年金少しでも増やす 厚生年金加入や受給繰り下げ

年金少しでも増やす 厚生年金加入や受給繰り下げ

コラム(経済・政治)
2018/5/26 22:00
 将来の年金額を増やすために厚生年金に積極加入したり、年金の受給開始時期を繰り下げたりする人が増えている。特に厚生年金の加入者増は国の予想を上回るペースだ。税制優遇が大きい個人型確定拠出年金(イデコ)の加入者も拡大している。終身でもらえインフレにもある程度対応する公的年金人生100年時代の最大の支え。公的制度をフル活用して長寿化に備える動きが始まっている。
 予想25万人に対し、実際は1.5倍の37万人――。社会保障審議会(厚生労働相の諮問機関)の年金部会などで開示されたこの数字に委員が驚いた。厚生年金に関する2016年秋の制度改正を受け、厚生年金に加入することを選んだパート主婦など短時間労働者の昨年末時点の人数だ。
 厚生年金は加入すれば収入に応じて将来の年金が増える一方、保険料負担も生じる。通常は週30時間以上の勤務が加入の条件だが、16年改正で501人以上の企業では週20時間以上勤務などの条件に変わった。保険料負担を嫌って勤務時間を短くする就労調整が多数派になるとの見方も多かったが、実際は違った。
 エイチ・ツー・オーリテイリング傘下の総合スーパー、イズミヤは制度改正を機に、パート本人の希望を最優先する体制にした。「説明会を開き将来の年金増などのメリットを解説した」(労働組合の岸本大介中央執行委員長)。結果、対象者のうち短時間勤務にして加入を避けた人は3分の1にとどまり、3分の2が厚生年金に加入した。
 労働政策研究・研修機構の調査でも、制度改正で働き方を変えた人の58%が、手取りを減らさないよう時間延長したうえで厚生年金への加入を選んだことがわかった。「将来の年金を増やしたい」との理由が上位だ。
 60歳代以降の働き方にも変化が出てきた。労働力調査などで分析すると、60歳代前半の男性就業者に占める厚生年金の加入率は12年度の51%から16年度は67%になった。60歳代後半も同35%から41%へと上昇している。
 再雇用制度などを使って定年後も仕事を続けるシニアの数は年々増えているが、単に働くのではなく「年金を増やせる働き方」へとシフトしていることがわかる。例えば、現役時代の平均年収600万円の人が60歳以降、年収300万円で厚生年金に加入して10年働くと、70歳以降の年金を年21万円上積みできる。
 社会保険料は基本的に事業主と勤労者の折半なので、厚生年金の加入者が増えれば企業負担も増す。しかし人手不足が続く中、人材確保のために従業員が厚生年金への加入を希望すれば受け入れる企業が増えている。
 人生100年時代には公的年金の繰り下げ受給も有力な手段だ。原則65歳から受給できるが、70歳まで遅らせれば年金額が42%増える。81歳を超えて生きれば「得する」計算だ。国立社会保障・人口問題研究所によると2050年には男性の半分は87歳、女性の半分は93歳まで生きるようになる。多くの人が繰り下げによって受給総額を増やせるわけだ。
 目先の受給を重視する人は依然多いが、16年度に新たに基礎年金の受給権を得た人の2.7%が繰り下げを選択。2年前の2倍弱になった。
 老後の資産形成に詳しい久留米大学の塚崎公義教授は「繰り下げ後の増額は一生続くので老後の安心感は格段に増す」と話す。ただし「年金なしで60代後半を乗り切るには、長く働くとともにそれまでに資産を増やしておくことも必要」
 長期の資産形成に向く公的制度の一つがイデコだ。掛け金を預貯金や投資信託などで運用し、運用成績によって将来の年金額を増やすことができる。掛け金全額を所得から差し引けるので節税になるうえ、運用益も非課税だ。17年から専業主婦や公務員などにも対象者が広がったこともあり、今年3月末の加入者は約85万人と16年末の2.8倍に急拡大している。
 従来は個人しか掛け金を出せなかったが、5月から社員100人以下の企業では事業主が上乗せできるようになった。
 地域情報サイト「枚方つーしん」を運営するmorondo(大阪府枚方市)は「秋にも事業主掛け金制度を入れ、掛け金の半分以上を事業主が負担したい」と原田一博社長は話す。社員数は12人。全員にイデコを薦めるという。
 「小さな会社なので自力では企業年金を作れないが、社員が安心して老後を迎えられるよう環境を整えたい」(原田社長)。厚労省によると、すでに全国で申請が出始めているという。
 長寿化に備え公的年金などをフル活用する動きはまだ一部だ。特に課題は若年層。20代後半の国民年金保険料の納付率は55%前後と平均より約10%低い。年金制度への信頼感を高め、若い世代に重要性を伝えることが重要だ。
編集委員 田村正之)