中国人の変化に気づけない日本人

»著者プロフィール
 「中国共産党大会のニュースを観ても、中国の一部のことしかわからない。むしろ権力闘争や腐敗といった中国への固定観念が漠然と強化されるかもしれない」と話すのはジャーナリストの中島恵氏。確かに、今月18日から24日まで開かれた党大会を目にしても、一般の中国人の生活がどうなっているのかはわからないし、中国への親近感は湧きにくい。
 一方、昨今では日本でも中国人観光客を始め、留学生などを多く見かける。しかし、ほとんどの日本人は彼らと接することもなく、「”中国人”だから」と一括りにしてしまいがちだ。”中国人”は声が大きい、冷たい、怖い、パクリそう、マナーが悪い……。こうしたステレオタイプなイメージがマスメディアを中心に広がり、中国人ならばすべてがそうだと決めつけてはいないか。中国では現在、大きな変革の時を迎えているという。『なぜ中国人は財布を持たないのか』(日経プレミアシリーズ)を上梓した中島恵氏に中国の変化、中国人の行動背景、彼らと向き合うためにはどうしたらいいか、などについて話を聞いた。
――中国は、現在変化の真っ只中とのことですが、中島さんが最初に訪れた約30年前と現在ではどれくらい変化しているのでしょうか?
中島:何もかも違いますね。まったく違う国といってもいいくらいです。30年ほど前、ほとんどの男性は粗末な人民服を着ていました。いまでも田舎へ行けば、人民服を上着代わりにしている高齢者はいるかもしれませんが、上海などの都会で着ている人はまず見かけません。今では日本人と変わらないファッションで、都市部には高層ビルが林立しています。
 ただ、そういった見た目の変化よりも、中国で一番の変化はここ数年のスマホの普及と経済力の成長です。
 中国のインターネットは以前は速度がものすごく遅かった。それがスマホが普及し、13~14年に4Gになり、通信環境が劇的に良くなり、それ以降、コンテンツも増え、16年からはスマホ革命とも言うべき現象が起きています。
――スマホ革命で、何が変わったのでしょうか?
中島:1つは、スマホ決済ですね。ウィーチャットというSNS内のウォレット機能を使って決済するシステム、ウィーチャットペイや、アリババが運営するアリペイの躍進で、スマホが「財布」になりました。この決済機能は、公共料金や年金の受取、タクシー、病院、外食などあらゆる場面で使用でき、農村部にまで普及しています。現在ではスマホは生活する上で欠かせないツールとなっています。
――中国人観光客を東京で見かけると、頻繁にスマホの画面を見ています。あれは何をしているんですか?
中島:一概には言えませんが、ウィーチャットを見ていることが多いと思います。ウィーチャットは、クローズドなSNSで、フェイスブックのようなタイムラインや、直接のメッセージ、グループチャット、無料電話を楽しむこともできます。おそらく、そのやりとりで忙しいのではないですか。
 ウィーチャットの影響は大きく、このアプリ経由で海外の友人から政治や国際情勢など、さまざまな情報を知ることができるようになりました。

――国内では、政治に関して情報統制が行われていると聞きますが。
中島:確かに、いまでも天安門事件など政治的に敏感なキーワードに関しては検索できません。たとえば今年、ノーベル賞受賞者劉暁波氏が亡くなりましたが、中国国内での報道はわずかなのに、多くの中国人はこの事実を知っていました。しかし、ウィーチャットに直接「ノーベル賞受賞者劉暁波氏が死亡した」と投稿すれば問題になりかねませんから、ろうそくの写真だけだったり「さようなら」「やすらかに」などの言葉だけを投稿している人がいました。それが何を意味しているかは皆わかるからです。
 また情報統制は、時期にもよります。党大会の期間中などは強まりますが、弱まる時期もあります。さらにたとえば、フェイスブックは基本的に中国国内では接続できませんが、あるソフトを使えば閲覧することもできます。
 日本人の感覚からすると、中国の一般人の投稿はすべて監視されているのでは、と思われがちですが、公安がとくに目をつけた人や、影響力のある人などを監視しているだけだと思います。ウィーチャットの利用者は9億人もいますから、すべてを監視することは物理的に不可能だと思います。
――本書を読んでいて興味深かったのは、これまで電車内で靴を踏まれても謝ってもらうことがなかったのに、最近ではそういうことが増え、彼らの意識の変化があるのでは、ということです。
中島:以前を知らない人からすれば、なんで人に謝られたくらいで感動するのか、と思うかもしれませんが、以前の中国ではそういうことはほとんどなかったんです。
 その背景には、経済的に豊かになって、心に余裕が出来たこと。また、海外旅行を経験するようになり、自分たちはマナーを知らなかったことや、世界がどうなっているかをわかるようになってきて、視界が開けてきたこともあるのかなと思います。
 たとえば、日本を旅行した中国人は、日本人の店員さんに「ありがとうございます」と頭を下げられるとすごく気持ちがいいんです。中国人は、もともと自尊心やプライドが高い人が多いですから。一方、これまでの中国では、その自尊心からか「私はここで働いているだけなのに、どうしてお客であるあなたに頭を下げないといけないのか」という感覚の人が多かった。これは日本人にはあまりない感覚かもしれませんね。
 しかし、最近では不況の影響もあってか、飲食店なら味だけでなく、店員の態度やサービスも大事だという意識が強まってきている。サービスに対する考え方や意識も、社会の成熟化とともに、少しずつ変化してきていると思います。
――中国には、さまざまな民族や宗教の人達がいますし、都会と田舎、教育程度でもいろんな人がいるのは理解しています。しかし、私自身、銀座によく出かけるのですが、まだまだマナーが悪い人は正直多い気がします。たとえば、喫茶店で、ものすごく大きい声でスマホで話す人など。電車内などでも話す声が大きい人が多いですよね。なぜなのでしょうか?
中島:まず、銀座にいる中国人観光客は、団体客が多く、海外旅行に慣れていない人が多いので、マナーが悪い人がいるのかもしれません。
 中国人が大きな声で話すのは、中国国内の街の雑踏が非常にうるさいため、大きな声で話さないと相手に聞こえなかったり、また、国土が広いので方言も多く、自分の話が相手に伝わりにくいなどの理由があります。以前、田舎のおじいさんに話しかけられた時、あまりの声の大きさに鼓膜が破れるかと思ったこともありました(笑)。
 ただ、洗練された人々や若い世代は、大きな声で話すことを恥ずかしいと感じるようになってきています。以前、山手線に乗っていると、目の前におじいさん、おばあさん、お母さん、お父さん、お孫さんという5人の中国人家族が座っていました。おじいさんとおばあさんは、楽しそうに大きな声で話していました。すると、孫がおじいさんの口に手をあてて「静かにして、恥ずかしいじゃない」と注意したのです。孫は、まわりの日本人が白い目で見ているのに気がついていました。

――他にも、銀座線内で2~3歳の男の子に、ペットボトルに小便をさせていたのを目撃し、びっくりしたこともあります。
中島:以前、私も中国国内でそういったシーンを見かけたことがありましたが、最近は少しずつ減ってきましたし、中国人でもそういう親子を見て激怒したり、注意する人も出てきています。
 日本では、駅でもコンビニでも、街の至る所にトイレがありますが、中国の公共の場にはまだトイレが少なく、致し方なく子どもにそうさせていた面と、公共のマナーを知らないという面があるからだと思います。
 そうしたことを憂い、中国政府は中国人の出国ブームが起きた2~3年ほど前、空港で「文明的な行動を取りましょう」と書かれたマナーに関するパンフレットを配っていました。その中には「列にきちんと並びましょう」などの話がイラスト付きで具体的に書かれていました。そうしたパンフレットの効果や海外旅行の経験も増え、中国人のマナーはよくなってきていますが、団体旅行者のなかには、まだ出来ていない人もいます。この2~3年で世界のマナーを急激に学んだので、まだ全体に浸透するには時間がかかりますし、今は過渡期なのだと思います。
――中国人は、まわりの様子をうかがうというよりも、自らの感覚が優先されるのでしょうか?
中島:そうですね。悪気はないのですが、周囲の人々に常に気を使って生きている日本人とは違い、客観的になることはあまりなく、主観で生きてきた人が多かったと思います。
――マナー違反をしている中国人の姿がメディアで取り上げられると、日本人の多くにステレオタイプな中国人のイメージが定着しますね。
中島:たまに、そうしたステレオタイプな中国人が現れると、マイナスのイメージが強化されますよね。逆に、良い行動を取っている中国人がいても、それは日本のメディアではなかなか取り上げられないという傾向があると思います。
――ただ、日本人もバブル期から数年、海外旅行先で散々バッシングを受けた過去がありますね。
中島:そうですね。日本人も30年前は海外でブランドのバッグを買い漁り、「イエローモンキー」といわれた時代がありました。中国はキャッシュレス化など、日本を飛び越えて成熟している面がありますが、まだ多くの点では日本がかつて歩んできた道を歩んでいます。昨今の中国では環境問題が深刻ですが、日本でも昔は水俣病を始め、一時同じように環境問題が深刻でした。また、日本と同じく中国も人口減少と少子高齢化の問題を抱えています。

――先ほどからお話に出ている洗練された中国人は、マナー違反をする中国人に対してどう思っているのでしょうか?
中島:洗練された人たちは、団体旅行の観光客と私たちを一緒にしないで、という気持ちが強いですね。
 昨年、北海道の新千歳空港で中国人が暴れて話題になりました。上海在住の中国人の友人も日本で同じような場面に遭遇したことがあり、飛行機が飛ばなかったそうです。空港内の中国人が「日本人は中国人が嫌いだから、飛行機が飛ばない」と勘違いし、暴れそうになったので、日本のことをよくわかっているその友人は彼らに事情を説明してまわり、説得したようです。
 情報不足や言語の問題で、お互いに誤解してしまうことはよくありますが、私の友人のように、両国のことをよく理解している人は、誤解を解く努力をしてくれています。
 一口に「中国人」と言っても、その幅は日本人よりはるかに広く、洗練された人と、田舎の村から出たことのない人では非常に差が激しい。でも、均一化した社会に住む日本人から見ると「中国人」をみんな一括りに考えてしまいがちです。
――中国人が変化しているのには気が付きにくいと思うのですが、観光客を見かけた時に、どんなところに注目すると変化を感じ取れますか?
中島:15年は500万人、昨年は637万人、今年は700万人を超えると予想されるほど、多くの中国人観光客が日本を訪れています。爆買いが騒がれた15年は、マナーの悪い中国人が目につき、マスメディアで報道され、日本人にそういうイメージが焼き付いたと思います。でも、15年から200万人も観光客が増えているにもかかわらず、最近ではマナーの問題が以前ほど話題にならなくなりました。それは私たち日本人と同じような旅行、つまり、静かな時間を旅館で過ごし、周囲の迷惑にならないよう振舞っている人が増えているからこそ、気にならなくなってきたんだと思いますね。
――それでも中国人に対し、アレルギーを持っている人は多い印象があります。彼らと向き合うためにはどうすれば良いでしょうか?
中島:多くの日本人は、人民服を着て自転車に乗っている30年以上も前の中国のイメージを引きずっていると感じます。若い人にしても、中国が貧しかった時代を知らないはずなのに、そのイメージが引き継がれている。人間の固定概念やイメージというのは、そう簡単には変わらないのだな、と感じます。確かに、中国も何もかもが変わったわけではなく、濃密な親子関係などは昔と変わらないところもあります。 
 大学で中国について話をすると、学生たちの感想のなかには「中島さんが言っていることは、中国へ行けとか、仲良くしろ、と強制しているのではなく、アルバイト先の中国人や、学内の中国人留学生とまずは対話してみよう、ということですね」というものがありました。そういう身近なことでいいと思うんです。日本には、約70万人の中国人が住んでいて、留学生も多くいます。少しでも彼らの行動背景を知ることは、合わせ鏡のような存在である日本や自分自身を知ることでもあると思うのです。中国に限らず、物事の背景に関心を持ち、多面的なものの見方をすることが重要だと思います。
 中国はいま経済的に上昇し、社会が大きく変化している最中ですが、成熟し洗練された人であればあるほど日本のことを尊敬してくれている。だから、日本人ももっと自信をもって奮起してほしい、そんな気持ちも込めて、この本を書きました。