45万人が中国に数千億円の日本製品を転売 謎の在日バイヤーを追う

45万人が中国に数千億円の日本製品を転売 謎の在日バイヤーを追う


商談会で美容用品を熱心に吟味する中国系バイヤー

 日本で海外製の商品を欲しくなったら、どこで買うだろうか。洋服やバッグ、時計などのブランド品はデパートで。スーパーでも最近は海外製の食品や日用品が充実してきた。ネットでもメーカーや代理店が自社サイトやECモールで商品を販売するようになった。
 だが、13億人の巨大市場を持つ中国ではかなり事情が違うようだ。中国人は日本製の美容用品やベビー用品を、なぜか日本に住んでいる中国系の個人バイヤーからわざわざ購入する。バイヤーがまず日本のドラッグストアや量販店で商品を買い、SNSでつながっている顧客に紹介して転売、郵送するという。
 大量の日本製品を中国に売る「ソーシャルバイヤー」
 こうした買い手は「ソーシャルバイヤー」と呼ばれ、日本に少なくとも45万人程度いるとされる。彼らの日本商品の販売金額は年間で計数千億円に及び、個人で1億円稼ぐ人もいるほど。しかし、小売りで大量に商品を買っている彼らの存在はこれまで日本企業からほとんど注目されず、数年前に発生した中国人訪日客による「爆買い」と間違われていたこともあったという。
 国内の小売店で海外製品がすぐ手に入る日本人からすると、わざわざ個人バイヤーを挟み割高な金額で日本製品を買いたがる中国人の消費行動は少し不可解だ。中国人の日本製品への莫大なニーズに応えてきた、知られざるソーシャルバイヤーの実態を追った。
 中国語飛び交う商談会
 8月25日、東京都内のイベント用ホールに開場1時間前から長い行列ができた。若者から中高年、女性のグループに赤ちゃんを抱える家族連れなど属性はバラバラ。ただ、彼らの間で飛び交っているのはほぼ中国語のみだ。
 彼らのほとんどは日本在住の中国系のソーシャルバイヤー。この日、中国向けマーケティング支援を手掛けるトレンドExpress(東京都千代田区)主催の商談会に出席しようと約200人が詰め掛けた。出展企業はベビー用品のピジョンや美容用品のTBCグループといった大手にベンチャーを加えた9社。ソーシャルバイヤーの目当ては中国で人気な彼らの商品だ。

 バイヤーとメーカーを直につなぐ
 「あれは中国でも有名なブランドね」「これはどこで買えるの?」。ブースには絶えずバイヤーたちが殺到し、出展企業の社員は中国語と日本語を織り交ぜて必死に説明していた。
 通常、彼らバイヤーはドラッグストアや量販店といった日本の小売りで商品を購入する。「中国版LINE」と呼ばれるSNS微信ウィーチャット)」などでつながっている顧客に販売している。商品紹介から買い付けに発送、その後のユーザー対応まで個人でこなす。
 ただ間に小売りを挟み自分で発送作業も手掛ける分、ソーシャルバイヤーは余計なコストを掛けていることになる。メーカー側も直にバイヤーに商品を売るよりも利幅が少なくなる。
 そこでメーカーとバイヤーを直接引き合わせて商品を売買させるのが今回のイベントの趣旨だ。主催者であるトレンドExpressの濱野智成社長は開会のあいさつで「みなさんは今までドン・キホーテやドラッグストアで商品を買われていたと思う。(この商談会ならその)半額で仕入れられるメリットを提供できる」「みなさまの手間も省く。郵便局に行く配送の手間や小売店に行く手間もわれわれが代行する」と強調した。
 個人で年商1億円売り上げる人も
 本イベントにはトレンドExpressのほかに中国の大手買い物アプリ「微店」(ウェイディエン)も参加した。微店は日本でいうとメルカリのような、個人の売り手と買い手をつなげるサービスだ。ただし扱われるのは中古品ではなく新品ばかり。ソーシャルバイヤーの利用するアプリとしてメジャーな微店のプラットフォームを使い、メーカーとバイヤーを結び付けようという狙いだ。
 ちなみに微店で日本商品を扱うバイヤーは約45万人で、そのほとんどは日本在住とみられる。1人当たり月に平均60~90万円を売り上げ、その3分の1が粗利となる。人気バイヤーになると年1億円を売る人も。しかも微店を利用していないソーシャルバイヤーもいることから、全体の人数はさらに膨れ上がることになる。微店などの推計によると彼らの流通総額は年間数千億円に及ぶ。

 自国製品への不信感が根底に
 イベントに参加した日本人の夫を持つ横浜在住の中国系の女性(49)は、出展していた女性向けタイツやフットカバーのシリーズを見て「これは中国でも知名度が高い」と興奮する。「ソーシャルバイヤーはちょっとしかやっていないのよ」と謙遜するが、月に30~80万円稼ぐ。
 彼女は微信上で約2000人の顧客とつながっている。主にスキンケアやベビー用品、健康食品を手掛け、たまにカメラや腕時計といった高額商品も売るという。
 会場で彼女たちソーシャルバイヤーを見ていて気になったのが、頻繁にスマートフォンタブレットをいじり写真や動画を撮影している点だ。ブースでは陳列される商品を熱心に撮り、企業がモニターで商品説明の動画を流せば一斉に録画する。微信のチャットで誰かとやりとりしたり画像を送っている姿もよく目にした。トレンドExpressの担当者に聞くと、SNSでつながっている顧客にリアルタイムで商談会や商品の情報を送っているのだという。
 出展企業もバイヤーの熱狂ぶりに目を丸くする。女性向け衣類メーカーの社員は「4年ほど前からバイヤーがうちの商品をよく買うようになった。1人で年間8000万円買っていった人もいる」と打ち明ける。今まで中国に社員が出張したりして商品をアピールしたことはない。「誰がうちの商品を買おうがうちは関係ない」と言い切るが、会社全体の売り上げの約3割はこれらバイヤーによるものだという。
 小売店ECサイトでメーカーや代理店から直接商品を買うのが当たり前な日本人にとっては、ソーシャルバイヤーをわざわざ通して日本製品を手に入れようとする中国人の購入方法はちょっと奇妙に映る。その背景について、トレンドExpressの担当者は「中国で最も人気な商品は『海外製品を輸入した物』」と指摘する。
 中国ではいろいろなジャンルの商品で偽物が今も多く流通している。加えてそもそも自国の工場で生産された製品に対する信頼性が、日本や欧米に比べて低い傾向にあるという。「家電は品質向上で信頼度も上がったが、直接口に入れる食品や体に付ける美容用品、乳児に使うベビー用品では不信感が残っている」(トレンドExpressの担当者)。これらのジャンルで日本製品は世界的にも評価が高く、中国で人気が集中しているという。

 訪日客の「爆買い」と勘違いする日本企業も
 さらに中国市場で特徴的なのが、中国語で「代購」と称される代理購入のスタイルだ。国土が広い中国において物流や小売りは近年になっても日本に比べ未発達だったことから、都市部と地方では売られている商品の質や数がかなり異なっていた。ネットが登場する以前も地方の人が、信頼できる親戚や知人が都市部に出向いた際に欲しい商品を買ってきてもらうのが当たり前だったという。
 「そこでネットが登場し、2000年代前半辺りから『淘宝(タオバオ)』などのサイト上で知らない人同士が商品の代理購買をするようになってきた」(トレンドExpressの担当者)。微信を始めとするSNSの台頭でこの動きは加速していった。
 SNSではバイヤーの売買の様子が顧客に正確に伝わるため、不正がばれればすぐに炎上して商売できなくなる。「売り手への信頼度を重要視する中国人にとってソーシャルバイヤーは安心できる購入先」(トレンドExpressの担当者)。
 中国市場における日本製品の影の強力な売り子、ソーシャルバイヤー。しかし日本企業の動きは鈍い。同社の担当者は「今回のようなバイヤーとメーカーの大規模な商談会はこれまでほとんど無かった」とみる。彼らはあくまで個人で中国語のSNSで活動するため、日本企業には感知しづらかった。店頭で中国語を使い大量に商品を買っていく彼らの姿を、訪日観光客の「爆買い」と勘違いしていた小売りも多かったという。
 一方で「最近の中国人訪日客は大量の買い物より観光を楽しむ『コト消費』に軸足を移しつつある」(トレンドExpressの担当者)。徴店の調査によると中国人の日本製品の購入方法は日本旅行が25%、越境ECが35%、そしてSNSは40%に上る。クールジャパンを中国へ売り込む鍵、ソーシャルバイヤーを今後、日本企業がうまく活用できるかが問われる。