火星よりも遠い場所?地球の海底地形を解き明かせ!!

火星よりも遠い場所?地球の海底地形を解き明かせ!!

2018.02.26 #海底地形, 深海

人類は、月や火星に探査機を飛ばし、すでにほぼ100%の詳しい地形図を手に入れたといわれます。ところが、足元の地球については、まだまだわかっていないことが多いのです。問題は海です。地球の総面積の3分の2を占める海は、詳しい海底の地形がわかっている範囲が、わずか15%ほどしかありません。この海底地形を2030年までに100%解明しようという野心的なプロジェクトが発足しました。
いまなぜ海底地形図が求められているのか。そして、人類が100年以上をかけても進まなかった解明を、どのように成し遂げようとしているのか、取材しました。

立ち上がった国際プロジェクト
「Seabed2030」と名付けられたこのプロジェクトは、海に関わるさまざまな活動を支援している日本財団と、海底地形図の作成を手がける国際組織「GEBCO指導委員会」が共同で立ち上げました。GEBCOというのは、国際水路機関=IHOとユネスコ政府間海洋学委員会IOCによる事業として作られ、公表される海底地形図の名前です。2月20日、両者は東京で記者会見を開き、プロジェクトの狙いや活動内容を明らかにしました。
会見する日本財団笹川陽平会長
まず気になるのは、今なぜ全地球上の海底地形図づくりを進めるのかという点です。
海底地形図の重要性が改めて注目されるきっかけの1つは、2014年に乗客乗員239人を乗せたマレーシア航空の旅客機が、北京に向かう途中に消息を絶ったことでした。旅客機は、南シナ海の上空で消息を絶ち、その後、インド洋に墜落したと見られていますが、この地域に詳しい海底地形図はなく、捜索は地図作りから始めなければなりませんでした。いまだに旅客機は見つかっていませんが、調べてみると、海底からは2000メートル級の山や谷が次々に見つかり、私たちの知らない海底の姿が明らかになったのです。
マレーシア航空機の捜索で調査されたインド洋の海底地形データ(日本財団提供)
重要性を増す海底地形図
プロジェクトによると、私たちが、さまざまな形で海と関わり利用する上で、もっとも基礎となるデータが海底の地形図だと言います。
石油や天然ガスをはじめ、ここ数年、日本の近海を含めた深海で相次いで見つかっているレアメタルなどの海底資源の開発を行うには、まず海底地形を調べ、探査に適した候補地点を選び出しています。
また、海底は魚などの海の生物が生息する生態系を形作っています。環境の変化によって、生態系や水産資源の分布にどのような変化が生じるかを継続して調査するには、詳しい海底地形を把握しておくことが欠かせないと言います。
さらに、コンピューターシミュレーションの発展で、防災や気候変動の研究にとっても重要な情報になっています。津波の伝わり方や速度などは、海底の地形に関係していることが分かっています。しかし、インド洋など大地震を経験した地域でも、海底地形はほとんど分かっていないため、正確な予測を行う上での障害になっているといいます。
また、地球の気候には深海を流れる冷たい海流が深く関係していると考えられていますが、どのように影響を及ぼすのか、詳しい仕組みについては謎が多く、海底地形を踏まえた詳しい研究が期待されています。ほかにも、地球温暖化によって氷河が溶け出し海面が上昇する影響を予測する際などに、海底の地形と水温の変化の関係が調べられていて、今後その役割はいっそう大きくなるとみられているということです。
グリーンランドの氷河周辺の海底地形 左は調査前、右は調査後
解明が進まない背景に各国の利害も
実は、海底地形図の作成には長い歴史があります。その始まりは20世紀初頭。1903年に最初の海底地形図づくりが始まりました。海洋学に深く傾倒していたモナコ大公のアルベール1世の呼びかけがきっかけでした。技術の進展とともに、海底地形図は次第に精密になっていき、日本など詳しい測量を重ねている地域では今やデジタル化されたデータが誰でも利用できるようになっています。
日本周辺の海底地形図 左は1905年の第1版 右は2014年のデジタル版
しかし、100年以上を経てもなお、精密な調査に基づく海底地形図が作られている範囲は地球上の海の表面積のおよそ15%にとどまっています。調査を行うための人材や資金の不足に加え、各国の領海や資源開発の権利を持つ排他的経済水域のデータは、戦略的に重要な情報で、潜水艦の航行など、軍事的にも利用される可能性も懸念されることから、国際的に共有する動きが進んでこなかったのです。
このためプロジェクトでは、世界の海を①北太平洋北極海、②大西洋とインド洋、③南太平洋と西太平洋、④それに南極海の4地域にわけて、それぞれに地域センターを設置し、各国政府や調査機関、タンカーなどを運行する企業などにデータの提供を要請することにしています(下図参照)。その際、データの提供にあたっては機微な情報を伏せるため、精度を粗くするなど一定の譲歩をする可能性も検討するとしています。
プロジェクトの地域割り(日本財団提供)
未調査の地域で調査支援も技術的な課題が
また、調査の行われていない地域で新たに調査を行うための支援を行うことにしています。その際、大きな課題になるのが、調査にかかる膨大な時間とコストです。特に水深数千メートルの深海では、海面から通常の測量に使うソナーを使って地形を調べても、非常に粗いデータしか得られません。そのため、狭い範囲を、時間をかけて移動しながら調べる必要がありますが、調査には最新鋭の機材が必要で使える船が限られているほか、何人もの調査員を長期間働かせる必要があるのです。GEBCO指導委員会の谷伸委員長によると「未調査の海域を1隻で調査しようとすれば、65000日、つまり200年ほどかかる計算だ」と話し、その難しさを説明します。
GEBCO指導委員会の谷伸委員長
そこで、今回のプロジェクトでは、調査を大幅に効率化する技術革新も進めることにしています。すでに複数の大学やベンチャー企業などの支援に乗り出していると言うことですが、さらに、技術革新の大きなチャンスと期待しているのが、アメリカのXプライズ財団が開催する深海探査レースです。
レースはことし10月に行われ、24時間で東京ドーム5000個分を超える250平方キロメートル以上を探査し、海底の地形図を作成します。優勝チームには4億円を超える賞金が贈られるというビッグイベントです。レースに使われるのは無人の探査ロボットです。これまでの技術では、1日に探査できる範囲は10平方キロメートルほどで、レースの課題をクリアするには能力を従来の10倍以上に高める必要があります。
Xプライズ財団のプロモーション映像より
チームKUROSHIOの戦略
日本のチームKUROSHIOの探査ロボット
日本からは東京大学海洋研究開発機構、それに民間企業などで作るチーム「KUROSHIO」が参加していて、3機の探査ロボットを同時に展開するシステムで課題に挑みます。探査は出航から帰港まですべて自動で行われます。目標の海域まで船の形をした別のロボットで運ばれた探査ロボットは、センサーを使って障害物を避けながら、みずから進む方向を決めて自律的に探査を進めるのです。。そして、海底地形の測定や撮影を行ったあと、再び船の形をしたロボットが探査ロボットを回収し帰港します。
KUROSHIOの開発したシステム(チームのHPより)
チームでは、探査ロボットのバッテリー消費を抑えるため、機体やプロペラを水の抵抗を減らす形に改良し、従来8時間程度だった稼働時間を大幅に伸ばしました。チームによりますと、3機の探査ロボットを連動させるシステムは、世界的にも前例がなく、実現まで10年以上かかると考えていたということですが、大会をきっかけに企業などから多くの研究資金が集まり、短期間で実現出来たということです。
KUROSHIOのメンバー
夢の結実には多くの参加が鍵
10年あまりで全海底地形図の完成を目指す今回のプロジェクトについて谷委員長は、「私たちにとって長年の夢に一歩を踏み出すことができた」と話す一方、実現は容易ではないとも言います。プロジェクトでは、世界の海運会社が所有するタンカーの船や、ヨットなどのレジャー用の船が、世界の海を航行する途中に海底の地形データを収集し提供してもらう「クラウドソーシング」と呼ばれる手法にも期待しています。会見でも関係者が口をそろえていたのは「みなさんがこの取り組みを重要だと理解してくれて、参加してくれることが成功の鍵だ」ということでした。
2030年、私たちが見る地球の海底はどんなものになっているのでしょうか。壮大な挑戦が始まりました。
科学文化部記者
大崎要一郎
平成15年入局。平成20年から報道局科学文化部。主に原子力や科学分野の取材を担当。平成27年から2年間は福島放送局で原発事故の取材をしていました。現在は天文や海洋、先端科学など幅広く取材しています。