データが示す「恐怖の夏」 世界景気に収縮の予兆

[FT]データが示す「恐怖の夏」 世界景気に収縮の予兆

ラナ・フォルーハー
FT
FT commentators
2019/8/14 2:00
今は嵐の前の静けさとでもいうべきか。先週の市場の乱高下は、表向きは米中貿易摩擦が全面的な通貨戦争に発展したことがきっかけだとされる。だが本質的な原因は、米連邦準備理事会(FRB)が7月に実施した利下げの理由が、将来の景気減速に対する「保険」だということに、世間が納得しなかったからだ。米国、スペイン、イタリア、フランス、ドイツの購買担当者景気指数の低迷に企業の倒産件数の増加、米国のレイオフ(一時解雇)急増まで、今やいくつもの指標が示しているように、世界的な景気下降局面はすでに始まっている。
イラスト Matt Kenyon/Financial Times
イラスト Matt Kenyon/Financial Times
資産価格は紛れもなくこれを反映し始め、しかも、その時期は間近かもしれない。中国が人民元相場を安定させたことで、市場は一時的に落ち着いたかもしれない。しかし、我々は今、為替調査会社AGビセット・アソシエーツのウルフ・リンダール最高経営責任者(CEO)が言うところの「恐怖の夏」を迎えようとしている。同氏は、2018年1月から長期平均に回帰し始めたダウ平均が、10年続く弱気相場に発展するとみている。
■マイナス利回りの債券が全世界に14兆ドル
これは感情ではなくデータに基づく意見だ。過去をさかのぼっても、ダウ平均が現在のようにトレンドライン(傾向線)から130%以上乖離(かいり)した時期は、1906年以降、20カ月間しかない。その時期は恐ろしいことに、大恐慌が起きた29年、ITバブル崩壊前の99年、そして2018年近辺に集中している。「米国株は過去150年間で2番目の高値をつけている」とリンダール氏は言う。「株価が下がるのは必然だ」
筆者にとって、問題は暴落が起きるかどうかではなく、なぜ暴落がまだ起きていないかだ。実際、不安を募らせている市場参加者は大勢いる。マイナス利回りの債券が全世界に14兆ドル相当も存在することが何よりの証拠だ。大損に対するヘッジとして少しだけ損をする「安心感」にお金を払う意思がある人がこれほど多ければ、世界がかなりおかしい状態にあることは明白だ(完全に情報開示しておくと、筆者自身は現在、資産の大半を現預金のほか、短期の確定利付き資産と不動産に投資している)。
トゥキディデスの罠、現実に
より急激で持続的な調整がなぜまだ起きていないのか。先週まで、市場があえて3つの事象について目をつぶってきたためだ、と筆者はみている。
1つ目は、米中間の貿易協定は成立しないという事実だ。両国とも協定を切実に必要としているが、中国は対等な立場でなければ取引には応じない。ただ、トランプ米大統領心理的にこれを受け入れられない。過去の経歴をみると、トランプ氏は相手を一方的に倒せたと感じられる欲求を求め続けてきた。株価が下げるにつれて、この負けを認めない病的心理の傾向は激しくなる一方だろう。
誰もがしばらく前から、これを知っていた。だが、筆者のみるところ、トランプ氏が危険なことをやりかねないことへの不安は、大統領の予測不能な行動の結果、株価が下げるたびに買いに回るアルゴリズム売買プログラムによっていくばくか覆い隠されてきた。そのため、市場が持続不能であることを示す現状に対する継続的なシグナルがかき消されてしまった。
トランプ氏が中国を「為替操作国」に指定した後、中国は元安を容認した。これにより、米大統領がフェアに戦わずに強硬策に出ようとした場合、中国は米国市場を打ち倒し、どんな痛みをも受け入れる覚悟があることを示した。誰もが無視しがたい新しい現実だ。
端的に言うと、新興国が覇権国に挑戦するとき、折り合えずに戦争が起きる「トゥキディデスの罠(わな)」が現実に起きているのだ。米国の外交政策は20年の大統領選挙後に大きな変化があるどころの情勢ではない(なお、民主党の有力大統領候補は誰も対中政策をはっきり示していない)。米国と中国は現在、今後数十年続き、世界の経済と政治を塗り替える冷戦に入っているのだ。
■今以上の金融緩和策には無理
一方で、FRBの10年来の対策、つまり経済をお金であふれさせて市場を安心させ、正常化を期待する策は失敗した。そして次善策は存在しない。だからこそ、金の需要が旺盛になっている。一部のヘッジファンドが現金化への防衛策を備え始め、利回りが大幅なマイナス領域に入っている投資適格債をトレーダーが空売りして、過去10年間の米国株・米ドルへの資金流入が今にも反転しようとしているのもこれが要因だ。リンダール氏は、米ドルは今、ユーロに対して25%過大評価されていると考えている。
FRBは間違いなく、追加利下げによってこうした状況を取り繕おうとするだろう。だが、資産運用会社グラスキン・シェフのストラテジストのデービッド・ローゼンバーグ氏が指摘するように、「米国の民間部門は大量の債務で窒息寸前で、信用コストを引き下げても、需要の反応は大して起きないだろう」。また、同氏が最近書いたように、景気の引き締めは容易でも刺激は難しいことを示した「紐(ひも)を押す」という表現は元FRB議長のマリナー・エクルズ氏が生み出したものだ。FRBが金融政策の緩和で需要を生み出せない様子を描写するために1935年3月に使った言葉だ。
緩和策は当時もうまくいかなかったし、現在もうまくいかないだろう。債務の問題をさらに債務を積み上げて解決はできない。また、中央銀行が善意から、予測不能米大統領が引き起こした被害の打ち消しに必死になっているとしても、本物の成長を生み出すことはできない。中銀にできるのは、お金を回すことだけだ。どこかの時点で、市場と実体経済が収束しなければならない。
まさに今がそのときだと筆者は思っている。設備投資計画は延期され、住宅ローン金利が低いにもかかわらず、中古住宅の販売が減少している。そして、おそらく最も多くを物語るのは、グラスキン・シェフが指摘しているように、米国の消費者がクレジットカードの借入残高と自動車燃料の使用の両方を減らしていることだ。この2つの支出の削減はどんな時期であっても珍しく、ましてや休暇シーズンの最中には、めったにないことだ。まさしく恐怖の夏だ。
By Rana Foroohar
(2019年8月12日付 英フィナンシャル・タイムズ紙 https://www.ft.com/

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