地下に巨大生命圏 過酷環境に適応、他惑星探査に希望

地下に巨大生命圏 過酷環境に適応、他惑星探査に希望

コラム(テクノロジー)
科学&新技術
2019/3/2 6:30 日本経済新聞 電子版
地球の地下深くで非常に多くの微生物が生きていることが、最近の調査で分かってきた。活動量を極限まで落とし、過酷な環境に適応しているという。太古の地球で誕生した生物の姿をとどめているとみられる。その量は、地表や海中の全生物にも劣らない規模だ。他の惑星でも同様に生物を見つけられる可能性を示し、探査研究にも希望を与えている。
地下深部に生命を探る国際共同計画は「深部炭素観測」(DCO)といい、世界の数百人の専門家が加わり2009年に始まった。海洋研究開発機構の稲垣史生上席研究員はDCOの共同代表を務める。18年8月に米ボストンで開かれた会議に出席したときはこれまでに見つかった様々な微生物の報告が相次ぎ、会場は熱気に包まれた。「海と地表に続き、第3の生物圏があることがはっきりし、ワクワクした」と振り返る。
稲垣上席研究員らは青森県八戸市沖を探索した。水深約1100メートルの海底からさらに約2500メートル掘り進んだところで微生物の活動を示す証拠を見つけた。生息数を推定すると1立方センチメートルあたり100個以下。少ないものの、セ氏約60度の高温下で生きる微生物がいると確信できた。
実際に海底から地下約2000メートルの地点で微生物を発見。地上で培養してみると、メタン生成菌だと判明した。生息数は同2500メートル地点に比べ100倍以上多かった。
DCOでは陸の地下も探索し、豊富な微生物圏を見つけている。例えば、南アフリカの金鉱脈の地下2000メートルを超えた地点で微生物を発見した。金鉱脈には亀裂が多く、隙間にたまった水の中で微生物が生き残っていた。
またカナダの地下では太古の時代からあまり外気と触れていない水が見つかっている。水に含まれる炭素の年代を調べて約27億年前の水であることが分かった。炭素を詳しく分析すると、生物がすんでいたらしい痕跡も見つかった。海洋研究開発機構などの研究チームが現在、生物が今も生きていないか調査中だ。もし見つかれば、約27億年前の微生物の姿をとどめているかもしれない。
DCOとは別に、日本で微生物を探す研究者もいる。東京大学の鈴木庸平准教授らは、岐阜県瑞浪市にある地下の坑道に目を付けた。
ここの地下300メートルの地層は、マグマが冷えて固まった花こう岩でできている。内部に鉄分や有機物が残らず、これまでこの地層では生物を見つけられないと考えられてきた。しかし鈴木准教授らは、花こう岩の亀裂には地下水がふんだんにあり、メタンや硫酸なども豊富に含んで、生物が生息しているかもしれないとにらんでいる。
坑道で採取した地下水からは生物の痕跡とみられる遺伝子断片が見つかった。微生物の量を試算すると、1ミリリットルあたり約10万個と現在の海水にいる微生物と同じ水準になった。鈴木准教授は「地下にも地上と同じ豊かな生命環境が存在する」と指摘する。
地下深部に生息する微生物はどれくらいいるのだろうか。DCOは「10の29乗個」と推定している。炭素の量に換算すると約150億~230億トンに達し、これは人類全体の炭素量の100倍以上になるという。ただ細菌が中心で、その種類も地上よりは少ないと考えられている。
地下深部に気体の酸素はほとんどなく、有機物などの栄養源も乏しい。極めて過酷な環境でどうやって生きているのかは、最大の謎だ。一部の微生物は、鉄などの金属と水が反応して発生するわずかなエネルギーを利用している。未知の仕組みがこれから見つかると期待が膨らむ。
これらの微生物は周辺の栄養源を食べ尽くさないよう、分解して体内に取り込む速度をすごく遅くした。人間の細胞より100億倍遅いという見積もりもある。エネルギーを大量に使う細胞分裂による増殖もほとんど見られず「数千年から数万年に1度しか分裂しない微生物もいる」(稲垣上席研究員)という。
専門家がこんな特殊な生物に関心を示す理由は、生命とは何か、生き物が存在する条件は何かという、根源的な課題を解き明かすうえで格好の対象となるからだ。
さらに宇宙で生命を探索する研究にとっても、勇気づけられる報告となった。特に地下にわずかでも水が残っていれば、生命が生き残っている可能性を否定できない。注目されるのは火星で、表面は不毛の地だが、ひょっとすると地下は事情が違っているかもしれないと期待を抱かせる。
DCOの成果をきっかけに地球外で生命を探索する研究がちょっと活気づいてきた。
(科学技術部 福井健人)