ドイツ勢、EV路線へ急ハンドル

ドイツ勢、EV路線へ急ハンドル パリ自動車ショー

 開催中のパリ国際自動車ショーは「電気自動車(EV)祭り」の様相を呈している。2年前までプラグインハイブリッド車(PHV)を当座の本命とみていたドイツ勢も、その姿勢を一変。独ダイムラーと独フォルクスワーゲン(VW)が派手に「カエル跳び」となる戦略を発表するなど、出遅れを取り戻すように一気にEVを前面に押し出してきた。


新型EV「ジェネレーションEQ」を発表するダイムラーのツェッチェ社長(9月29日、パリ)

 「600」「500」「500」「400」――。パリのショーに参加した欧州自動車大手各社は、1回の充電で走れるEVの航続距離(キロメートル)を競うようにアピールした。前2者はコンセプト段階のVWとダイムラー、後の2者は近く発売する独オペルと仏ルノーの数値だ。電動化技術で巻き返しに動くダイムラーとVWの本気度を探った。

ダイムラー、10年間で25%をEV
 「内燃機関のエンジンからフルEVに変わる転換点は、規制やインセンティブで決まるのではない。顧客視点で本当に競争力があるかどうかで決まるのだ」。パリで同社初の電動車両の専用ブランド「ジェネレーションEQ」を発表したダイムラーのディーター・ツェッチェ社長は、会場での記者の取材に対してニヤリと笑った。
 コンセプト車として披露された多目的スポーツ車(SUV)は航続距離が500キロメートルに達する。2019年に市販し、価格は同タイプのディーゼル車並みの見通し。EQシリーズとして25年までに10車種を立ち上げる。「25年には販売台数の15~25%がEVになる」(ツェッチェ社長)と野心的な目標を立てる。
 自信の背景は内製電池の性能にメドがついたことがある。ダイムラーは15年に独化学大手エボニックインダストリーズとの車載用電池共同出資、ドイチェ・アキュモーティブを完全子会社にしている。
 ダイムラーは2年前のパリでは航続距離の不安がないPHVを前面に出し、「17年までにPHVを10車種」と公表していた。だが、今回はEVへのシフトを鮮明に打ち出した。

 開発担当のトーマス・ヴェーバー取締役は「リチウムイオン電池の性能向上とコスト削減にメドがついた」とフルEVで勝負できる環境が整ってきたことを強調。電池投資に総額10億ユーロ(約1150億円)を充て、独東部ザクセン州にある工場の生産能力の増強や研究開発を進めている。

燃料電池車の優先度は低下
 ダイムラーにおける開発の基本はガソリン・ディーゼル内燃機関、PHV、EVの3つを同時に進めること。これに燃料電池車(FCV)も加わり、開発で日産自動車と米フォード・モーターとも提携している。以前にトヨタ自動車がFCVの発売を先に発表した際には「当社は200台の公道走行で先んじていた」(ツェッチェ社長)と対抗心を見せていた。だが、今回は明らかにFCVについてはトーンダウンしている。

 ヴェーバー氏は「日本の競合やメディアがFCVに注目しているのはよく知っている。我々も開発を続けるが当面はEVで行く」ときっぱり言い切った。同社は今年6月、水素充填インフラがない場所でも外部充電できるプラグインFCVを17年に発売すると発表しているが、パリでは出展していない。


コンセプトEV「I.D.」と写真におさまるVWのミュラー社長(右)、VWブランド乗用車部門トップのディース氏(9月29日、パリ)

 新ブランドを立ち上げるのもEVに本腰を入れる表れだ。スウェーデン出身のオラ・ケレニウス取締役は取材に対し、「シリーズ化ということは当然論理的に考えている。我々はドイツ企業だ」と笑いながら述べた。今後投入する10車種の具体的な車種は明らかにしていないが、「EQは知能を持たせた電動車両のシリーズ。今はフルEVで行く」という。ライバルの独BMWが13年に電動車両の専用ブランド「iシリーズ」を立ち上げ、小型EV、スポーツカーのPHVの2車種を投入している。ダイムラーもこの戦略に沿った。
 EV新ブランド立ち上げの背景には、EVで一気に存在感を増した米テスラモーターズへの対抗意識がある。テスラは8月、EVとして初めて航続距離が500キロメートルを超える「モデルS」の新モデル発売を発表済み。商業生産では先を行く。ダイムラーはテスラがよちよち歩きの09年に約9%出資していたが、14年には全株を売却済み。これまで「Bクラス」のEVの電池供給を受けていたが、内製電池の供給体制も整えいよいよテスラに正面から勝負を挑む構図だ。
 もっともツェッチェ社長は「『メルセデス・ベンツ』からテスラに買い替えた客は極めて少ない」と指摘したうえで、「テスラを敵というのはばかげている。テスラの考えが我々に役立つことがあるし、テスラが一般市民に認知させてくれた」と強調した。EVの認識を変えてくれた先達に敬意を表した「優等生発言」だ。

■テスラをライバル視するVW
 排ガス不正を受けて電動化シフトを鮮明にしたVWは、さらに踏み込んだ。
 パリの目玉はコンセプトEVの「I.D.」。1回の充電で600キロメートル走行できる。VWブランド乗用車部門を率いるヘルベルト・ディース氏はプレスデーのスピーチで「我々の将来は電動化、そしてフルコネクテッドにある」と述べ、「テスラ、アップルのような新しい競合をターゲットにしている」と明言した。公の場のスピーチで競合を名指しすること自体珍しいが、テスラなどシリコンバレー企業への対抗心をあらわにした。


VWブランド乗用車部門の開発担当取締役、フランク・ヴェルシュ氏

 ディース氏はプレスデー前日の自社イベントでもテスラに関する質問に答えている。「テスラはこれからEVを量産するのだろう? 我々には量産は何の問題もない」。VWはパリで、看板小型車「ゴルフ」のEVを航続距離300キロメートルと現状より5割伸ばした新モデルを17年に発売すると発表した。独国内の今の生産ラインから出荷が可能だ。それに次ぐI.D.は昨年10月に明らかにしたEVの専用プラットフォーム「MEB」をベースにし、20年の市販を予定している。
 VWはこれまで車台や主要部品を共通化し、「レゴブロック」のように車を組み立てるプラットフォーム「MQB」を採り入れてきた。アナリストの間では、MQBが当初見込みよりコストがかかったとの評価が多いが、「グループでモジュール生産のノウハウは着実に蓄積されてきた」(VW幹部)という。乗用車部門の開発担当、フランク・ヴェルシュ氏は「MQBは卓越した技術であり、さらに開発を進めていく」と述べる。

 VWのマティアス・ミュラー社長は6月に「25年までにEVを30車種投入し、25年に販売台数の20~25%がEV」という計画を発表している。これを支えるのがMEBだ。MQBのノウハウを発展させ、さらに設計の自由度が増すという。ヴェルシュ取締役は「I.D.は内燃機関が無くなるため、前部、後部のスペースが自由に使える。600キロメートル走る電池も収容できる」と説く。ディース氏はスピーチで「見た目は『ゴルフ』のようにコンパクトで、中は『パサート』並みの快適さと空間がある」と例え、価格も内燃機関のゴルフと同程度という。

■課題は電池の生産体制

BMWは小型EV「i3」の航続距離を300キロメートルと5割伸ばした(パリ)

 さらにI.D.はスペースの広さを生かしレベル4の完全自動運転にも備えている。ヴェルシュ氏は「MQBではレベル3まで対応し、高速道路のレーンアシスト、自動駐車はできる。だが、それ以上はMEBになる」と説く。自動運転技術に対応し、搭載する機器が増えることも想定しているわけだ。ディース氏がI.D.の競合としてアップルの名前を挙げた理由もここにある。
 VWは昨年10月、アップルで自動運転車のプロジェクトに携わったヨハン・ユングビルト氏をデジタル部門のトップに招いた。ユングビルト氏は「コネクテッド、自動運転の時代にはVWの12ブランドをうまく活用していける」と述べる。VWグループは大衆車主力のVWブランドより、高級車の独アウディが最初に完全自動運転車を投入する可能性が高い。この辺りはグループ間の共通プラットフォームの強みを生かし協力する算段だ。
 ただ、VWの電池戦略はダイムラーと様相が異なる。5月には独紙がVWが自社の電池工場を建設すると報じたが、同社から音沙汰はない。9月に入り、ミュラー社長が独紙で「合理性がない」と否定している。
 ミュラー社長が挙げた理由の一つが「電池生産は自動化が進み、雇用が生まれない」。ここにVWの置かれた状況が反映されている。VWは排ガス不正からの経営再建で、独国内の高コスト構造の見直しを進める。だが、第2位株主のニーダーザクセン州や従業員代表の力が強く安易なリストラは難しい。電池分野に詳しいドイツのジャーナリストは「VW社内に、完成車工場のリストラ分を電池工場で吸収し、政治家も納得させられると読んだ向きがいるのだろうが、そんな甘くない」と解説する。
 VWは電池については他社提携を続ける方針。ヴェルシュ氏は「日本や韓国のリチウムイオン電池サプライヤーと協力し開発を続ける。電池システムとモーターの内製は続ける」という。MEBの大量生産が始まるまで3年余り。この間の電池の高性能化、小型化がI.D.のカギを握る。

■狙いは中国市場
 パリの前には他のドイツ勢もEV戦略を発表済み。BMWが発売中のEV「i3」の航続距離を5割増の300キロメートルに伸ばし、VW傘下のアウディとポルシェも500キロメートル走行可能なEVを18年以降に発売する計画だ。
 もっとも電動化技術では、ハイブリッド車(HV)やEVでは日本勢が先行してきたのは事実。欧州でもトヨタのHV、日産自動車三菱自動車のEVはよく見かける。日系メーカーの技術部門幹部は「ドイツ勢が必死にアピールする500キロ走行EVは当社でも可能。ただ、今のEVが買い控えされる影響もあり小出しになってしまう」と打ち明ける。
 独政府はドイツ勢が本腰を入れたタイミングを見計らったように、今年からEV購入補助制度をスタートした。さらに独誌シュピーゲルは最新号で、独16州の代表から構成する連邦参議院(上院)が30年までにガソリン・ディーゼル車の販売禁止を求める、と報じている。VWやダイムラーの野心的な見通しでも25年時点で内燃機関は75%を占めており、かなりハードルが高い。自動車産業の利害関係者が多い連邦議会(下院)が法案を通さない限り、実現する可能性は低いが、ドイツの政治家の中でもEVシフトは不可避との思いが広がっているようだ。
 さらに忘れてはならないのが、ドイツ勢が中国市場で圧倒的な存在感を示している点だ。中国政府は温暖化と大気汚染の両面の対策としてEVに傾倒している。VW幹部も「EVのかなりの部分は中国に期待している」と明かす。ドイツ勢が「独中蜜月」をベースに中国向け大量生産でEVの競争力を高め、結果的に世界のEV市場を席巻するシナリオも十分ありうる。

(フランクフルト支局=加藤貴行)