★防衛大学校を揺さぶる「中国美女学生スパイ」騒動

防衛大学校を揺さぶる「中国美女学生スパイ」騒動
SAPIO 2014年9月号掲載) 2014年8月11日(月)配信 文=織田重明(ジャーナリスト)

日本の国防を担う自衛隊、そしてその幹部育成機関である防衛大学校に、中国の影が忍び寄っている。我が国の機密情報は、スパイ大国に流出しつつある。

公安関係者がこう悔やむ。

「あんな形で表面化し、実態が解明される前にフタがされてしまったのは残念でならない。中国の工作活動の一端が解明できたかもしれないのに」

自衛隊の幹部養成学校である防衛大学校を舞台にした“女スパイ疑惑”のことである。ことの経緯を振り返ろう。

きっかけは5月12日の参議院決算委員会でみんなの党和田政宗参院議員が行なった次のような国会質問だ。

「ある防衛大学生が大学の外に1人でアパートを借りて、そこに不特定多数の人物が出入りしているという話です」


「しかも、この学生は何度も中国に渡航しているという話があります」


すでに週刊新潮(7月17日号)が報じているが、「この学生」とは、中国から日本に帰化した女子学生のことである。


「彼女は、17年前に中国・吉林省出身の両親や兄とともに日本に帰化した。父親が大阪で中国から衣料品を輸入する会社を経営しており、頻繁に中国と日本を行き来しています。防大の学生の間では、彼女には入学後も複数回の中国渡航歴があると噂されていました。本人がそう話していたからです。しかし、それを大学当局はまったく把握できていませんでした。ちなみに兄も自衛官です」(公安関係者)


中国から帰化した美人女子大生が“情”を通じて、情報入手や人脈構築をしていた疑いが浮上していると週刊新潮は報じたのだ。



◆公安関係者は「フタをされた」と

先ほどの和田議員の質問に防衛省は、防大では学生が渡航するたびに申請を出させており、無断で海外に渡航した学生の存在は確認できないと答えるばかりである。だが、防大関係者は、「本来は義務づけられている渡航申請は有名無実化している。学生は提出しないし、大学はチェックしていない」と内実を明かす。

さらに、この女子学生が問題とされたのは“無断渡航”だけではなかった。

「彼女が防大の外で借りていたアパートには、教官や複数の男子学生らが頻繁に出入りしていました」(同前)

この部屋の中で何が行なわれていたかは定かではない。しかし、“スパイ疑惑”が報道されるや、防大はすぐさまアパートを解約させ、幕引きを図った。冒頭で公安関係者がいう「フタをされた」とは、このことを指す。

「じつは今回の国会質問の以前から、我々の間で彼女の存在は知られていた。疑惑を解明すべく動いていたのですが、こうした形で露見してしまい、幕引きされると、仮に本物のスパイだったとしても中国も手を切らざるを得ない。防大に中国の魔の手がどの程度及んでいるかは不明です」(同前)

今回の騒動について防大広報に、取材を申し込むと、「全学生についてパスポートをチェックし、渡航歴を確認しており、特に問題はありませんでした。なお、学生に対して、アパートを解約する等の指導をした事実はありません」との回答が寄せられた。

だが、自衛隊幹部によれば、防大が中国の工作機関に狙われているのは事実だという。

防大生がすぐに機密情報にアクセスできるわけではありませんが、卒業後わずか数年でアクセス権限を持つ階級になります。さらに30年もして将官まで昇進すれば、数千人の部隊を動かすようになる。時間をかけた工作を得意とする中国にとっては、絶好のターゲットでしょう」


さらに防大のチェック態勢の甘さも、中国に狙われる理由だと防大関係者は指摘する。

学生は入学にあたって親族に共産党員がいないかチェックされるだけで、帰化者かどうか確認されるようなことはない。事実上のフリーパス。チェックの必要性を唱えても、『人権侵害にあたる』と大学校側が自粛する始末です」


結果として、防大に入学する帰化者が増え続けている。現在では、「概ね一学年400人のうち10人ほどは帰化した学生」(防大関係者)という。

 
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◆「P-3C」乗員の妻も中国人

もちろん、帰化した学生に問題があると決めつけているわけではない。だが、帰化学生の家族間の接触や情報交換は、第三者によるチェックや制限のしようがない以上、その入学は極めて慎重に判断しなければならない。

米国の場合、陸海空の士官学校に入学するには、正副大統領や上下院議員の推薦状がなければ認められず、FBIなどによる入念な身辺調査が行なわれる。

それに比べて防大のチェックは甘いと言わざるを得ない。

「今回の防大の件だけではない。防衛省自衛隊の中国に対する警戒が十分でない事例は、少なくありません。例えば、イージス艦の情報漏洩疑惑事件がその典型です」(前出・公安関係者)

この事件は、海上自衛隊の二等海曹が特別防衛秘密(特防秘)に指定されるイージスシステムに関する情報を基地外の自宅に持ち出していたとして07年に神奈川県警が摘発したもの。イージスシステムとは、同時に10個以上の目標をミサイルで迎撃できるイージス艦の根幹となるシステムで、米軍が開発した。

「この事件の摘発にあたっては、前段となる問題がありました。摘発の前年に海自上対馬警備所勤務の一等海曹が内部資料を隊舎に持ち帰っていたことが発覚したのです。海上自衛隊の内部調査で、この一等海曹が中国の上海に無断渡航を繰り返し、市内虹橋地区のナイトクラブに通っていたことが判明しました」(神奈川県警関係者)

*このナイトクラブには、04年に中国公安当局から外交公電などを提供するよう脅されて自殺した在上海総領事館員も出入りしていた。15ページの囲み記事参照。

海自の調査では、「上海への無断渡航と内部資料の持ち出しは無関係」と結論づけられた。しかし、かねてからこの店が中国当局のハニートラップの拠点とみていた警察庁は、自衛隊への工作活動が活発化している恐れがあると判断。中国人女性と何らかの関係がある自衛隊員の洗い出しを全国の都道府県警に指示した。

そうしたなか浮かび上がったのが、横須賀基地所属の護衛艦勤務の二等海曹だった。

「この二等海曹の妻は中国人で、05年に他人名義の旅券で日本に入国。横須賀市内の風俗店で働いていたときに二等海曹と知り合った。神奈川県警は入管難民法違反容疑で自宅を捜索。押収したハードディスクを解析して出てきたのが、イージスシステムの情報だったというわけです」(同前)

当初、神奈川県警は、中国人妻が夫の二等海曹を通じて特別防衛秘密を入手し、中国当局に流したという線を疑う。結局、この中国人妻に中国当局との接触を疑わせる事実が見つからず、情報漏洩の可能性は低いと判断された。

しかし、こうした疑惑が出たこと自体、システムを開発した米国に不信感を抱かせるには十分だった。
自衛隊がそれまで隊員の配偶者に何の関心を払ってないことも明らかになったからだ。

「外国人妻を持つ隊員の数は数百人に上ります。なかには、海自の対潜哨戒機P-3Cの乗員にも中国系の妻を持つ者がいるとの情報もある。P-3Cは機密性が高い潜水艦についての情報を満載しており、情報保全の観点からは問題だと言わざるを得ません」

◆名刺にメアドは書き込むな中国による自衛隊への工作活動といえば、何もスパイを使ったものばかりではない。

「公然たる工作活動」と公安関係者が指摘するのが、中国政経懇談会(中政懇)だ。

「この団体の発足は1976年まで遡る。『自衛隊との対話の機会を設けてほしい』との中国側の申し出を受け、自衛隊将官クラスOBを中国に派遣する団体として立ち上げられたものです」中政懇の主な活動は年に一度、将官クラスによる訪中団を派遣し人民解放軍幹部と意見交換を重ねること。訪中は昨年までに36回にわたる。

「意見交換といえば聞こえはいいですが、中国側のねらいはOBとはいえ数年前までは自衛隊の中枢にいた将官クラスから情報を引き出すことにあります」(別の公安関係者)


中政懇が中国と交流を持つことに疑問を抱く防衛省幹部は少なくないが、自民党親中派の後押しや中国とのチャンネル維持を訴えるOBもいて現在まで活動が続いている。手元にあるのは、一昨年6月に中政懇のメンバーが北京で中国側と意見交換したときの議事録だ。

この年は尖閣諸島をめぐって日中の緊張が一気に高まった年である。このとき人民解放軍上級大佐から出た質問はこうだ。

海上保安庁海上自衛隊の間には、東シナ海で何か発生した場合にどのような役割分担があるのか〉

さらに防衛省が打ち出す南西地域における防衛重視の方向性についてもこんな質問も行なわれた。

〈防衛力はどのように変化していくのか、どういった側面に重点を置いていこうとしているのか、こうした兵力の調整、配置の対象となるのはどこか〉評論家同士の議論ではない。

このときのメンバーは元陸自西部方面総監など自衛隊の部隊運用を熟知した元最高幹部ばかり。人民解放軍側の参加者は矢継ぎ早に質問を投げかけ、機密情報を引き出そうとした様子がうかがえる。

「これまでに日本側のメンバーが直接的な機密情報を提供するようなことはなかったが、中国側としては防衛戦略の大まかなところを掴むことはできたはずです」(同前)

中国がターゲットとするのは、OBだけではない。
一昨年に日中の関係悪化を理由に廃止されるまで12年間にわたって続けられた「日中佐官級防衛交流事業」。

軍事交流の深化を名目に親中派橋本龍太郎元首相が00年に江沢民国家主席と会談した際に実施が決まったもので、日中の佐官クラスが毎年、相互訪問して意見交換や基地視察などを行なった。

「中国側にとってはOBではなく現役の実務担当者である佐官クラスに公然とアクセスできる絶好の機会だった」と防衛省関係者は言う。そこで何が行なわれていたのか。

「事業では双方の参加者が出席する懇談の機会が必ず設けられるのですが、名刺交換をすると、その後、執拗にメールを送ってきたり、『日本に来ているので食事しよう』と連絡してきたりして、個人的に親しくなろうとするのです。明らかな接近工作が疑われることから、参加者には、名刺にメールアドレスを書き込むな、個別に会うなといった対応要領を事前に教育するようにしていました」(同前)

陰に陽に中国の工作活動は活発化している。決して気を緩めることなく、いっそうの警戒が必要だ。

(了)

(前出・公安関係者)