期限は「非常に近い将来」

期限は「非常に近い将来」

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米国のペンス副大統領が米紙とのインタビューで、北朝鮮との対話に応じる姿勢を表明した。これをどう読むか。「米国の方針転換」とみるのは早計だ。北朝鮮が非核化に応じなければ、軍事オプションは残っている。
朝鮮半島危機をめぐる日米韓と北朝鮮の駆け引きは、平昌五輪を舞台に激しく交錯した。金正恩朝鮮労働党委員長の妹、金与正氏が正恩氏の親書を携えて訪韓し、韓国の文在寅大統領に平壌での南北首脳会談開催を提案したのは、ご承知のとおりだ。
北朝鮮がこのタイミングで南北首脳会談のカードを切ってきたのは、もちろん「時間稼ぎ」が狙いである。南北首脳会談は2007年10月を最後に開かれていない。金正恩体制では当然、1度もない。
金正恩氏にとって「南北首脳会談」というカードは、韓国や米国に対して表向きの宥和姿勢を示して対話に持ち込む、とっておきのカードなのだ。そんな最高のカードを切っても得たかったものは、何かといえば「時間」である。
国際オリンピック委員会IOC)のバッハ会長の訪朝を受け入れるのも、同じ理由から宥和ムードを演出するためだ。
北の核とミサイルが完成するまでに残された時間はほとんどない。米国のポンペオCIA長官は先に「北朝鮮のミサイルが米本土到達能力を持つまで数カ月」とあきらかにした。その後、トランプ大統領自身が一般教書演説で「非常に近い将来」と語っている。
つまり、どんなに長くても「夏までには完成する」というのが米国の見方である。今回の提案はこれを北朝鮮が裏付けた。あと数ヵ月あれば、核とミサイルが完成する。だからこそ、その時間を「首脳会談提案」という切り札を使ってでも確保したかったのだ。
極端に言えば、北にとって会談自体は実現しようとしまいと、どちらでもいい。いままで持ち出したことがない会談を提案すれば、対話路線を唱える文大統領は飛びつくに決まっている。そうなれば、会談提案をどう扱うかで瀬踏みしている間にも時間は過ぎていく。
結果的に首脳会談が開かれなかったとしても、時間を稼いでいるうちに核とミサイルを完成させてしまえば、自分が圧倒的に有利になる。あとは核とミサイルを武器に、強腰で米国に平和交渉を要求すればいい。それが北朝鮮の狙いだろう。

事実上の「南北連携」が進んでいる

そんな北の思惑を文大統領は百も承知のうえで、会談提案に「環境を整えて実現しよう」と応じた。前のめり姿勢はあきらかだ。文政権は制止する日米を振り切って、いまや「事実上、北と連携しつつある」と言っていいのではないか。
それは、在韓邦人の撤退問題に韓国が応じない点にも示されている。同時期に開かれた日韓首脳会談に関連して「邦人の退避や安全確保に向けた連携で一致」と一部で報じられたが、全容を知る政府高官によれば「退避問題で韓国側は極めて慎重だった」という。
つまり、韓国はいざとなれば、観光客を含めて約6万人といわれる在韓邦人を盾にとってでも、米国の北朝鮮攻撃を阻止する構えなのだ。文政権はそれくらい「米朝戦争を絶対に回避する」強い決意を固めている。
以上のような背景の下で、文氏が訪韓したペンス副大統領にもちかけたのが対話路線だった。ペンス氏は米国への帰途、専用機内でワシントン・ポスト紙のインタビューに応じ、中身を明かしている。核心部分は以下のとおりだ。
「ポイントはここだ。同盟国が非核化に向けた意味のあるステップと信じられるような何かを北朝鮮が実際に示さなければ、圧力は緩まない」「したがって最大限の圧力は続き、強化する。だが、もし相手が話し合いたいという望むなら、我々は話し合う」(https://www.washingtonpost.com/opinions/global-opinions/pence-the-united-states-is-ready-to-talk-with-north-korea/2018/02/11/b5070ed6-0f33-11e8-9065-e55346f6de81_story.html?utm_term=.ecae6deca7b7

この対処方針を、副大統領は「最大限の圧力と対話の同時進行(maximum pressure and engagement at the same time)」と説明している。従来は「非核化とミサイル開発断念に向けた意味のある譲歩を示さない限り、対話に応じない」という姿勢だった。だから一見、軌道修正のようにも見える。

だが、そもそも北朝鮮が核とミサイル開発を断念する可能性はあるのか。残念ながら、北朝鮮の側に立って合理的に考えれば、完成間近のいまとなってはほとんどない、と言わざるをえない。
五輪を前に開かれた南北閣僚級会談でも、北朝鮮側は「非核化の話をするなら、会談は水の泡になる」といきなり高飛車に啖呵を切ってみせた。その後、文大統領は数度にわたる金与正氏ら北代表団との協議で、非核化については話を持ち出すことすらできていない。

安倍総理訪韓の本当の意味

にもかかわらず、ペンス氏が対話に前向きな姿勢を示したのはなぜか。同紙記事によれば「文大統領はペンス氏に『北朝鮮が非核化に向けた具体的なステップを取らない限り、北朝鮮が経済的または外交上の利益を得ることはない』と保証した」からのようだ。
つまり、対話に応じただけで報償を与えることはない、という話である。ここは従来と変わらない。原則論で言えば、圧力一辺倒といっても、圧力のための圧力ではない。北に方針を変えさせるための圧力だ。もし変わる兆しがあるなら、対話するのは当然である。
ペンス氏の発言は「北が方針転換する兆しがあるのかどうか、米国はそれを見極めよう」という趣旨だったのだろう。
米国には世論に配慮しなければならない事情もある。
圧力一辺倒のまま軍事攻撃という展開になれば「なぜ最後まで対話を模索しなかったのか」という批判が出るのは避けられない。それでなくても、トランプ政権の支持率は高くない。そうであれば、なおさら「外交努力は尽くした」という姿勢が不可欠になる。
だからこそ、北朝鮮に対しては「非核化を決断すれば、対話の門戸は開かれている」姿勢を示しておく必要もあった。
この点は日本の安倍政権も同様である。日本は在韓邦人だけでなく、北朝鮮に拉致されている日本人もいる。彼らの安全確保について、米韓と十分な連携、外交努力が必要だ。だからこそ今回、訪韓に強い批判があるのを承知のうえで、訪韓したのだ。
結局、鍵を握っているのは北朝鮮だ。金正恩氏が最後まで核とミサイル開発をあきらめないなら、いくら米国が対話姿勢をにじませたところで、平和的な解決には結びつかない。文政権は「対話を始めれば非核化の話になる」と思っているかもしれないが、甘い。
北朝鮮は非核化をテーマにした対話を拒否するに違いない。米国は対話を始めたところで、非核化の果実が見通せなければ圧力を緩めないどころか、むしろ強化するだろう。
実際、安倍首相とトランプ大統領は2月14日夜(日本時間)、70分間にわたって電話会談し「北朝鮮が非核化を前提とした対話を求めてくるまで、最大限の圧力をかけていく」点を確認した。さらに、韓国の腰砕け姿勢に警戒心も共有した。
ペンス発言は「北朝鮮に最後の時間を与えた」とみるべきだ。