原発被災者の「証言」だけの映画「福島は語る」公開へ

原発被災者の「証言」だけの映画「福島は語る」公開へ

「言葉の力に賭けてみた」と語る土井敏邦監督(慶田久幸撮影) 「言葉の力に賭けてみた」と語る土井敏邦監督(慶田久幸撮影)
 東日本大震災から間もなく丸8年。東京電力福島第1原発事故の被災者14人の証言だけを集めた、3時間に及ぶ異色の長編映画「福島は語る」が来月2日から、都内で劇場公開される。4年にわたって製作してきた監督の土井敏邦さん(66)は「証言者の思いを記録に残そうと考え、言葉の力に賭けてみた」と語る。(慶田久幸)
 冒頭、原発事故で子供を連れて自主避難し、夫と別居を続ける母親が、夫婦の仲がうまくいかなくなったと語り出す。話が進むうちに、とめどなく流れる涙。その顔をアップで淡々と映し出す。

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 撮影は平成26年に始まった。避難指示が出された飯舘村大熊町などの住民、周辺からの自主避難者らを紹介してもらい、収録者は100人近くに上った。その中から選んだ14人に共通するのは、原発の問題ではなく、人間や自分自身を語っていることだという。
 土井さんは1人で取材する。三脚の上にカメラを固定し撮影を続け、内面の変化をとらえる。
 石材業を営む男性は、跡継ぎの次男が将来の希望を失って体調を崩し、亡くなるまでを、遠い目をしながら客観的に語るのが印象的だ。
 「息子さんが亡くなる前から取材を続けてきたが、つらいだろうと1年3カ月の間、取材を遠慮していた。思いをはき出さずにいられない男性と、聞こうとする私のタイミングがぴったり合った撮影だった」

 会津若松市に避難する小学校の女性教諭は、14人の中で唯一、映像では笑顔を絶やさない。
 ある年の3月11日、避難してきた児童らを車に乗せて校外へ連れ出したと語り始める。コンビニでアイスを買って食べながらあちこちドライブして、女子児童が「初めて震災の日に泣かないですんだ」と話したと伝える。
 「顔は笑っているが、本当は笑っていない。ここに彼女の悲しみを見るんです」
 14人の語りをつなぐのは美しい四季の福島の自然だ。そして、10年来の友人である俳優、高橋長英さんが朗読と題字を手弁当で担当してくれた。

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 土井さんは長年、パレスチナで取材しルポルタージュを書き続けてきた。1993年、知人に勧められ家庭用ビデオカメラを持参し、映像の力を知った。
 「人の表情は言葉では表せないが映像ならできる」
 やがてドキュメンタリー映画の製作を始めた。飯舘村を訪れたとき「故郷を失った被災者にパレスチナの民の姿を重ねた」という。
 実は昨年、5時間半に及ぶ長編版を完成させた。だが、関係者から「劇場上映には長い」と言われ、泣く泣くカットし、今年の震災の日に合わせたそうだ。
 「東京五輪前に完成させたかった。復興をうたいながら、福島を置き去りにする日本社会にぶつけてやろうと思った」
 その一方で、「3・11に1週間上映しても何も変わらない。でも、50年後に意味を持つかもしれない。歴史の記録として残したい」と意義を語った。
 都内の上映予定は、3月2~15日、新宿K’S cinema(2、3両日、土井さんのトークあり)▽9日から渋谷ユーロスペース(9日、同)▽11日のみアップリンク吉祥寺。詳しくは公式サイト(http://www.doi-toshikuni.net/j/fukushima/)。