初のキャンセル濃厚 MRJ、7年前の痛恨

初のキャンセル濃厚 MRJ、7年前の痛恨

コンフィデンシャル
自動車・機械
2017/11/22 6:30

 三菱航空機が開発する国産初のジェット旅客機「MRJ」が初の注文キャンセルに見舞われる可能性がでてきた。オプションを含めて40機分の購入契約が消える公算が大きい。これまでに計450機を積み重ねてきた受注が減るのは初めてだ。しかし、それもほんの小事にみえてくる。MRJはもっと構造的な危機に陥っている。
■40機、2000億円 契約の行方

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 その不安は、米国の地域航空の再編から始まった。かつて4大航空会社と呼ばれた米イースタン航空は1991年に経営破綻した。一時現大統領のトランプによる買収などを経たが、09年に別会社として再生。三菱航空機との間でMRJ、40機(購入権含む)の契約に調印したのは2014年9月のことだ。そのイースタンが再度経営危機に陥り今年6月、アリゾナ州フェニックスを地盤とする米スウィフト航空に買収されることが明らかになった。
 「近い将来、ボーイング737は13機から18機程度増えるだろう」。新規航空機計画についてスウィフト航空の意向が伝わると、三菱側に危機感が走った。契約中のMRJについての言及がなかったからだ。
 交渉に近い関係者は「注文を維持するのは難しいだろう」と認める。そもそも2019年の納入を反故(ほご)にした三菱側にも非はある。三菱航空機の広報は「個別の契約についてはお話できない」と話すが、カタログ価格にして2000億円弱に上る大型契約が消えてなくなる公算は大きい。
 MRJはこれまでに、全日本空輸ANA)25機のほか、米TSHから100機、ミャンマーのエア・マンダレーから10機などこれまで計447機(基本合意含む)の受注を積み重ねてきた。もっとも恐れるシナリオは、200機を発注したスカイウエストなど米国勢が一斉にキャンセルに動くことだ。
 「YS―11」以来、約40年ぶりの国産旅客機としてMRJの開発が始まったのは2008年。ローンチカスタマー(初号機の顧客)であるANAへの納入は2013年を予定していたが、5度の延期の末に7年遅れの2020年に先送りした。その間に航空会社の業界再編が進んでしまった格好だ。
 米連邦航空局(FAA)をはじめ各国の航空当局から取得する型式証明(TC)の取得に手間取っているのが最大の要因とされるが、実はもっと根本的な問題がある。顧客となる航空会社の心変わりだ。

■ライバルはあえて様子見
 「航空機屋さんは燃費、燃費と言うけど、今は(超大型の)ボーイング747でもなければ燃費なんてそれほど気にしていませんよ」。大手航空会社で整備部門の責任者を務めたOBはこう語る。MRJは従来機に比べて3割の燃費改善が最大のセールスポイントだった。目指す方向性は正しかった。史上空前の原油高が続いていた、2008年時点では。

 この頃の原油価格(WTI)は1バレル100ドル前後まで高騰していたが、直近は半分の50ドル程度に落ち着いている。航空会社の最大の関心事は燃費よりもむしろ、導入時の初期コストに移った。100席以下のリージョナルジェット(RJ)ではカナダのボンバルディアと並んで高いシェアを持つブラジルの航空機メーカー、エンブラエルは市場の変化に巧みに対応している。
 70~90席級のMRJに対しエンブラエルが2021年に投入するのは「E175―E2」。低燃費をうたい、エンジンもMRJと同じ米プラット&ホイットニー(P&W)の機種を搭載する。だが今エンブラエルが売り込みを強めているのは一世代前の「Eジェット(E1)」。「E2を急いで投入しようなどという気は、エンブラにはサラサラないだろう」(航空関係者)
 MRJの5度目の延期が明らかになった昨年末、エンブラエルもE2の投入を21年に先送りした。300機弱の受注を確保しており、開発も順調。表向きは「米国の規制緩和に合わせて遅らせただけ」(商用機部門営業責任者のアーヤン・メイヤー)としているが、MRJの後ろで環境を見極めようという余裕が伺える。
 MRJのカタログ価格は47億円だが、航空機ビジネスで価格などあってないようなもの。これまでの商談は1機あたり30億円前後が中心とみられる。これに対し「エンブラエルは20億円台の前半でEジェットを売っている」(国内大手メーカー)。燃費に関心を失っている航空会社に高いE2を売るより、低価格のEジェットでつなぐのが当然だ。

■日給10万円の外国人技術者
 「新たな受注は取らなくて良い」。米ボーイング、欧州エアバスが激しい受注競争を繰り広げた6月のパリ国際航空ショーを前に、三菱航空機の営業部門に通達が回った。異例の自制指令だ。パリには始めてMRJの実機を伴って乗り込んだが、実際、ふたを開けてみると受注はゼロだった。
 新型の航空機が利益を出すには10年以上かかるケースも珍しくはない。三菱重工は当初、300~500機をMRJの採算ラインとみていたが、今や販売価格を維持できたとしてもこの規模の受注ではとても追いつかない。受注獲得のピッチをはるかに上回るスピードで開発コストが膨張しているからだ。
MRJの初の実機展示に三菱重工の宮永社長(写真中央)も現地に乗り込んだが、受注はゼロに終わった。
MRJの初の実機展示に三菱重工の宮永社長(写真中央)も現地に乗り込んだが、受注はゼロに終わった。
 MRJの開発コストは三菱重工が当初見込んだ2000億円弱を大きく上回り、すでに5000億円弱に達したもようだ。三菱航空機は今年3月の時点で500億円超の債務超過に陥った。
 「名古屋では英語と広島弁が話せないとやっていけません」。ある三菱航空機の社員は冗談交じりに話す。

 MRJを自らの直轄事業とした三菱重工社長の宮永俊一(69)と、業務執行責任者として開発を指揮する篠原裕一(59)は広島県の事業所出身。その宮永は1月、外国人技術者を大量に動員して型式証明の取得作業をテコ入れする方針を打ち出した。三菱航空機の開発人員約2000人のうち外国人は600人を超え、外国人比率は3割に達している。
 ある外国人技術者は日給10万円の高給を手にしているという。多くは世界中の航空機開発の現場を渡り歩き、ノウハウを提供するプロの出稼ぎ労働者だ。ボンバルディアエンブラエルのノウハウも持ち込み、開発作業を主導している。「かつて外国人技術者は手足で、意思決定には参加させなかった。今はどんどん決定させている」(三菱重工関係者)と社内も驚くほど、外国人頼みが鮮明になっている。

ボーイングの提案を一蹴
 離陸する前に、胴体が地面をこすりそうなMRJ。だが、針路変更のポイントはあった。MRJの開発中枢にいたOBが興味深い証言をしてくれた。7年前、このOBはボーイングの幹部から「737のコックピットを使ったらどうだ」と持ちかけられ耳を疑った。
 コックピットを共通化するメリットは計り知れない。操縦士や整備士の訓練コストを削減できるうえ、新たな機体への抵抗感も薄れる。全世界に9000機以上(2017年時点)を販売した737だ。そもそも一サプライヤーにすぎない三菱重工が航空機を作ることを、ボーイングが快く思っていたはずはない。千載一遇のチャンスだった。
 だが当時の三菱航空機幹部はこの提案を一笑に付した。「開発は自前で、という一点に凝り固まっていた」と、このOBは悔しそうに語る。
 エンブラエルボンバルディアと並んで、中国も「ARJ21」を開発して猛然と巻き返しに出ている。これまでは中国国内市場を見込んでいるとみられたが、ロシアと組んで各国のTC取得を目指すとなれば話は別だ。飛行機の完成度はともかく、経済援助とのセット販売で途上国に売り込みを始めれば、強力なライバルになる。
 「良いモノを作れば売れる」という意識が今も三菱重工には強い。価格はコストの和にもうけを乗せたものになりがちで、これまで何度となく顧客の不興を買ってきた。試作車を製作しながら量産からの撤退を決めたリニア新幹線車両しかり。多額の損失を出した豪華客船でも甘い見通しのまま開発に突っ走り、自前主義にこだわった。
 7年の間に変わった環境と人心をどうとらえなおすか。日本中の期待を背負う国産機開発は最大の難所にさしかかる。