“EV至上主義”の中国、賞賛されないこれだけの理由

“EV至上主義”の中国、賞賛されないこれだけの理由

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楽視グループが投資している米新興企業、ファラデー・フューチャーがCES(国際家電見本市)で公開したEV「FF91」=1月5日、米・ラスベガス(AP)

 石油自給率の低下や大気汚染対策の切り札として、電気自動車(EV)をはじめとした「新エネルギー車」の製造・普及を後押しする中国政府だが、国内外からの評判は芳しくない。参入企業がライバルメーカーから技術者を引き抜いたり、購入補助金の詐欺事件が発生したりしているからだ。新規参入のIT企業が次々と華やかなEVを披露する舞台裏で、中国政府の“EV至上主義”はゆがんた現象を招いている。

 中国政府は2018年から、自動車メーカー各社に対し、EVやプラグインハイブリッド車(PHV)、燃料電池車(FCV)の新エネ車の生産目標を義務付けるなどの新しい規制を実施する計画だ。これに対し、目標が野心的すぎるとして業界団体が反対している。

 ブルームバーグによると、中国の工業情報相は3月5日、新エネ車の新規制案の導入時期延期と審査基準引き下げを検討していることを明らかにした。

 中国政府は、20年に新エネ車の生産台数を市場全体の7%に相当する200万台超、30年には40%の1500万台以上に引き上げる目標を掲げた。

 この目標を実現するため、新規制案ではメーカー各社の中国での生産・輸入台数のうち新エネ車が占める割合(義務比率)を規定する計画だが、この割合が厳しすぎると反発を招いているのだ。

 中国における2015年の新エネ車の生産台数は、33万1000台にすぎない。みずほ銀行産業調査部が昨年9月に発表したレポートでは、「今後2年で急速な新エネ車の投入拡大が実現されない限り、市場全体が大幅なクレジット不足(義務比率を達成できないこと)に陥ることが見込まれる」としたうえで、「完成車メーカーは大幅な商品戦略の見直しを余儀なくされる」と指摘している。

 中国政府は今年1月から、EV、PHV購入者への補助金を大幅に引き下げたこともあり、中国自動車工業協会が発表した同月の新エネ車の生産台数は前年同月比69.1%減だった。現地の自動車業界では、補助金なしで新エネ車の需要を維持できるかどうか、懐疑的な見方が広がっているという。

 本来なら、環境保護につながる中国の“EV至上主義”は海外から称賛されると思いがちだが、今ひとつ称賛されていない。

 ウォールストリート・ジャーナル日本版は昨年4月20日、独BMWが、EV「i3」「i8」の開発を担当していた主要幹部を新興中国EVメーカー、フューチャー・モビリティに引き抜かれたとする記事を掲載した。また、中国のIT企業、楽視グループが投資している米EVメーカー、ファラデー・フューチャーも昨年8月、米ゼネラル・モーターズからエンジニアを引き抜いた。

 中国では近年、IT企業がEV製造に参入するケースが相次いでいる。楽視や前途、蔚來、雲度が発表したEVは、加速や充電時間などの性能が高いとされる。

 とはいえ、急ごしらえの新興企業の中には蓄電池や車づくりの蓄積がないところも。欧米や日本のライバル勢に追いつくために技術者を引き抜く中国勢に対し、日欧米のメーカーは技術流出を懸念している。

 中国国内では、中央政府や地方政府による手厚い補助金を狙った詐欺行為も横行した。補助金を受け取って購入したEVを解体し、蓄電池などを別の車に移し、再度補助金を受け取るケースもあった。中国政府は昨年後半以降、悪質な事例を相次いで摘発したほか、EV生産ライセンスの申請に対する審査を厳格にするなど、重い腰を上げている。

 そもそも中国では2010年ごろから、農村部を中心に最高時速50~70キロ程度で鉛蓄電池を使った“低速EV”が普及しており、今後数年でハイスペックのEVが普及するのは難しいだろう。実態を無視した中国政府の新エネ車普及策は、すでにほころびが見え始めている。

(経済本部 鈴木正行)