韓国、複雑な「国民情緒」と対日観

韓国、複雑な「国民情緒」と対日観

2017/4/2 13:53 日本経済新聞 電子版
 ソウルの青瓦台(韓国大統領府)にほど近いタプコル公園。ゆったりとした時が流れる市民の憩いの場の入り口の門に「三一門」のハングルが刻まれている。約100年前の3月1日、ここに集まった民衆が、太極旗を振りつつ「独立万歳」と叫んでデモ行進を始めた。三・一独立運動は全土に広がり、数カ月にわたって日本の警察や軍との衝突で多くの死傷者を出した。

 韓国憲法は前文でこう切りだす。「悠久の歴史と伝統に輝く我が大韓国民は、三・一運動により建立された大韓民国臨時政府の法統及び不義に抗拒した四・一九民主理念を継承し……」。つまり、韓国は1919年の三・一運動を受け海外で抗日独立運動を進めていた活動家が翌月に上海に結成した「臨時政府」を前身と定めている。韓国は憲法で「反日」を宣言しているといわれるゆえんだ。

 臨時政府を引き合いに出すのは、45年の解放前から「朝鮮半島唯一の正統国家」だったと証明するためでもある。北朝鮮ではくしくも高句麗建国の英雄を描いたアニメ「高朱蒙」が国民的人気を博しているという。朝鮮半島北部に建てられ平壌に都を置いた古代の大国を強調し、朝鮮半島の正統性が北側にあるとアピールする狙いがみえる。そんな「北朝鮮との正統性争い」(韓国法曹関係者)も憲法前文に読みとれる。

 民衆デモによる倒閣を高く評価しているのも韓国憲法の特徴だ。前文にある「四・一九民主理念」は60年の市民蜂起を指す。初代の李承晩政権を倒したのは、不正大統領選挙を糾弾する学生中心の反政府デモだった。87年の民主化宣言によって改正された現行憲法にこの理念を盛り込み、民主主義を推進する姿勢を明確にした。韓国には「国民情緒法」という目に見えない最高規範があるといわれる。脈々と受け継がれ、四・一九革命から約半世紀後、朴槿恵(パク・クネ)前大統領を罷免に追いこんだ。

 憲法に映る複雑な国民情緒と同様に、対日観も単純ではない。
 釜山の日本総領事館前に設置された従軍慰安婦を象徴する少女像の撤去に国民の約8割が反対とのデータがある。一方、訪日した昨年の韓国人観光客は初めて500万人を突破し、「韓国人が選ぶ最も魅力的な国民」では日本がドイツに次ぐ2位(2月16日付掲載の中央日報世論調査)。日本人の魅力として「配慮文化」「徹底した順法意識」を挙げている。実際、ソウルに暮らしていると過去へのこだわりと同じくらい日本から学ぼうとする謙虚な姿勢に接する機会が多い。

 釜山の少女像設置には日本の知韓派でさえ愛想を尽かす。それでも隣国との関係悪化を放置するわけにもいかない。同盟国同士の確執に米国は苦り切り、その傍らで中国や北朝鮮の指導部がほくそ笑んでいるように思えてならない。

 周囲を見渡すと、北朝鮮の核脅威増大、中国の台頭、トランプ米政権の保護主義などアジア・太平洋地域の激動期に日韓が協力できる範囲は広がっている。韓国では5月9日に新大統領が生まれる。「ポスト朴」で首位を独走する最大野党「共に民主党」の文在寅ムン・ジェイン)前代表は日本統治時代の「親日」派が国内の不正・腐敗の元凶との信念をもち、「『親日清算』をなし遂げずに(臨時政府)百周年を迎えるわけにはいかない」と語る。

 同じ前文でも平和主義を前面に出した日本国憲法とは趣がずいぶんと異なる。お互いの国民情緒から何をくみ取って隣国との付き合いと国益に生かすか。それもまた安倍晋三首相の言う「政治の技術」だろう。
(ソウル支局長 峯岸博)