プルトニウム保有問題、日本の選択は 日米有識者に聞く

プルトニウム保有問題、日本の選択は
日米有識者に聞く

 日本がため込んでいる大量のプルトニウムを国際社会の一部が問題視している。プルトニウム核兵器にも転用でき、日本が保有する約47トンは原子爆弾約6千発に相当するとされる。日本がとるべき対応について日米の有識者に聞いた。
 ■保有、国際的な信用損なう」(元米国務次官補 トーマス・カントリーマン氏)
Thomas Countryman 外交官出身で2017年1月まで米国務次官補など歴任。オバマ政権で核不拡散政策を推進。
Thomas Countryman 外交官出身で2017年1月まで米国務次官補など歴任。オバマ政権で核不拡散政策を推進。
 ――米国が日本にプルトニウムの処分を求めるのはなぜですか。
 「福島第1原子力発電所の事故以降、燃料としての消費が滞っているプルトニウムをため続ける状況は不合理と言わざるを得ない。私は日本が将来、核武装することはあり得ないと考えているが、中国などは懸念を示している。これまで原子力の優等生で、核不拡散を推進する上で米国にとって最も頼れるパートナーだった日本の国際的信用が損なわれている」
 ――米国が対日交渉のカードとして使うことはあるでしょうか。
 「トランプ政権は何でも交渉のカードにしようとするが、プルトニウムについては過去の米政権と同じ立場だろう。ただ日米がプルトニウム問題で適切な合意ができれば北朝鮮の非核化プロセスで再処理能力を放棄させやすくなる。また実現は難しいかもしれないが、日本がもし東アジア地域全体での再処理停止を提案すれば、中韓に加え北朝鮮にも大きなインパクトを与えるだろう」
 ――日本はプルトニウム保有量をどう管理すべきでしょうか。
 「上限設定と削減の両方が必要だ。短期的に削減するには、まずは英国で保管しているプルトニウムを英国政府に引き渡せばよい。また、使い道のないプルトニウムを核廃棄物として扱うことだ。長期的には、恒久的処分を考えるべきだろう」
 ――核燃料サイクル事業は日本の「国策」です。
 「1970~80年代にはウランの資源量は非常にわずかで、エネルギー安全保障のため核燃料サイクルが必要と考えられていたが、現在は十分な供給がある。再処理はコストが非常に高く、世界は既に見切りをつけている。こうした事実を日本は認識すべきだろう」
 ――日米原子力協定は30年を迎え、今後は片方の意志だけで破棄が可能になります。
 「日米の原子力協力は大きな成功を収めており、協定は今後も維持されるだろう。ただ、原子力産業の将来を考えれば、協力の中心は原発の閉鎖や核廃棄物の保管などになるだろう。世界トップ水準にある日米の研究者や技術者がこの分野で力を合わせるのはとても有益だ」(聞き手は木寺もも子)
 ■「再処理は対米交渉で得た権利」(外務省の初代原子力課長 金子熊夫氏)
かねこ・くまお ハーバード大学法科大学院修了。外務省の初代原子力課長として日米原子力交渉を担った。81歳。
かねこ・くまお ハーバード大学法科大学院修了。外務省の初代原子力課長として日米原子力交渉を担った。81歳。
 ――米国は例外的に日本に使用済み核燃料の再処理を認めています。
 「1974年にインドが核実験を実施した。原子力の平和利用の名分の下でインドに協力した米国に『失敗した』との思いが生まれた。米国は53年に当時のアイゼンハワー大統領が『平和のための原子力』の考え方を打ち出して以来、同盟国への原子力技術供与や核物質供給に前向きだった」
 「77年に発足したカーター政権は核不拡散に厳しく、日本の動力炉・核燃料開発事業団(当時)の東海再処理工場(茨城県)の運転を止めようとした。日本側は輸入ウランを無駄なく使うため再処理と高速増殖炉でのプルトニウム利用は資源小国にとって何としても必要だと主張し、日米間で激しい議論になった」
 ――決裂寸前までこじれたとされてます。
 「決裂寸前の段階で米交渉団の首席代表が東京の米大使館からホワイトハウスのカーター大統領に直接電話し妥協点を探った。そのとき当時のマンスフィールド駐日米大使が口添えをした。『日本は米国にとり大事な同盟国だ。日本を追い詰めては同盟にひびが入りかねない』と言ったとされる。これで決裂が回避され、東海再処理工場は条件付きながらも運転を認められた」
 「その後、78年に米国で核不拡散法が誕生し、厳しい条件を満足しなければ同盟国といえども再処理やウラン濃縮は認めないことになった。米国が結んだ既存の原子力協定も見直すとした。東海再処理工場の交渉の結果、米国はすでに日本に再処理を認めていたため日本には既得権があった」
 ――ぎりぎりセーフだったのですね。
 「88年の現行協定では国内のすべての原子力施設をリストアップし米国由来の核物質がどんな状態にあるのか可視化した。これで核物質の移動や加工時に米国の同意が必要な仕組みから事前に包括的な同意を得る制度に変わった。毎年プルトニウム在庫量を公表しており、地道な活動が国際的な信頼の礎になっている」(聞き手は滝順一)
 ■「核転用より日米協力を」(一橋大教授 秋山信将氏)
あきやま・のぶまさ 1990一橋大法卒。同大教授。安全保障、核軍縮・不拡散などが専門。51歳。
あきやま・のぶまさ 1990一橋大法卒。同大教授。安全保障、核軍縮・不拡散などが専門。51歳。
 ――日本がプルトニウム核兵器に転用する必要性を唱える人もいます。どう考えますか。
 「必要性はない。日本が単独で核を保有したところで中国や北朝鮮への抑止力が高まるとは考えにくい。米国による『核の傘』の提供を含む拡大抑止を強化する方が、はるかに効果的で実効的だ。これを維持しつつ、日米の協力を深めていくのが基本だ」
 ――米政府は日本に適切なプルトニウム管理を求めています。
 「米国の意向にかかわらず、使い道のないプルトニウムが増え続ける状態は好ましくない。米国内では、日本がプルトニウム管理の説明責任を果たすべきだとの意見が多い。日本は自発的にプルトニウム保有に上限を設けるなどの方針を明確にすべきだ」
 ――米国の「核の傘」がいつまで続くのか疑問視する声もあります。
 「日本が核兵器をめざすこと自体が、米国の拡大抑止の実効性を低下させてしまう。米国による東アジアの安全保障への関与も弱めかねない。中国は日本が中国本土を攻撃する意思を持ったと受け取り、核兵器を含む軍拡競争を助長しかねない」
 ――核兵器を持たない日本は東アジアの安保にどう貢献すべきですか。
 「北朝鮮の非核化を含め、他国の核不拡散への取り組みを支援することだ。核の役割低下に貢献できれば、日本の核保有への警戒論も下火になるだろう。中国とは信頼醸成に向けた戦略対話が欠かせない。米中の軍備管理のあり方に関して、日本も含める形で話し合い、信頼関係を深めていくことが重要だ」(聞き手は田島如生)