なぜ日本のおじさんは怒ると「責任者を呼べ!」と騒ぐのか?

なぜ日本のおじさんは怒ると「責任者を呼べ!」と騒ぐのか?

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おじさんは怒ると、すぐに「責任者を呼べ!」と叫ぶ

 街中を歩いていて、おじさんが「責任者を出せ!」と騒いでいるのを聞いたことはないだろうか。例えば、駅員に大声を出したり、コンビニの店員を叱ったり、とにかく日本のおじさんはよく怒っている。なぜおじさんは「責任者を呼べ!」と叫ぶのか、その背景を調べてみると……。[窪田順生,ITmedia]

 先日、介護施設にお勤めの方のあるツイートが話題になった。
 詳しくはググっていただきたいのだが、禁煙エリアで喫煙をしていた50~60代の男性を職員の方が注意したところ、「客に向かってなんて態度だ!」と逆ギレし、それを職員が「お客さまとして扱うのはルールを守る事が前提だ」と返したところ案の定、こんなことを言い始めた。

 「責任者を呼べ!」

 そこで現われたツイート主が、職員の対応に問題はないことを話したところ、男性はさらにヒートアップ。「裁判で訴える!」と迫り、さらには入所している自分の母親の退所手続きまでしようとした。そこに駆けつけた家族が説得し、頭を冷やした男性はようやく自分の非を認めたという。ツイート主が、なぜこの年代は素直に謝らないのかと疑問を呈したことを受けて、「オレの周りにもこういう逆ギレおじさんいるよ」と共感する声が多くあがったのだ。

 確かに、今の日本で最もキレやすいのは、おじさんたちだ。

 日本民営鉄道協会に加わっている大手私鉄16社、さらにJR6社などを合わせた32の鉄道事業者がまとめた「鉄道係員に対するも暴力行為の件数・発生状況について」(平成28年7月4日)によると、電車の駅員へ暴行をくわえる加害者側の年齢は、60代以上(23.8%)が最も多くて、次いで50代(19.3%)となっている。

 20代の若者がマナーの悪さを注意され、暴力に訴える展開よりも、息子くらいの若者に注意されたおじさんたちが、「この若造が! オレ様を誰だと思ってんだ!」とオラオラ系に豹変するパターンのほうがこの国では遥かに多い。

 ただ、個人的にはこのエピソードで気になったのは、「キレるおじさん」問題より、この男性が放った「責任者を呼べ!」という言葉だ。

なぜ「玉砕」的な手法をとるのか
 本件で、責任者を呼んだところで事態が改善しないのは明らかだ。むしろ、施設の防火安全管理の責任者に対して、「オレは安全を脅かす行為をしたぞ」と自分から白状をするわけだから、立場をより苦しいものにしている。にもかかわらず、なぜこういう「玉砕」的な手法をとったのか。

 歳をとると頑固になんだよ、という意見もあろうが、だったら目の前にいる人間に頑なに謝罪を求めていけばいい。頭に血がのぼってしまうと損得抜きの脊髄反射で、「責任者を呼べ!」と口走ってしまうのは、理性を超えた潜在意識の部分にこの言葉が刷り込まれている気がしてならないのだ。

 そう感じるのは、50~60代のおじさんたちがまだナウなヤングだった時代、日本ではやたらと「責任者を呼べ!」的な言葉が強く印象づけられる事件報道が続発したことが大きい。
 その代表が、1985年に日本中を震撼(しんかん)させた豊田商事永野一男会長刺殺事件である。

 覚えている方も多いと思うが当時、豊田商事悪徳商法が問題になっていた。そんななかで、被害者である元部下たちの声をうけた自称・右翼の男2人が「永野会長を出せ」と自宅に押しかけ、会長を刺し殺してしまうのだ。

 その衝撃も冷めやらぬ翌86年9月にも、日本刀を持った右翼団体メンバー5人が日本教育会館内にある日教組の共済生協事務局で立てこもって「責任者を出せ!」と訴えた。さらにその翌年の87年9月には、東京・杉並区の不動産会社社長宅に拳銃を持った男が侵入、お手伝いさんを人質に立てこもり、「責任者を出せ!」と要求。お手伝いさんを銃殺するといういたましい事件だった。

 また、1991年8月には野村証券本社にも右翼団体の構成員2人が拳銃を持って乱入、人質をとって立てこもっている。彼らの要求もやはり「社長を出せ!」だった。

脊髄反射的に刷り込まれたワードを口走る
 神戸連続児童殺傷事件をマスコミが連日のように大きく報道した後、少年少女の凶悪犯罪が連鎖したことからも分かるように、社会的にインパクトの大きい事件は「模倣犯」を生む。

 例えば、1993年2月には、解雇された54歳のタクシー運転手が会社に押しかけて、『ガソリン入りのポリ容器を持って来て、「責任者を出せ」などと要求、応対した業務部次長(64)と自分の体に突然ガソリンをかけてライターで火を付けた』(日本経済新聞 1993年2月24日)という。


 このタクシー運転手と同様の症状が、今のおじさんたちにあらわれている可能性はないだろうか。
 20~30代という社会人スタート時に、あまりに衝撃的な「責任者を呼べ!」をたて続けに見させられたトラウマで、そこから30年近く経っても、自分が窮地に立たされて頭がカーッと真っ白になってしまうと、脊髄反射的に刷り込まれたワードを口走ってしまう。そう考えると、50~60代のおじさんたちがなにかとつけて「責任者を呼べ!」と騒ぐのも納得ではないか。

 そんな与太話には付き合いきれん、という声が聞こえてきそうだが、この「刷り込み理論」はそれなりの根拠がある。80~90年代の「責任者を呼べ!」事件続発後、この恫喝スタイルを模倣する一般市民が急増しているからだ。

 90年代後半になると、総会屋やブラックジャーナリズムを取り締まる法整備がなされたことで、「社長を出せ!」と迫る「プロ」たちが急速に消えていく。そこで入れ替わるように台頭してきたのが、いわゆる「クレーマー」だ。

 2003年、カメラ会社の消費者相談室に20年以上勤務した川田茂雄氏の『社長を出せ!』(宝島社)という著書が社会的に注目を浴びたことからも分かるように、このあたりになると、「オレ様を大切に扱わないとはどういうことだ」というヒステリックな怒りからくる骨髄反射的な「責任者を呼べ!」が登場する。

 例えば、2004年2月、米国でBSE感染牛が発見されたことをうけて、牛丼販売を中止していた「吉野家」でキレた28歳の無職男性など分かりやすい。『女性店員に「牛丼はお出ししておりません」と断られると「責任者を出せ」と騒ぎ、近くにいた男性店員の胸ぐらをつかみエプロンを破ったほか、カウンターに置いてあった紙ナプキンケースを投げ付けた』(日本経済新聞 2004年2月19日)という行動は、禁煙スペースの喫煙を注意されて逆ギレするのと同様に、親に叱られた子どもがかんしゃくを起こすような「幼稚性」を感じる。


素人が「責任者を呼べ!」という時代
 「クレーマー」という言葉が注目を集めて10年以上経過し、いまや主婦が、穴の空いたタオルケットに腹を立てて、「しまむら」に怒鳴り込んで副店長に土下座をさせた写真をSNSで流す時代になった。駐車場や店での迷惑行為を注意したコンビニ店長に因縁をつけて、土下座を強要した騒動も記憶に新しい。

 永野会長が刺殺された時代の「責任者を呼べ!」と比較すると、驚くほど怒りの沸点が低い。そして、「私にもっと敬意を払え」という自尊心の高さからくる怒りが多くなっている。

 見方を変えれば、「恫喝のプロ」が消えたことで、「責任者を呼べ!」が「素人」のストレス発散に利用される時代になったとも言える。

 いまクレーマーと呼ばれるみなさんが必ずと言っていいほど用いる「責任者を出せ!」というフレーズのルーツが、80年代から90年代にかけて多発した右翼関係者による企業テロ、あるいは総会屋の恫喝の影響を色濃く受けているのは間違いない。

 だったら、80年代から90年代に社会人として新聞やニュースに目をこらしていた50~60代もなにかしらの影響を受けていてもおかしくないのではないか。

 現在、高齢者がキレる事件が増えている。2016年3月には、公園でタバコをポイ捨てしたことを子どもたちに注意された75歳の男性が逆ギレして、子どもの首を絞めた。ベビーカーに前を遮られたことに腹を立てて、ベビーカーに乗っていた1歳の赤ちゃんをすれ違いざまに殴った64歳男性もいた。

 法務省が公表している『犯罪白書』(平成26年版)の統計によれば、65歳以上の高齢者の犯罪件数は20年前の約4倍と急増している。高齢者人口の増加率は約2倍。人口増加のペースを上回るペースで犯罪に走る老人が増えているのだ。

 そう言うと、「貧困にあえぐ老人が増えているんだ」という人がいる。確かに、そういう側面もあるかもしれないが、どうもしっくりこない。貧困に苦しむ高齢者は世界にもたくさんいるが、高齢者がキレやすいとか、犯罪に走っているという話はあまり聞いたことがないからだ。

高齢者が殴り合いをする社会
 そこで思うのは、これらの問題の根幹が「高齢者になる前」にあるのではないかということだ。

 若いときからしつけられてきた常識や価値観が、加齢によって制御できなくなって一気に噴出をしている可能性はないか。つまり、「高齢者になったからキレやすくなった」のではなく、「もともとキレやすかった人たちが歳をとったことで感情を抑えきれなくなってきた」のではないのか。

 満員電車で肩があたってメンチをきる。舌打ちをする。降車するときに背中を押されたと、ホームでつかみ合いのケンカをして、ダイヤを乱す人もいる。その様子を見て、みんなイライラしながらスマホをいじる。

 そしてなによりも、周りを見ると、なにかとつけて「責任者を呼べ!」とキレるおじさんたちがあふれている。こんなストレスフルな社会はない。住宅ローンを抱えて、子どもたちが一人前になるまでは会社をクビになるわけにはいかない、ということでみんな必死に耐える。しかし、もしそのような責任から解放されたら--。

 これからの日本は、人類がこれまで経験したことのない「超高齢化社会」になるという。もしかしたら、それは老人たちがいたるところで殴り合いをしている、「北斗の拳」のようなバイオレンスな社会のことなのかもしれない。

窪田順生氏のプロフィール: テレビ情報番組制作、週刊誌記者、新聞記者、月刊誌編集者を経て現在はノンフィクションライターとして週刊誌や月刊誌へ寄稿する傍ら、報道対策アドバイザーとしても活動。これまで100件以上の広報コンサルティングやメディアトレーニング(取材対応トレーニング)を行う。

 著書は日本の政治や企業の広報戦略をテーマにした『スピンドクター "モミ消しのプロ"が駆使する「情報操作」の技術』(講談社α文庫)など。『14階段--検証 新潟少女9年2カ月監禁事件』(小学館)で第12回小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。