圧勝「囲碁AI」が露呈した人工知能の弱点

圧勝「囲碁AI」が露呈した人工知能の弱点


 米グーグルの研究部門であるGoogle DeepMindが開発した囲碁AI(人工知能)「AlphaGo(アルファ碁)」と、韓国のプロ棋士イ・セドル氏が2016年3月9日~15日に韓国で相まみえた五番勝負は、イ・セドル氏が第四局で一矢を報いたものの、4勝1敗でAlphaGoの圧勝に終わった。この五番勝負は、“第三次AIブーム”を牽引するディープラーニング(深層学習:多層のニューラルネットによる機械学習)のデモンストレーションという枠を超え、その強みと弱点、ビジネス応用の方向性を浮き彫りにした。

 今回の五番勝負が改めて示したディープラーニングの強みは、このAI技術が用途によらず、極めて汎用的に使えるという点だ。

 AlphaGoのソフトウエアには、囲碁のルールすら組み込まれていない。過去の棋譜ニューラルネットに入力する「教師あり学習」と、勝利を報酬に囲碁AI同士を対局させて鍛える「強化学習教師なし学習)」だけで、世界最強と称されるプロ棋士を破るまでに成長させた。

 AlphaGoは2015年10月の時点で、3000万局もの自己対局をこなしたという。地球上にプロ棋士が1000人いるとして、毎日対局したとしても1年当たり約20万局。少なくとも、未知の定石や打ち筋といったイノベーションを生むスピードで言えば、コンピューターは囲碁の領域で「シンギュラリティ(技術的特異点)」に達した、と言わざるを得ない。今後は、コンピューターとプロ棋士の組み合わせが生み出すイノベーションへと焦点が移るだろう。

 プレーヤーが全情報を把握できる「完全情報ゲーム」でなくとも、ディープラーニングは適切な「入力データ」と「教師データ」「報酬データ」を用意できれば威力を発揮できる。これまで人間が担っていた「認識」「検知」に関わる領域、例えば画像認識、音声認識、顔認証から、防犯カメラに映った人間の振るまい解析、サイバー攻撃の予兆検知、医療用画像の解析などで、人間を超える精度を実現しつつある。
ディープラーニングの「弱み」とは
 今回の五番勝負は、ディープラーニングの強みに加えて、ディープラーニングを実社会に応用する上での二つの弱点を露呈させた。

 一つは、AIが明らかに誤りと思える判断を出力した場合にも、その原因の解析が極めて困難であることだ。イ・セドル氏が勝利した第四局では、AlphaGoは明らかな悪手を繰り返した後に敗北したが、その原因は当のDeepMindのメンバーにも分からなかった。通常のプログラムであればコードを追跡してデバッグできるが、ディープラーニングには人間が読める論理コードはなく、あるのは各ニューラルネットの接続の強さを表すパラメーターだけ。アルゴリズムは人間にとってブラックボックスになっている。

 もう一つは、高度に訓練されたAIは、例え結果的に正しい判断であっても、人間にはまったく理解できない行動を取る場合があることだ。特にAlphaGoが勝利した第二局では、プロ棋士の解説者は「なぜAlphaGoの奇妙な打ち手が勝利につながったのか、理解できない」といった言葉を繰り返した。


 この点は、AIと人間が共存する環境、あるいはAIの判断が人間の生死に関わるような用途では、大きな問題となる。例えば、自動運転車のAIが、周囲の人間には理解しがたい運転を繰り返すようでは、人間の運転ミスを誘発しかねない。
■AI研究でますます高まるグーグルの吸引力
 今回の五番勝負は、IT(情報技術)企業によるAI開発競争において、巨大なITインフラを保有する企業ほど有利となる現状を見せつけるものでもあった。

 従来のディープラーニング技術は、複数台のサーバーが分担して処理する「分散化」を苦手としていた。だが米グーグルは、自社のディープラーニングソフトウエアライブラリ「TensorFlow」の分散化機能を強化。AlphaGoでも、本番対局では分散処理バージョンを使った。

 2015年10月に欧州のプロ棋士と勝負した際は、1202台のCPUと176台のGPU(グラフィカル・プロセシング・ユニット)で並列処理させたという。自己対局による強化学習でも、グーグルのIaaS(Infrastructure as a Service)「Google Cloud Platform」が持つ大量のコンピューティング資源を活用した。

 かつて米IBMは、自社のハードウエアを使って1997年にチェス王者を、2011年にクイズ王を下し、その技術力を誇示した。グーグルは今回の五番勝負で、こうしたIBMのPR戦略のお株を奪った格好だ。大量のデータを蓄積し、豊富なITインフラを湯水のごとく使える――。優秀なAI技術をひきつけるグーグルの吸引力が、今回の五番勝負でますます高まったのは間違いないだろう。

[参考]日経BP社は2016年3月25日、AIとロボットの産業と社会へのインパクトをテーマにしたセミナー「AI/ロボットが変える産業と社会」を開催する。4人のキーパーソンがAIとロボットの最新動向と近未来像を解説する。詳細は、http://coin.nikkeibp.co.jp/coin/itpro-s/seminar/nc/160325/