権力の味 解散の苦み
権力の味 解散の苦み
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2018/12/9 2:00
日本経済新聞 電子版
首相としての権力はどんな味がするのか――。安倍晋三首相は11月22日、ロシアのタス通信のインタビューで聞かれて答えた。「首相とか大統領とか、権力の座に就いたものにしか味は分からない。蜜の味と期待する人がいるかもしれないが、残念ながらそんな味はしない。苦い味で、苦さはレベルを上げていく」。甘い蜜ではないらしい。
自分のめざす国づくりができる醍醐味はあるだろう。だが、それよりも強く感じる「苦さ」とは、どういう意味なのか。「決めるべきことを決めないといけないからね」と首相は周辺に語る。
消費税率の引き上げ、外国人労働者の受け入れ拡大、北方領土問題の解決……。首相として決断を下す政策はすべての国民に受けるわけではない。外交で歩み寄ろうとすれば、反発も出る。持っている権力が大きいほど責任は重くなる。
2012年12月に再登板してから約6年。宿願の憲法改正に向けた動きがあまり進んでいないことも苦悩の種になっている、と親しい国会議員はみる。
「権力欲が悪いというわけではない。自分の理想や考えを実現しようとすれば、その実現に必要な権力が伴わなければ駄目です。しかし1度権力を持つと、さらなる権力が望まれる。ここら辺でもういいのだ、というその限度がなくなるということもある」
安倍政権のリスクは慢心に潜む。首相は「就任した時の初々しさを忘れてはいけないと思っている」と漏らす。権力の苦さを感じ取ろうとし、甘い蜜に溺れないよう戒めているようにも見える。
世界では権力を自らに集中させようとするリーダーが目立つ。
中国政府の高官から「中国は国土が広く、貧富の格差は大きい。難題が押し寄せ、最高指導者は心労が多い」と聞いたことがある。米国との貿易戦争は一時休戦になったが、波乱含みだ。景気の減速も懸念される。失政と見られれば、「1強」であるがゆえに批判は自らに向かいかねない。
「真の力とは……この言葉は使いたくないんだが……恐怖だ」。米ジャーナリスト、ボブ・ウッドワード氏の『FEAR 恐怖の男』によると、トランプ米大統領は就任前の16年3月にこう述べた。恐怖を抱かせて、譲歩を引きだそうとする。権力には実際に発動しなくても脅しやけん制に使える効果もある。
首相の権力の源泉は人事、予算、そして衆院解散だ。けん制としては解散カードが威力を発揮する。
自民党総裁としての任期は21年9月まで。来年夏の参院選を乗り切っても、残る任期が短くなるにつれ求心力が落ちるのは避けられない。衆院議員の任期満了は21年10月なので、解散しないままポスト安倍にバトンを渡すこともできるが、自分の手で解散しないと思われればレームダック(死に体)に陥りやすくなる。
解散をするのか、しないのか。するとすればいつなのか。難しく苦い味の決断を迫られるかもしれない。(佐藤賢)