けもの道 動物学者 今泉忠明

けもの道 動物学者 今泉忠明

あすへの話題
2019/7/26 14:00 日本経済新聞 電子版
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野生動物の調査を今も続けているが、森の中を歩くことに馴(な)れてくると縦横に「けもの道」が走っていることが分かってくる。林床のコケや草が長年にわたって動物たちに踏まれて、かすかに道らしきものが出来ている。猟師はこの跡を読んで罠(わな)をかける。
どんな動物がけもの道を使っているのだろうか。高速道路のようにさまざまな動物が行き交っているに違いないと想像した。使用頻度の高そうなけもの道が交差するあたりにカメラを設置して調べた。5メートルほどの間隔でけもの道に沿ってカメラを置く。1頭の動物の歩く姿が次々に写るはずだ。
結果はまったく違った。ニホンジカの母子、ニホンカモシカ、イノシシなどが写ったが、1頭が連続することなく、それぞれバラバラに写っていた。つまり1本のけもの道をみんなが歩くわけではなく、それぞれが独自のけもの道をもっていたのである。カモシカは四肢の蹄(ひづめ)の間に蹄間腺(ていかんせん)と呼ばれる臭腺がある。歩くたびに地面に自分の匂いが残る仕組みである。シカは後肢の地面から15センチくらいのところに中足腺(ちゅうそくせん)があり、歩いていて草などに触れると自分の匂いが残る。イノシシには臭腺がないとされるが、独特の体臭がある猪突(ちょとつ)猛進型の徘徊(はいかい)者だから、同じルートをたどる必要がないのかもしれない。ともかく、匂いは種類によって共通しているから、仲間には誰がどのように通ったのかが分かるようになっている。
一見、何の変哲もない森の中は、動物の種類ごとの匂いの道が網の目のように描かれているのである。いつか、けもの道が浮かび上がった森の中の光景を眺めてみたいものである。