、古代エジプトの人々の素顔。その一端をかいま見られる「大エジプト博物館」の開館は、まもなくです。
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ちなみに、ツタンカーメン・コレクションの説明書きは、エジプトの公用語であるアラビア語のほか、英語、そして日本語でも表記されるとのこと。エジプトにお越しの際、立ち寄ってみてはいかがでしょうか。(カイロ支局・柳澤あゆみ)