米月基地構想への参加 「人類の進歩に貢献を」「社会の議論が不可欠」

米月基地構想への参加 「人類の進歩に貢献を」「社会の議論が不可欠」


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月の周回軌道に建設する宇宙基地の想像図(ボーイング提供)

 政府は2020年代に月基地を建設する米国の構想に参加するかについて、検討を始めた。将来の有人火星飛行も視野に入れた構想で、実現には国際協力が欠かせない。米トランプ政権が国際宇宙ステーション(ISS)への資金拠出を25年までに打ち切る方針を示す中で、日本はどのような選択をすべきなのか。宇宙航空研究開発機構JAXA)で有人月探査の旗振り役を務める佐藤直樹技術領域上席と、月探査に詳しい会津大の寺薗淳也准教授に聞いた。(科学部 草下健夫)
JAXA佐藤直樹氏「人類の進歩に貢献を」
 --米国の月基地構想の内容は
 「米航空宇宙局(NASA)が昨年4月に公表した。月の上空を周回する基地を2020年代前半にも建設し、1回の飛行で初期には4人の飛行士が最長約30日滞在する。月面と、火星に将来向かうためのベースキャンプの性格を持つ。米国はISSの運用が終了しても、切れ目なく有人宇宙飛行をやりたいようだ」
 --日本はどうすべきか
 「米国の構想に参加すべきだ。参加はISSなどで実績を挙げてきたからこそ得られる権利だ。科学技術立国の日本が人類の進歩を支えるのは義務でもある。ISSの物資補給機や実験棟の開発・運用で獲得してきた技術や、飲料水の再生、空気浄化などで貢献できる。同盟国たる米国の科学技術の粋を集めた壮大なプログラムに参加しない理由はない。米国も日本に強く期待している。JAXAは参加を通じ日本人飛行士の月面着陸も目指している」
 --参加にどんな意義があるか
 「活動領域を広げるのは生物の本能。人類は高度400キロのISSで過ごしており、次に月に行くのは自然な流れだ。新しい知識を求めて探査することで、科学に大きく寄与する。獲得する新技術は地上の人々にも波及効果を生む。日本でもまず政府が主導して探査することで、月面の水などを資源として利用する企業の活動をリードできる」

 「ISSで使っている技術をほぼそのまま使えるので、実現性は間違いなくある。人体への放射線の影響がISSより大きいので対策が必要だが、30日の滞在なら大したことはない。ロケットに必要な燃料の量も含め、とてつもない話ではなく妥当なものだ」
 --構想は具体性に欠け、情報も少ないと指摘されている
 「実は各国の宇宙機関同士で技術的な検討をかなり進めているが、どの国もまだ検討段階のため、具体的な情報を出せない。宇宙機関が自国の政府との関係を考慮し、否定的な影響を懸念して情報を出すことに慎重になっている事情もある。ただ、トランプ政権の方針が見えてきたし、日本政府も検討することを決めたので、今後は改善されるのではないか」
 --膨大な費用が必要で、日本が参加すれば大きな負担になりかねない
 「基地建設には最大7千億円ほどかかる。米露のロケットや宇宙船のほか、月面探査に必要な着陸機や探査車なども含めれば、2035年ごろまでの総費用は十数兆円とみられる。日本のISSの年間経費は約400億円だが、物資補給機の改良や新型ロケットの導入などでコストを下げ、月探査との合計で現在と同額か、大きく超えない範囲でやっていけると思う」
 〈さとう・なおき〉昭和38年、福岡県出身。54歳。九州大大学院修士課程修了。宇宙開発事業団(現JAXA)でISS計画に従事し、平成18年から国際宇宙探査の将来構想を担当。昨年10月から現職。

 月の周回軌道に建設する宇宙基地の想像図(ボーイング提供)
会津大・寺薗淳也氏「社会の議論が不可欠」
 --月基地構想をどうみるか
 「有人火星飛行に向け、まず最寄りの天体である月で訓練を重ねるのは妥当だ。ISSの次に、さらに遠い場所での滞在に挑戦する意味でも月だろう。ただ、地上や地球上空を周回する基地から直接、火星に行けないわけでもない。月基地をどう使うのか、議論の詰めが必要だ。月面は水などの資源が注目されており、基地は資源探査や科学研究の拠点としても活用できる」
 --日本はどうすべきか
 「構想に参加しないと今後、宇宙の資源を利用する潮流が世界的に強まったとき、後から資源利用の分野に参入しようとしても著しく不利になったり、参入できなかったりすることが考えられる。月に行かない選択もあり得るが、国際協力から外れ、火星飛行への参加も難しくなり、将来の世代がこうした活動を体験できなくなる。国際的な地位も低下する。このため日本は構想に参加すべきだが、課題もある」
 --具体的な課題は
 「技術的に可能でも、実現性はどうなのか。まず経済面では、輸送コストがISS以上にかかる。当初の構想より大型化し、コストが膨らんだISSの例もあり、日本が負担する経費は年間400億円の規模では済まなくなる恐れがある。周回基地から飛行士が着陸する場合、月面の環境を入念に調べる必要があり、それだけでかなりの費用がかかる。また、政治問題では、米国ではブッシュ、オバマ各政権が打ち出した探査計画がその後、費用超過や遅延などで解消されてしまった。再び同様のことになる恐れもある」

 --どう解決したらよいか
 「社会の真剣な議論が必要だ。そのための詳細な情報を早く公開すべきだ。NASAのホームページは情報が少なすぎる。過去には後戻りの難しい段階で情報公開され、うまくいかなかった宇宙開発計画もあった。これでは『俺たちに任せておけ』という当事者の姿勢に、社会が不安を感じてしまう」
 --国への注文は
 「日本の月探査計画は出ては消えてきたが、総括が明確でなかった。話を進めているうちはよいが、その後がうやむやだ。宇宙分野では計画を実行後に評価し、改善するという企業にとっては当たり前の取り組みができておらず、経験を糧にできない。また政府の宇宙政策委員会は非公開で議事録の公開も極めて遅い。国民は議論のしようがなく、政策が支持を得にくくなる。これらを早く解決すべきだ。資源のない日本が何十年の視野で考えるべき問題なのに政治家の関心も低すぎる」
 --国民はどうすべきか
 「政治や専門家を監視してほしい。宇宙は夢やロマンで語られがちだが、自分の財布からお金が使われている意識を持つことが大切だ」
 〈てらぞの・じゅんや〉昭和42年、東京都出身。50歳。東京大大学院博士課程中退。JAXAなどを経て平成25年から現職。専門は惑星科学、情報科学。一般書の執筆など月・惑星探査情報の普及に取り組む。