金正恩氏が本格挑発に踏み出さないわけ

金正恩氏が本格挑発に踏み出さないわけ… トランプ政権登場で見直し迫られた過去の教訓とは?

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海上自衛隊イージス艦「ちょうかい」

 【ソウル=桜井紀雄】北朝鮮は、日米韓が核実験などを警戒してきた朝鮮人民軍創建85年の25日にも砲撃訓練を除いて本格挑発に踏み切らなかった。金正恩キム・ジョンウン朝鮮労働党委員長は、超大国の米国相手に瀬戸際の外交戦を演じた経験がなく、トランプ米大統領が軍事行動を決断するレッドラインを読みあぐねているようだ。

 「無謀な先制攻撃妄動に狂奔すれば、軍は警告もなく、最も壮絶な懲罰の先制攻撃を見舞うであろう」
 党機関紙、労働新聞は25日付社説で、原子力空母カール・ビンソンを朝鮮半島付近に向かわせるなど、軍事行動も排除しないトランプ政権にこう警告した。

 北朝鮮は連日、日本や韓国の米軍基地や米本土も「核攻撃の照準内にある」と主張。「全面戦争には全面戦争で応じる」(15日の崔竜海=チェ・リョンヘ=党副委員長の演説)と対決姿勢を見せてきた。

 核を持たず、米軍から攻撃された「イラクリビア、シリアとは違う」とも強調する。つまり、米軍が北朝鮮の核・ミサイル施設への限定攻撃に出れば、即報復し、同盟国の日韓への被害も避けられないのであり、トランプ政権は「妄動」を押しとどめよ、というメッセージにほかならない。

 それほど米国の先制攻撃の可能性に脅威を感じている裏返しともいえ、トランプ政権の出方を読み切れない戸惑いもにじむ。

 北朝鮮はかつて米国からの攻撃の危機にさらされたことがある。南北軍事境界線の板門店(パンムンジョム)で1976年8月、ポプラの木を勝手に伐採しようとした米将校2人を北朝鮮兵がおので殺害した「ポプラ事件」をめぐってだ。

 米軍は、戦略爆撃機朝鮮半島沖に空母ミッドウェイを展開する臨戦態勢を取って伐採をやり遂げる。金日成(キム・イルソン)主席は米側に「遺憾の意」を伝達。北朝鮮の“完敗”だった。「米国民の生命が脅かされれば、米国は軍事行動を辞さない」。これが北朝鮮が肝に銘じた教訓だったといわれる。

 83年の韓国大統領を狙ったラングーン(現ヤンゴン)爆弾テロや87年の大韓航空機爆破事件など多数の韓国人が犠牲になったテロでは、米国の軍事制裁対象にならなかった。2010年の韓国哨戒艦撃沈事件でも米空母を韓国との演習に派遣する示威にとどまっている。オバマ政権時代、「戦略的忍耐」との放置政策の下、金正恩政権の度重なる核・ミサイル実験は事実上、野放しにされた。

 しかし、トランプ大統領は違った。子供も犠牲となった非人道性と化学兵器拡散は米国の国益を損なうとの判断からシリアを攻撃した。北朝鮮の挑発に対するレッドラインもあえて示していない。金委員長が、過去の教訓が通用しない現実を突き付けられたことを意味した。

 一方、金委員長は核・ミサイル開発を政権維持の柱に据えており、いずれ6回目の核実験や米本土を狙う大陸間弾道ミサイルICBM)の試射を強行する可能性は依然高い。そのとき、米朝の両国家指導者だけでなく、日本を含む国際社会は経験則なき危機と対峙することになる。