株式相場を強気転換させた1000億円の買い注文

http://www.nikkei.com/markets/column/scramble.aspx?g=DGXNMSGD14094_14112013000000&df=1

日本経済新聞Web版より転載

 「マクロ系のヘッジファンドが久々に戻ってきましたね。彼らのこんな積極的な動きを見るのは、5月以来のことですよ」
日経平均株価が前日比309円25銭高の1万4876円41銭と、約半年ぶりの高値で引けた東京株式市場。いったい誰が買っているのだろうか。日本株のシェアが高いある証券会社で株式部門を統括する幹部に尋ねると、匿名を条件にこう教えてくれた。

 その幹部の説明はこう続く。「マクロ系ヘッジファンドは今年5月までの日本株の上昇局面でかなり稼いでいますから、11月末や12月末に締めるファンドの決算前になって積極的に動く必要はありませんよね。てっきり年内は動かないつもりなのだろうと思っていましたが、今週に入って大量にオーダーが入ってきました」。なるほど。そしてその幹部が下した結論はこうだった。「一部の金融機関やロング(買い持ち)オンリーの投資家からも少しはオーダーが入ってきていますが、今の相場を動かしているのは明らかにマクロ系のヘッジファンドの買いですね」

 その幹部によると、マクロ系ヘッジファンドの買い注文は日経平均先物日経平均オプションのコール(買う権利)に集中しているという。そこで、同じトレーディングフロアで働く同社の株式デリバティブ金融派生商品)担当のトレーダーにも電話してみた。するとより具体的なこんな答えが返ってきた。「昨日の大引け後なんですが、夕方の立会外でコールオプションのでっかいクロス取引が成立しています。あんな買い方をするのはマクロ系ヘッジファンド以外にないだろうと我々の間では話題になりましたよ。相場の先行きですか? 僕はかなり強気ですよ」


 オプションの立会外取引の成立状況は通常の情報端末では見ることができない。そこで日経平均オプションを上場する大阪証券取引所に確認すると、確かにその大口取引は存在していた。

 対象は2014年1月物の権利行使価格1万5000円のコールオプション。午後3時台に6700枚のクロス取引が成立していた。これはワンショットの取引で、金額は想定元本ベースで実に約1000億円の買い注文という計算になる。これ以外にも、昨日は大引け後に13年12月物の1万5000円のコールオプションに合計2700枚(想定元本で約400億円に相当)の立会外のクロス取引が成立していた。ちなみに先ほどの株式デリバティブのトレーダーはその取引をモニター画面上で確認した驚きをこう表現していた。「あんなでかいクロス取引を見たのは、5月以来ですね」

 ちなみに立会外のクロス取引は、ヘッジファンドなど大手の機関投資家が相場を動かさずに大量の注文を一気に執行するためによく使う手法だ。昨日の大証の立会内取引では14年1月物の権利行使価格1万5000円のコールオプションは日中を通して全部で565枚しか売買ができていない。そんなところに6700枚という大量の買い注文を入れると自分で価格を動かしてしまうので、立会外の取引を使うわけだ。買い注文の相手は証券会社の自己売買部門で、両社の合意した値段でヘッジファンドの買い注文と証券会社の売り注文を同数つけ合わせるのでクロス取引と呼ばれている。

 では、そのクロス取引はどのようにしてマーケットに織り込まれていくのだろうか。

 クロス取引の注文を受けた証券会社は自己勘定で6700枚分のコールオプションを売り建てるため、日経平均が上昇すれば含み損を抱えてしまう。このためその証券会社は相場上昇に備えて日経平均をある一定枚数買い建てることで相場が上がっても損失が出ないようにする。これを「デルタヘッジ」と呼び、証券会社からヘッジ用の日経平均先物の買い注文が市場に入ることで、相場を押し上げる。


 この証券会社がヘッジ用に買い建てる日経平均先物の枚数は、相場が上がるのに比例して増えていくため、相場の上昇を加速させる方向に働く。そして先ほどのデリバティブトレーダーが証言していたように、大証の立会外市場で昨日の引け後に大口クロス取引が成立したことはプロの間では知れ渡っているので、その先回りをして日経平均先物を買おうとする人たちも出てくる。すると相場がさらに上がって、デルタヘッジ用の買い注文の枚数がさらに増えていく……。こうした昨日引け後の大口のコールオプションの買いに端を発する「上昇スパイラル」のメカニズムが、14日の大幅な日経平均株価の上昇に少なからず影響したのは間違いないだろう。

 では、なぜマクロ系ヘッジファンドとみられる海外機関投資家はこのタイミングで日経平均先物や同オプションを積極的に買ってきたのだろうか。
 理由は当事者のヘッジファンドに聞くしかないが、ある米系証券の日本株セールスマンはこんな見方をしていた。「明確な理由は見当たらないのですが、機が熟していたということですかね」
 「機が熟していた」という言葉は冒頭の証券会社の幹部も言っていた表現だが、話を総合するとこういうことだ。イエレン米連邦準備理事会(FRB)次期議長の声明などから世界的な過剰流動性の継続が確認され、先週までに一巡した日本企業の決算発表や14日発表の7~9月期の国内総生産(GDP)速報値で日本経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)も悪くないことが再確認された。日本株は10月以降は世界的な株価上昇からやや出遅れているうえ、チャート上では日経平均が数カ月続いている「三角持ち合い」から上放れてもいいタイミングにきている。いつでも相場が上昇局面に入ってもいい条件がそろっていたわけだ。

 そこで13日の引け後に出た大口のコールオプションの買い――。相場を動かす直接のきっかけは、往々にして投資家からの大口注文という「実弾」が作る。今日もあるトレーダーはこう言っていた。「後講釈の解説はあとからいくらでもついてきますけど、短期的には相場を動かすのは需給以外なにものでもありません」

 ただ先物需給頼みの相場には危うさも残るのも事実だろう。

 その1つの兆候は、日経平均株価東証株価指数(TOPIX)で割ったNT倍率の足元の急上昇から透けて見える。日経平均先物が主導して相場が上昇した結果、14日にNT倍率は12.20倍と5月28日以来の水準に上昇。つまり日経平均先物の上昇に現物株がついてきていないのだ。ちなみにNT倍率は5月22日に12.24倍の水準まで上昇し、その翌日に日経平均株価は突然暴落した。「日経平均がきょう1万5000円をすんなり超えていたら、私も少しは安心できたんですけどね」。冒頭の証券会社の幹部が少し不安げにこう言っていたのが、印象に残った。