脳が世界を動かす 会話や移動念じるだけで

脳が世界を動かす 会話や移動念じるだけで
ポスト平成の未来学

2017/11/30 2:22 日本経済新聞 電子版
 ポスト平成は人間の脳と機械が直結する時代になる。脳とコンピューターをつなぐブレーン・マシン・インターフェース(BMI)技術の進化で、頭に浮かんだ言葉や意思を機械が読み取って伝えたり、自分の身代わりのロボットを念じて動かしたりできるようになる。障害などで身体や会話が不自由な人々には福音で、福祉の風景を一変させそうだが、人の内心や好みといった究極のプライバシーが脅かされる危うさもはらむ。
「脳通信」が世界広げる ポスト平成の未来学
 念じるだけで意思を伝える技術を開発する研究施設を訪れ、実験に参加した。実用化されれば、身体や会話が不自由な人の活躍の場が広がりそうだ。
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 茨城県つくば市にある産業技術総合研究所。全身の筋力が弱まる難病であるALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者役の女性がタブレット型の表示装置を見つめる。画面に「飲食する」「移動する」「気持ち」「体のケア」など8つの選択肢が絵文字で現れる。
 女性は頭で念じて「飲食する」を選ぶ。すると画面には「カレー」「フライドチキン」「ハンバーガー」など詳しいメニューが表示される。8つずつの選択肢を3段階進めば512種類の項目を意思表示できる。
 この意思伝達支援装置「ニューロコミュニケーター」は産総研長谷川良平・ニューロテクノロジー研究グループ長らが開発した。女性は頭に小型の脳波計をつけており、脳が選びたいものに「これだ!」と反応した直後に出る特徴的な脳波を装置が検出、これがメニューを選ぶ際のスイッチの働きをする。
 大阪府吹田市大阪大学国際医工情報センターの平田雅之教授の研究室では、脳に直接電極を当てるタイプのBMI技術の臨床試験の準備が進んでいた。数センチ四方の人工頭蓋骨に脳波を読み出す電極と、脳波の解読装置・送信装置を組み込み、大脳の運動をつかさどる部分に移植する。脳の表面に直接電極を置くことで、脳波の変化をより正確・迅速に拾えるようにする。
 平田教授らはALS患者による予備試験を2013年に実施した。患者の脳の表面に電極を置いて体外とケーブルでつなぎ、ロボットアームやパソコンを操作することに成功した。脳波情報を無線で体外に伝える完全埋め込み型装置の実現を目指している。
 BMI技術が進展すれば、30年代の小学校の教室はこうなるかもしれない。
 体の不自由な生徒、障害で言葉が話せない生徒も同じ教室で学ぶ。生徒らは帽子のような脳波読み取り装置をかぶっている。生徒の横にはアバター(分身)と呼ぶ小型ロボットが立ち、生徒に代わって質問し、喜びや悔しさなどの感情をジェスチャーで表現する。移動したいときは念じて車イスを自在に動かす。コンピューターが子どもたちの脳に浮かんだ言葉を解読し、ロボットに伝えているのだ。
 僕(57)の父は脳卒中の後遺症で言葉や体の自由を失ったまま他界したが、自分に代わってしゃべってくれるBMI装置が使えたら、本人も周囲にも励みになっただろう。だが、BMI技術が進むことで、胸に秘めておきたい考えが本人の了解なしにダウンロードされる心配はないのか。
 BMI技術は世界で開発が進み、米フェイスブックBMI技術で脳に浮かぶ言葉を「高速タイピング」できる技術を開発すると発表した。米テスラ最高経営責任者(CEO)のイーロン・マスク氏が提唱するBMIを使った「テレパシー通信」の技術は、究極のプライバシーともいえる自分の「思考」をたやすく読み取る技術にも転用できる。
 既に個人の購買履歴や行動を人工知能(AI)で分析することは当たり前になっている。商品などを見た際の脳がどう反応するかを調べ、製品開発に生かす「ニューロマーケティング」も実現している。脳とコンピューターを直結するBMI技術はこの流れを決定づけることになりそうだ。
 眼鏡や補聴器、義足、義手。あるいは心臓ペースメーカー。人間はこれまでも機械や道具の力を借りて、病気やケガと付き合い、失われた能力を補ったりしてきたが、BMI技術によって人体の機械化は異次元のレベルに達する。
 事故や病気による障害による制約の克服は人類の長年の夢だ。だがBMI技術には個々の人間の思考を「オープン化」する作用もある。機械と人体の融合が、コンピューターやロボットに過度に依存する社会につながらないのか。そんな目配りもポスト平成時代には求められる。