米国が北朝鮮を攻撃する日

米国が北朝鮮を攻撃する日 自衛隊の行動は制約される 気になる日米同盟の行方

http://www.sankei.com/images/news/170809/prm1708090005-n1.jpg
北朝鮮に対する攻撃も辞さない姿勢を示すトランプ米大統領(ロイター=共同)

 北朝鮮による相次ぐ大陸間弾道ミサイルICBM)発射を受け、米政府の雰囲気が再び変わりつつある。少なくとも雰囲気を変えようとする意図がうかがえる。その発信源はトランプ米大統領だ。
 「北朝鮮ICBMによる米国攻撃を目指し続けるのであれば、北朝鮮と戦争になる」
 リンゼー・グラム上院議員は8月1日、トランプ氏の発言をNBCテレビで明かした。グラム氏によると、トランプ氏は「何千人死んだとしても向こうで死ぬわけで、こちら(米国)で死者は出ない、と言っていた」とも語った。
 トランプ氏の言葉は正確さに欠ける。1994年の北朝鮮核危機で当時のクリントン米政権が対北攻撃を検討した際、最初の90日間で米兵死傷者が5万2000人、韓国軍兵士死傷者は49万人に上ると算出された。民間人も含めれば100万人を超える可能性もあり、トランプ氏が語る「何千人」という単位とはあまりにもかけ離れている。
 日本政府内では「米国が対北攻撃に踏み切る事態はなかなか考えにくい」(政府高官)との声が大勢だ。いざ米国が軍事行動に乗り出せば、大規模な死傷者が想定されるからだ。南北軍事境界線付近に展開された北朝鮮軍の長距離砲など300門以上がソウルを標的にしており、本格戦闘になれば大きな犠牲を覚悟しなければならない。

 「朝鮮半島に突然、根底的な変化が起きることに備えた選択はふたつしかない。準備不足であることと、まったくもって準備不足であることだ」
 米国のアジア外交を長く担ってきたカート・キャンベル元国務次官補は著書『THE PIVOT』の中で、こう指摘している。北朝鮮との戦争では戦死者だけでなく、北朝鮮の崩壊、大量の難民、中国の介入など準備しても防ぎ得ない事態を伴う可能性がある。
 トランプ氏の大統領就任直後は、日本政府内にも対北攻撃の可能性を真剣に受け止める声もあった。原子力空母カール・ビンソンが日本海に展開したほか、米国のシリア空爆も「軍事力行使をためらわないトランプ氏」というイメージ形成に貢献した。
 だが、時間がたつにつれて、米軍による対北攻撃は徐々に現実味を失っていく。6月を迎えるころには「今は中だるみ感があるような感じがする」とつぶやく日本外務省の幹部もいた。
 この「中だるみ感」を変えたのが、7月4日、28日に相次いだ北朝鮮ICBM発射だった。再び対北攻撃の選択肢をちらつかせているのはトランプ氏だけではない。米陸軍のマーク・ミリー参謀総長も同月27日の講演で、「朝鮮半島での戦争は悲惨だが、ロサンゼルスで核兵器が爆発するのも悲惨だ。非常に重大な結果を引き起こすことになるが、熟慮の末の決断を下さなくてはならない」と述べた。

 しかし、仮にトランプ氏が大量の死傷者や中国の介入を覚悟したとしても、対北攻撃に踏み切るためには越えなければならない壁がある。米国にとっては越えがたい壁ではないかもしれないが、壁の越え方によっては自衛隊が果たす役割が大きく左右されることになる。その壁とは対北攻撃の法的根拠だ。
 日本国憲法と同様に、国連憲章も「武力による威嚇又は武力の行使」を禁じている。米国も国連加盟国である以上、国連憲章に縛られており、法的根拠がなければ北朝鮮を攻撃することはできない。
 考えられ得る選択肢の一つは、国連安全保障理事会の決議で北朝鮮に対して「あらゆる措置」を取ることを認めるものだ。1991年の湾岸戦争や2003年のイラク戦争は、国連安保理決議によって授権された武力行使だというのが米国の主張だった。ところが、安保理常任理事国の中国とロシアは対北攻撃に反対しており、安保理決議に拒否権を行使する公算が大きい。日本外務省幹部は「北朝鮮に対する攻撃で安保理決議っていうのはないでしょ」と語る。
 では、米国は北朝鮮を攻撃できないのか。
 複数の日本政府高官は、米国が対北攻撃を踏み切る場合は自衛権の行使と位置づける可能性が高いとみる。外務省幹部はアフガニスタン戦争も自衛権の行使と位置づけられたことを念頭に「北朝鮮は米本土に届くミサイルを開発したと言っていて、攻撃するとも言っている。これをもって自衛権行使っていうのは米国が言いそうなことだ」と指摘する。

 ただ、北朝鮮が米本土に届くICBMを開発していることだけでは北朝鮮を攻撃する要件を満たさない。将来に備えて北朝鮮の態勢が整う前に攻撃を加えるのは「予防戦争」に当たり、国際法で禁止されているからだ。
 米政府は「先制攻撃」を予防戦争と区別し、先制攻撃を国連憲章で認められる個別的自衛権の行使と位置づけている。アフガニスタン戦争も、米中枢同時多発テロを受けた先制攻撃の論理に基づき戦端を開いた。
 ジャック・リービー米ラトガース大教授とウィリアム・トンプソン米インディアナ大教授は共著『戦争の原因』で、先制攻撃を「敵が攻撃しようとしている実質的で確かな見込みに対する軍事攻撃であり、最初に攻撃することによる利益を得ようとするもの」と定義している。これに対し、予防戦争は「差し迫った攻撃の予測に動機付けられたものではなく、数年後に予測されるパワーシフトへの恐怖に基づく」と指摘している。
 リービー氏らはイスラエルが行った2つの軍事行動を例に挙げる。1967年の第3次中東戦争で、国境沿いに軍を展開して戦争準備に着手したエジプトの機先を制し、イスラエルが行った空爆は先制攻撃となる。一方、1981年にイスラエルイラクの核施設に対して行った空爆は、将来の核武装に備えた予防戦争だった。
 トランプ政権による対北攻撃に当てはめて考えれば、北朝鮮が将来的に核武装する前に脅威の芽を摘むのが予防戦争で、急迫不正の核攻撃に対する自衛措置が先制攻撃ということになる。

 それでは、北朝鮮による核攻撃は差し迫っているのか。多くの専門家は、北朝鮮が米本土に届くICBMの実戦配備に必要な技術的課題を克服していないと分析している。しかし、米政府は北朝鮮が7月に発射したミサイルをICBMと認定しており、公式見解としては米国を攻撃する能力を保有していることになる。
 北朝鮮ICBM保有しているとしても、実際に米本土を狙い撃ちすることはあるのか。朴永植(パク・ヨンシク)人民武力相は7月26日の中央報告大会で「米国が核先制攻撃論にしがみつくなら、通告なく心臓部に核の先制攻撃を加える」と述べており「攻撃する意図」を示している。米国にとって、北朝鮮が核の脅しをかければかけるほど、先制攻撃の条件がそろうことになる。
 ここで問題になるのが、日本の対応だ。安倍晋三政権は昨年3月に安全保障関連法を施行しており、集団的自衛権を行使できるようになった。米国が自衛権を行使して北朝鮮を攻撃すれば、日本に集団的自衛権を行使することを求める米国人がいても不思議ではない。実際、アフガン戦争では北大西洋条約機構NATO)が初めて集団的自衛権を行使して参戦した。
 しかし、日本は「存立危機事態」でなければ、集団的自衛権を行使できない。存立危機事態について、政府は「わが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」と定義している。

 存立危機事態を語る際、たびたび議論されるのは「わが国の存立が脅かされ」という文言だが、日本の存立が脅かされるだけでは集団的自衛権を行使できない。「わが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃」が発生したかどうかも問題となる。防衛省幹部は「米国が攻撃を受けていない状態で対北攻撃に踏み切っても、自衛隊集団的自衛権を行使できない」と語る。
 米国が自衛権を行使して北朝鮮を攻撃しても、日本は集団的自衛権を行使できない。このような事態に陥れば、日米同盟の維持が米国民の支持を受け続ける保証はない。
 それでも安倍首相は、安保関連法で実現した以上の法改正は憲法改正が必要としている。しかも首相が目指すのは、9条に自衛隊の存在を明記した条文を追加した憲法改正だ。たったこれだけでは日本の集団的自衛権をめぐる状況は変わらない。
 米国の対北攻撃が現実味を増せば増すほど、憲法9条の問題が改めて浮き彫りになる。共産党は安保関連法を「戦争法」と呼び、安倍首相が目指す憲法改正を「9条破壊の暴走」とこき下ろす。だが実態は、朝鮮半島有事への対応をめぐる不安を完全に払拭できるものですらない。