＜北朝鮮＞地方にひっそり暮らす日本人妻の姿
＜北朝鮮＞地方にひっそり暮らす日本人妻の姿
来週にも、北朝鮮政権は「すべての在留日本人の調査」の第一次報告をする。在日朝鮮人の帰還事業（※）で朝鮮人の夫と共に渡航した日本人妻たちもそ の対象となっている。だが、日本人妻には日本の家族と音信不通、行方知れずになった人が多いのが実情だ。彼女たちは北朝鮮で、いったいどんな生を送ってき たのか。北朝鮮人の記者キム・ドンチョルは、香川県出身だという81歳のある日本人妻のもとを訪れ話を聞いた。平安南道の陋屋（ろうおく）にひっそり暮す 日本人妻の姿を報告する。（石丸次郎）
2010年6月、アジアプレスの北朝鮮内部の記者、キム・ドンチョルが家を訪ねた時、この日本人のおばあさんは、一人でトランプ占いをしていた。暗 い部屋は床の敷物が剥がれコンクリートがむき出し。薄暗い部屋の中に見える家財らしいものは、白黒テレビ、タンス、掛け時計ぐらいだ。
「香川県、坂出市の出身の81歳」
その日本人の老婆は、身分をそう語った。名前はわからない。
在日朝鮮人の夫と結婚して一児をもうけた。夫が「祖国に行きたい」というので、1960年4月28日に夫とともに北朝鮮に渡ったと言う。資料に照らすと、この日新潟港から第19次帰還船が清津港に出航している。乗客は1061人。
その後の半世紀、彼女が北朝鮮でどんな人生を送ったのかわからない。朝鮮語は片言で「よく話せない」という。日本語もたどたどしくなっている。彼女 が言葉少なに語ったのは、共に北朝鮮に渡った在日朝鮮人の夫に先立たれたこと、息子の家族と同居していること。そして水道も出ず、食糧配給もなく苦しい生 活をしていることだけである。
彼女が熱中していたトランプ占いには、いったいどんな運勢が現れたのであろうか。
以下は、2010年6月に平安南道でキム・ドンチョルが撮影した映像の中のやり取りの抜粋。
A=日本人妻のおばあさん
◇生まれは香川県、できれば日本に行きたい
Q.おばあさん、何しているんですか?
A(少年).カード占いだよ。
Q.おばあさんは日本の女性?
A.はい。
Q.朝鮮語分からないんですか?
A.分からないよ。
Q.日本語は話せるの?
A....朝鮮語話せない。
Q.日本の故郷はどこですか?
A.香川県。
Q.年はおいくつですか?
A.81。
Q.81?
A.ええ。
Q.何年に朝鮮に来ましたか?
A.60年度。わかるかい?
Q.ええ、日本語少し知ってます。日本に誰か親戚いないんですか?
A.お姉さん、妹...。
Q.日本のどこに住んでるんですか?
A....分からない。
Q.おばあさんは日本女性ですね? 日本国籍?
A.そうよ。夫が朝鮮人なの。
Q.日本に行きたくないですか?
A.できればね。（行けるか）分からないね。年が年だからね、分かりません。姉さんが東京のタチカワの方にいるの。
日本に行こうにも、脚も腰も目も痛くてね。
◇60年4月に一児連れて北朝鮮に
Q.親戚に会いたいでしょ。お姉さんや妹に会いたくないですか?
A.そうね。生きてるか死んでいるかわからない。年が年だから。私は今81、お姉さんが85歳や。
Q.朝鮮に長く住んでるのに朝鮮語がよく分からないんですか?旦那さんと日本語で話していたんですか?
A.うん。(夫は)2歳の時に日本に行ったんだ。
A.朝鮮人だから自分の故郷に行きたいとお父さん(夫)がいうので、60年の4月28日朝鮮に（来た）。
朝鮮に行こう、故郷に行こうと夫が言うた。私は行かないって言ったのよ、子供が1人いたからね。
夫は子供を連れて行くというんで、私だけ行かないわけにはいかないから（来た）。
Q.日本女性ということで、党が何かしてくれますか?
A.ええ、補助金を貰ってます。
◇7人いた日本人妻、5人が死んだ
A.(ここには日本人妻は)2人しかいない。
Q.2人しかいないんですか?
A.7人いたけれど5人死んだよ。年が年だから、（私も）早く死にたいと思うけど死ねなくて生きてるよ。
Q.長生きしないと、おばあさん。
A.腰が痛いし足も痛いし 腕も痛いし心臓も悪いの。
Q.おばあさんは清潔ですね。息子が言ってましたよ、洗濯上手だと。
A.水が出ないんだよ。
Q.水が出ない?
A.建軍節(4月25日)にも出なかった。飲む水もないんだよ
Q.飲む水も出ない?
A.うん。配給もくれない。
Q.日本の親戚はお金送ってくれないの?
A.ないよ。(在日)朝鮮人は日本から人が来てお金を置いて行くけど、日本人は朝鮮に来ないからお金がない。
姉さんが生きてたら...日本では、私が朝鮮で死んだと思ってる。
Q.日本の親戚は東京に住んでるんですか?
A.香川県、坂出市。姉さんは坂出、香川県から東京に行った。父さんは私が学校の時に死んで、母さんは私が朝鮮に来て2年目に死んだよ
Q.配給がないのに何を食べているんですか?嫁が農場から何かもらって来ますか?
A.うん、少しづつ農場からもらうこともあるよ。米はなくてトウモロコシだけ。おかずなんかない。
アジアプレスの北朝鮮内部の取材協力者たちの6-8月の調査によると、日本人妻に対する消息調査を国家安全保衛部(情報機関)などが実施、日本への 帰国希望についても聴取していた。北朝鮮当局は、今秋にも一部日本人妻の一時帰国を進める意向とみられる。一方、日本で生まれて北朝鮮に同伴した子供や、 北朝鮮に渡ってから生まれた子供は、はっきりした数字はわからないが相当数が生存しているはずだ。日本あるいは北朝鮮で生まれたこの「二世」たちも、当然 日朝合意に基づく調査の対象に含まれるべきだが、北朝鮮当局が調査対象にしているという情報は、現時点まで得られなかった。
※1959年に始まった在日朝鮮人の北朝鮮への帰還事業で、9万3000人あまりが北朝鮮に渡ったが、うち7000人弱が日本国籍者だった。その多くは朝 鮮人の夫について北朝鮮に渡った日本人妻及びその子供たちだ。北朝鮮に渡った日本人妻（配偶者）は統計上およそ1800人とされるが、渡航前に日本国籍を 離脱した人が相当数いたため、その実数はずっと多いと思われる。
