「労働時間が短く高給与」の会社が増える、そのワケは リクルートワークス研究所副所長

「労働時間が短く高給与」の会社が増える、そのワケは リクルートワークス研究所副所長 中尾隆一郎


2017/5/12
 就職先、転職先を探す際の重要な項目のひとつに「労働時間の長い・短い」があります。今回は労働時間の長短のメリット、デメリットを、企業の立場、個人の立場、それぞれの視点で考えてみました。

Q.あなたならどちらを選ぶ?
(1) 労働時間が長く、給与が高い会社
(2) 労働時間が短く、給与が低い会社

長時間労働、実態は30年変わらず?
 日本企業では、いまだに長時間労働が当たり前です。昨今は、働き方改革により労働時間減少への期待が高まっていますが、改善は道半ばです。「労働時間の経済分析 超高齢社会の働き方を展望する」(日本経済新聞出版社)に長期間の調査データが載っています。

 1990年まで日本人の週労働時間の平均はおおよそ48時間でした。2010年には43時間と週当たり5時間減少しています。ただし、これは短時間労働者の増加が理由です。フルタイム雇用者の労働時間は、週50時間で変化がありません。

 また、週60時間以上働いている人の割合は、1980年代半ばからずっと20%前後で変化していません。また、企業規模別に労働時間を比較すると、90年代は「大企業<中小企業」だったものが、2000年代以降、大企業の労働時間が増加し「大企業=中小企業」となっています。
 
一方、この期間に週休が1日から2日に増加しましたが、1日の労働時間は7時間台から8時間台に1時間延びています。その結果、平日の睡眠時間は7.8時間から7.2時間と減少しています。つまり、フルタイム雇用者に限っていえば長時間のままなのです。どうして日本企業の労働時間は、長いままなのでしょうか? その原因について考えてみます。

■原因(1) ジョブ型VS.メンバーシップ型
 働き方は、「ジョブ型」と「メンバーシップ型」の2種類に大別できます。「ジョブ型」は欧米企業に多く、仕事内容、責任、権限などが明確な働き方です。誰かが忙しそうに残業をしていても、その責任が明確なので、自分の仕事が終わっていれば帰宅できます。

 一方、「メンバーシップ型」は日本企業に多く、仕事の範囲や責任が不明確です。誰かが忙しそうにしていると、自分の仕事が終わっていても、手伝うのが当たり前になりがちです。チームワークや協力体制があるともいえますが、生産性が低いメンバーの仕事の仕方に引っ張られて、チーム全員の労働時間が長くなる傾向にあります。

 また、リクルートワークス研究所の「人事のための時短推進説得マニュアル」によると、残業前提の組織の方が業績の悪い割合が高いこともわかっています。上司が残業前提で仕事を計画している企業のうち、業績が悪い組織は37.9%、残業前提なしの組織では21.9%という結果です。

 さらに、先ほどの「労働時間の経済分析」にある日米比較を見ると、米国の男性は、日本の男性と比較すると週当たり労働時間が9時間短く、家事に費やす時間は8時間長いのです。日本男性は、家事に参加しないことで長時間労働をしているともいえるのです。

 日本の労働者が欧州に赴任すると、労働時間が減少するという調査結果もあります。特に本社や日本企業との仕事が少ない方が、さらに労働時間が減少する結果になっています。「日本流の働き方=メンバーシップ型」が長労働時間の要因になっているかが可視化されています。

■原因(2) 労働力不足と残業代前提の賃金
 現在の労働市場では、様々な業界、業種で求人意欲が旺盛です。特にサービス業では人材確保が困難なレベルになっています。その結果、既存のアルバイト・パート社員に長時間の勤務を要望したり、アルバイトが確保できない時間帯を社員が担当する事態になったり、どうしても長時間労働になりがちなのです。また、一部の従業員では、残業代を前提に生活設計をしているケースもありますので、短時間化しにくい構造になってもいます。

長時間労働の損得
 長時間労働の実態が見えてきたところで、長時間労働について企業、個人のメリット、デメリットについて考えてみたいと思います。

●企業のメリット
本来は無いはずなのですが、人員が調達できないので背に腹は代えられないというところでしょうか。

●企業のデメリット
(1)割増賃金コスト増
(2)さらなる採用難、離職率アップ
などが挙げられます。今後、育児に加えて介護のために労働時間に制約がある人が増加します。彼らを雇用の対象にできない企業は、採用難に加えて離職率アップの影響を避けられません。

●個人のメリット
割増賃金による所得の増加

●個人のデメリット
(1)インプットする時間がなくスキルアップができない
(2)プライベートの負担
長時間労働に伴い家族との関係性に問題が生じる可能性が挙げられます。日本男性が家事労働に参加ができていないことが、家庭に及ぼす影響も危惧されます。さらに、健康に支障をきたすことも想像に難くありません。
 以上のように、企業、個人の損得を整理すると、企業も個人も明確なデメリットがあることが分かります。

■今後の労働時間と生産性についての選択肢
 これからの日本では、育児に加え、介護が誰にとっても身近な問題になってきます。企業側も同様に、制約がない従業員を前提に人事を考えることは困難になります。時間限定社員=標準社員となり、長時間労働が可能な人は減少していきます。これを踏まえて、どのように人材を確保し、業績を上げていくかを企業が本気で考えていくべきタイミングになっています。

 つまり、今よりも短時間で成果を上げる生産性向上に、これまでにない知恵が必要になってきます。そして、生産性向上の実現により、従来の二つの選択肢に加え、第3の選択肢が出てきます。

Q.あなたならどちらを選ぶ?
(1) 労働時間が長く、給与が高い会社
(2) 労働時間が短く、給与が低い会社
に追加される選択肢は、
(3) 労働時間が短く、給与が高い(≒生産性が高い働き方を実現している)会社

です。そして今後、こういう企業が増える可能性があります
 あなたの会社はいかがですか。今後、転職、就職の際に労働時間の長短と生産性向上施策を一つの参考にされてはいかがでしょうか。

※「次世代リーダーの転職学」は金曜更新です。次回は5月19日の予定です。連載は3人が交代で執筆します。
中尾隆一郎

リクルートワークス研究所副所長・主幹研究員。リクルートで営業部門、企画部門等の責任者を歴任、リクルートテクノロジーズ社長などを経て現職。著書に「転職できる営業マンには理由がある」(東洋経済新報社)、「リクルート流仕事ができる人の原理原則」(全日出版)など。