基本のキを無視する日経新聞

あけましておめでとうございます。
新年早々なので、定番であるが、今年の予測といこう。ただ、単に予測を書いても面白くないので、日本を代表する日経新聞の「大予測2017」との対比で書いてみよう。
日経新聞は、安倍首相を「シン・アベ」とシン・ゴジラにたとえたうえ、筆者をその子ゴジラに見立て揶揄している(昨年12月12日付け本コラム「なぜこの国の財務省は『経済成長優先主義』を頑なに否定し続けるのか」http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50431)ので、その予測力とやらを筆者なりに分析するためである。

参照した日経記事は、昨年12月31日の「正念場のアベノミクス財政再建に黄信号~日経大予測2017」(http://www.nikkei.com/article/DGXMZO11075290W6A221C1000000/)である。

この論考では、2016年に「アベノミクスは大きく軌道修正された」としている。たとえば消費税について、「14年時点で消費税率を8%から10%に引き上げる時期を15年10月から17年4月に1年半延期する方針を決めていたが、16年6月にさらに2年半先となる19年10月へと再延期する意向を表明した」と書かれている。
さらに、「昨年版『これからの日本の論点』で、わたしは<17年4月に消費税率を10%にする方針はほぼ確定したとみていい>と書いた。予測が外れた点を率直におわびしたい。」と、素直にわびているのはいい。
もっとも、日経新聞を含む消費増税論者は、「消費増税をやめたら国際公約違反となって日本経済の信認が落ち、日本国債は暴落する」と恫喝していた。この点はまったくデタラメであったことをもっと反省してもいいだろう。
しかし、論考ではそうした反省はまったくなく、「消費増税は2度にわたり延期されたが、首相は目標を堅持するという。本当に目標達成は可能だろうか」ともっぱら財政再建に焦点が当たっている。
筆者は、本コラムを含めて、経済で重要なのは、財政再建ではなく、1に雇用、2にGDP増加であるといっている。日経の論考は、この基本の基本がまったくわかっていない。
上に引用した私のコラムを読めば、1に雇用確保、その後デフレを脱却して、名目GDPが上がっていけば財政再建はおのずと後からついてくる、ということが分かるだろう。
こうした経済の基本がわかっていないと、財政再建の手法を間違ってしまう。案の定、この論考では、三つのシナリオを考えている。

《シナリオ(1) 19年10月に消費税率は10%に上がるが、財政健全化目標は未達》
《シナリオ(2) 消費税率が10%に上がり、財政健全化目標を達成》
《シナリオ(3) 消費増税を断念》

ここから、日経新聞にとっては財政再建だけがこの国の目標である、と考えていることがわかってしまう。しかも、各シナリオで、それぞれおかしな記述があるからこまったものだ。

増税断念のなにが悪いのか?

シナリオ1では、10%への消費増税で経済が鈍化して、結果として財政再建できないとの話であれば、まともな論考だと思ったが、日経にはそうした常識も期待してはいけない。社会保障費が膨らむので、消費増税10%では足りないという、ただそれだけの議論だった。
筆者も社会保障改革には賛成の立場であるので、今の社会保障を放置していいとは思っていない。
もっとも、財務省の忌み嫌う歳入庁を創設することで、現行制度の中でできるだけ増収を狙うのが第一であり、いきなり歳出カットをすべきという発想ではない。財務省厚労省からレクを受けている新聞記者とはまったくちがうところに目をつけている。
この論考のいう社会保障改革は、財務省厚労省の役人が言う程度のレベルであり、それらは結局できない(やりたくない)ので、消費増税に議論を誘導する、という代物だ。政治家の多くも、この手の改革話に騙されて、結局消費増税論者に祭り上げられる人が多いので要注意である。
シナリオ2では、「安倍政権がこれから思い切った社会保障改革を実行して歳出の伸びを抑制すると同時に、働き方改革構造改革などで潜在成長率が上がる可能性がゼロとまでは言い切れない」という。
日経新聞には、構造改革で成長率が上がる、という人が多い。筆者も、構造改革で成長率が上がる可能性はあると思うが、それは長期的な話だ。そもそも構造改革で成果が出てくるのは、早くても数年先である。とても1年間の話に間に合うはずない。
短期的に経済成長させるには、有効需要を増加させるしかない。
短期的には、有効需要の増加が必要であり、その後、財政支出で政府消費と公的資本形成、税政策で民間消費・投資、金融政策で民間投資、純輸出などの需要項目に働きかけるのがセオリーである。
シナリオ3では、消費増税を断念するのが最悪のような書き方である。デフレ脱却すれば、消費増税しなくてもかまわないのが、まったくわかっていないようだ。

財務省の言いなりですか?

日経新聞の良くないところは、財務省のいう「財政が悪い」をそのまま鵜呑みにしていることだ。
三つのシナリオの後に、「より深刻なのは、政府債務(借金)というストック面だろう。国際通貨基金IMF)によれば、17年の日本の国と地方をあわせた政府債務のGDP比は約250%だ。財政危機に直面したギリシャよりも大きい」と書かれている。
日経新聞は、良質な企業分析の記事も多く、日本の経済紙の代表である。それなのに、政府のバランスシートの右側だけで、財政状況を判断している。これではマズいだろう。
グループの連結でバランスシートの資産、負債の両方を見て判断するはずだ。
グループの従業員数は11.3万人なので、従業員一人あたりの借金は26.3億円というのは、計算上正しいが、まったく意味のない話だ。
しかし、政府の財政の場合だけ借金のみをいい、それを国民一人あたりに置き換える議論は、民間企業で同じことをやれば、とんでもなくおかしい議論であることがわかるだろう。
財政再建がそれほど心配なら、今年はハッキリ言って杞憂である。冒頭のコラムに中で引用しているが、日銀を含めた連結ベースの政府バランスシートでは、借金問題は確実に解消しているからだ。

私の結論

こうした事実から、筆者が大胆に予測する2017年経済は、「やれる政策がたくさんあるので、その手を間違えなければ、良くなる」というものだ。
なにしろ財政問題はほぼ考えなくてもいいのだから、国債発行はかなり弾力的に行えるはずだ。
日経新聞は現状認識を間違っているので、とてもいえないだろうが、本コラム(2016年10月10日付け「日本がノーベル賞常連国であり続けるには、この秘策を使うしかない!」http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49906)で言及した教育、研究開発を未来の投資として、国債発行で賄う方法も実現するかもしれない。
昨年日銀が金利管理の方向に金融政策を移行してしまった。筆者は、もうこれ以上下げられない日本の失業率は2.5~2.7%であると考えている。だから、日銀はまだ金融緩和すべきなのだ。国債はまだ市場に残っているので、国債買いオペの限界はまだ来ていない。
だが、金融緩和せずに、金利管理といいながら、現状維持を決めてしまった。これからできることは、政府がもっと国債発行して、日銀が長期金利ゼロを維持するために、政府の発行した国債を購入して、その結果、金融緩和になるしか方法がない。
もっとも、これは同時に政府が財政支出をするので、財政政策と金融政策の同時一体発動となって景気刺激効果は十分だ。今年、安倍政権は、そうした政策を打つべきだ。
2017年度当初予算で、それを少しだけ期待したが、安倍政権は年末の外交日程で忙しいのか、そうなっていない。はたして、今年に予想される総選挙をにらんで、補正予算の中で行う可能性があるだろう。
このような財政政策と金融政策の同時一体を行えば、今年の経済は良くなるはずだ。失業率も2%台になるだろう。その結果、賃金は上昇し、消費も伸びてくるに違いない。そうなってくれば、株価もあがるだろう。海外の不安定要因はあるが、株価2万円台も視野に入ってくる。
それを阻むのは、日経新聞のような財政再建至上主義のマスコミ論調である。そうした意見に騙されて、再度10%への消費増税を世論がいうようになったら、あっという間に景気は悪くなる可能性もある。

国の財政を特別視しない

そういえば、日経は自社のまともな財務情報を出していない。ホームページにあるのは、決算短信という大雑把なものだ(http://www.nikkei.co.jp/nikkeiinfo/corporate/financial_201603.pdf)。
それによれば、2015年12月期の日経グループ連結バランスシートで、総資産6325億円、純資産3021億円。負債の数字は書かれてない。
負債は総資産から純資産を引いたものなので、3304億円。日経新聞の従業員は3000人。グループの数字はホームページにでていないが、まあ5000人程度だろう。となると、従業員一人あたりの借金は、なんと6000万円。これだけで日経新聞が危機といったらおかしいだろう。
決算短信は使えない財務データの代表であるが、それでも2015年と2014年を比較すると、借金が1700億円も増えたのがわかる。そういえばこの間に、英フィナンシャルタイムズ紙(FT)買収という話があったことを思い出す。そのための借金増とすると、従業員一人あたりの借金増はなんと3400万円。そういう言い方をされれば、日経も黙っていないだろう。FT買収に借金をしたのだろうが、その分資産も増えているという説明をするはずだ。
筆者が政府バランスシートを持ちだして話すことは、一般企業の財務分析とほとんど同じものである。マスコミにも、財務省の説明を鵜呑みにするのではなく、一般企業にも適用できる財務分析で分析を行うべきである。
そうでないと、マスコミと国民が無理解のまま、今年は財政政策と金融政策の同時一体主導の絶好のチャンスなのに、それをみすみす逃してしまうだろう。