「製造業」はなくなる 日立・東原社長が語る未来

「製造業」はなくなる 日立・東原社長が語る未来
【未踏に挑む】

製造業で国を大きくした日本。人口減やグローバル化に加え、デジタル化の荒波が製造業のあり方を問う。日本メーカーは大量生産時代の成功体験を捨て、生き残れるのか。眼前に広がる「未踏」の領域にどう挑むかを聞くインタビューの2回目。全社を挙げてデジタル化にかじを切る日立製作所の東原敏昭社長兼最高経営責任者(CEO)に針路を聞いた。
 1955年生まれ。77年徳島大工卒、日立製作所入社。90年米ボストン大院修了。2016年から現職。生産設備へのIoT導入など事業のデジタル化を進める。
――デジタル化の波は製造業を根本から変えます。
「2つの意味で従来型の『製造業』はなくなる。まず大量生産を前提とする工場の価値が減る。膨大な生産データをビッグデータ解析し人工知能(AI)で分析すれば、製造工程の不具合や生産ロスを効率的に減らせる。工場の品質が均一化する可能性を秘めるが、技術者が担ってきたこの分野こそ日本の製造業の強みだった」
「デジタル化はそこに付加価値を見いだすことを難しくする。3Dプリンターなど最新技術を駆使すれば、データを基に設計図面を自動生成し金型や製造プロセスに落とし込める。データから何でも作れる。しかも少量多品種で。そんな時代が目の前に来ている」
「デジタル経済がもたらすもう一つの変革は、消費者に近いところで起きている。電子商取引(EC)や電子決済の普及だ。購買にまつわるあらゆるデータは消費者が欲するものと欲しないものの線引きを明確にし、そこにメーカーもサービス事業者も集中する。メーカーとそれ以外の垣根が崩れる」
――メーカーの存在意義がなくなるということでしょうか。
「メーカーだけではない。エネルギー、運輸などすべての業態で垣根が消える。考えてみてほしい。消費者ニーズのくみ取りから商品設計、生産、物流、販売という大きなビジネスの流れのなかで、メーカーは製造の専門家として生産に集中していればよかった」
「しかしあらゆるデータが瞬時に集まる時代、調達から物流、マーケティング、販売は一体でやらなければならない。メーカーは生産分野から領域を広げようとするし、サービス企業も生産委託などを使い領域を広げる。既存の役割分担がなくなる」
「どうすれば元気に年齢を重ねられるか、快適な街とは何か、誰が自動運転を求めているのか。世の中のニーズをつかめた企業だけが生き残る時代が来る」
――データが価値の源泉になる時代。莫大なデータを集める米IT(情報技術)大手に対し、製造業は単なる下請けになる可能性があります。
「これまでグローバルな合従連衡は技術や人材、カネなどの経営資源を求めて展開されてきた。そうした合従連衡の座標軸に『データ』が加わる。データ収集は1社ではできないし、抱え込んでも価値を生み出さない。データを軸に異業種と合従連衡を進めるべきだ」
「どんな企業が集まって企業群をつくっても、データが集まりきらないのが現状だ。様々なデータは政府に集まりやすい。各国が国民に関して集める『ナショナル・データベース』がデータ資産となる。データ経済の到来に向け、政府との連携も欠かせないものになる」
「日立は(あらゆるモノがネットにつながる)IoT基盤を整えた2年前、『つなぐ』と『協創』という2つの言葉を強調した。顧客や提携先と一緒になって共通のプラットフォームを整える。そのためのデータや解析技術を提供しつつ、必要な製品を供給していく」

グローバル化、次へ進化

――14億人の国民のデータを集め、産業政策「中国製造2025」を進める中国は脅威ですか。
「中国政府による海外へのデータ持ち出し規制は国際的な問題になっている。データを抱え込むのがよいのか、それとも開放する方がよいのか。将来、中国政府は判断を迫られる。企業経営者は協調すべきか、対立すべきかの二分論で判断すべきではない」
「米中貿易摩擦が激しくなり世界中で保護主義が台頭している。しかし長い目でみれば一時的な波だと考えている。それだけグローバル化は逆戻りできない状態になっている。中国は日立の連結売上高の11%を占める。高齢化が進むなか医療データを活用したヘルスケア事業で貢献できる」
――情報が瞬時に国境を越えるデジタル時代に、グローバル化はどう形を変えますか。
グローバル化は次のフェーズに移る。先進国で起きたことが時間をおいて新興国でも起きるという見通しに基づいた『タイムトラベル戦略』は通用しなくなるだろう。先進国と新興国が同じ情報インフラでつながり、情報が質量とも平準化するからだ」
「もちろん新興国に成長余地があるのは変わらない。しかしモノやサービスの在り方を新興国から学ぶ『リバース・イノベーション』も多くなるかもしれない」
――連結売上高の半分は海外ですが、市場への浸透度合いは物足りない気がします。
「まったく不十分だと思う。18年は真のグローバル企業に進化する年にしようとハッパをかけてきた。来年から始まる3カ年の中期経営計画に向け、各ビジネスユニットにグローバル企業になるための道筋を定義するよう指令を出している」
M&A(合併・買収)で事業規模を大きくしてもいいし、世界シェア首位の製品を創出するのでもいい。本格的にデジタル社会が到来する前にグローバルに事業展開できる足がかりを築き、世界中で企業ブランドが認知されるようにしたい」
――グローバル競争の中で20年後の日立の姿をどう描きますか。
「日本企業という従来の殻を破る。社長に就任した直後、多様な部門、地域を抱える日立グループで『自律分散型グローバル経営』を導入するという目標を掲げた。人材や研究開発施設、知財をグループの共有資産として管理しながら、営業など顧客と触れ合う部門は担当地域の課題解決をそれぞれ考える。これがグローバル化に応じた経営のかたちだと思う」

■感性磨き、AIを「使う」

――AIが人の仕事の場を奪うという見方があります。
「AIが人間を超える『シンギュラリティ』は起こらないはずだ。すでに計算、検索能力ではコンピューターが人をはるかにしのぐ。社会のニーズをくみ取る共感力、問題解決のために何が必要かを探る提案力はAIには担えない。人間のために、何をつくり上げるのかを決めるのは人間だ」
「人間はこれまで以上に感性が求められる。人の幸せとは何か。その実現にどのような価値を創造すべきか。歴史や文化、芸術などを幅広く学び、感性を磨くことが何よりも大事になる。仮想現実(VR)技術が発達すれば、1700年代後半のパリや江戸を体感できるようになるかもしれない。デジタル新技術も感性を磨く助けになる」
――米アップル創業者の故スティーブ・ジョブズ氏のような創造型の人材を日立は輩出できますか。
「限界がある。世界が驚くイノベーションを生み出せる人材を育てるのは並大抵ではない。日本人だけでイノベーションを起こすのも、もはや無理がある。社内のダイバーシティー(多様性)を推進して、異なる感性を持つ海外人材と一緒に取り組む必要がある。活力のあるスタートアップ企業との連携も重要だ」
「働き方にも変化が必要になる。日立は国内社員の大半が自宅やサテライトオフィスで勤務できるテレワークの体制を整えている。硬直的な『会社勤め』のかたちを変えることで、新しい発想が生まれてくるかもしれない」
――従業員の流動性の低さも日本企業の活力を奪っていませんか。
流動性は高めるべきだ。そのためには報酬制度を変えなければならない。仕事の役割の重さや個人の成果で報酬を決める評価制度への移行を進めている。会社への忠誠心の持ち方も変わるべきだ。長く在籍しているから忠誠を誓うのではなく、『社会貢献の在り方に共感できるから日立にいる』という人材が集まる企業になれればいい。私は41年間、日立一筋で勤めてきたが、今の社会の変化をみて、素直にそう思う」
■聞き手から 「自前主義」捨て生き残り
 「先端技術では中国企業に追いつかれる懸念はない」。10年前、国内自動車メーカーの技術者たちは口をそろえた。いま、電気自動車(EV)の基幹部品となる電池で中国製が世界を席巻し、中国では約60社の新興EVメーカーがしのぎを削る。
 東原氏が語るように、人工知能(AI)などデジタル技術の進展で製造業のあり方が大きく変わりつつある。大量のデータと自動生産の技術を組み合わせれば、簡単にモノが作れる。単純なものづくりでは付加価値を生み出しにくい。
 日本の製造業が自分たちの価値を見つめ直す分岐点だ。トヨタ自動車の「カイゼン活動」など効率生産で知られた国内製造業の「不敗神話」はすでに過去のものになった。品質という信頼すら揺らぐ。
 2017年から立て続けに明らかになった素材や機械、自動車業界での品質不正は決して偶然ではない。背景には人材不足による現場力の低下がある。熟練の技術者が減り、生産現場が自発的に品質を維持する力が目減りした。研究開発の国際競争力も下がった。
 この10年、新興国市場では常に日本製品の「高価格・過剰性能」が取り沙汰されてきた。消費者が本当に求めているモノは何か。市場と工場が一体でつながるデジタル化の到来は、従来の供給者目線を改め、消費者のニーズをくみ取ったものづくりに転換する契機になる。
 デジタル化のなかで生き残るには条件がある。一つは根強い「自前主義」からの脱却だ。1社では変革に対抗できない。他の企業や研究機関との協業が不可欠だ。国内の主要製造業の自己資本利益率ROE)は8%強で、米国の18%、欧州の13%に見劣りしている。
 欧米や韓国に比べて遅れた業界再編や不採算部門のリストラ、スタートアップ企業の育成など産業の新陳代謝も進める必要がある。新たな価値を生み出すためには、過去の実績やしがらみにとらわれない経営が求められる。
(堀田隆文)