曲がる太陽電池、宇宙へ JAXAやリコーが開発

曲がる太陽電池、宇宙へ JAXAやリコーが開発

日経産業新聞
エレクトロニクス
環境エネ・素材
2019/3/8 6:30 日本経済新聞 電子版
NIKKEI BUSINESS DAILY 日経産業新聞
過酷な宇宙環境にも耐える使いやすい太陽電池はないか――。宇宙関係者の切実な思いに応える「ペロブスカイト型太陽電池」の開発が進んでいる。宇宙航空研究開発機構JAXA)のもとに、コピー機で培った材料技術を持つリコーなどが結集。安くて軽くて曲げられる技術の確立を目指す。人工衛星に加えて、あらゆるモノがネットにつながる「IoT」の電源としても期待が膨らむ。
宇宙空間を漂う人工衛星。電子線や陽子線など強い宇宙線が飛び交い、モノの劣化も進みやすい。この過酷な環境に耐えるため、現在は化合物半導体を使った特殊な太陽電池を搭載する。しかし、開発現場では予算の制約などから安価で使いやすい電池が求められている。そこで、JAXAが注目したのがペロブスカイト太陽電池だ。
■製造コストは10分の1に
この太陽電池はペロブスカイトという結晶構造を持つ材料を使う。一般的な太陽電池に使われるシリコンなどと同じく光が当たると電気が発生する。ガラスやフィルムなどの基板にペロブスカイト構造を持つ材料を塗り、電極をつければ太陽電池になる。製造工程が簡素なことから、製造コストは従来の衛星用の約10分の1に抑えられる見通しという。
コスト以外にもメリットは多い。シリコンは非常に硬いため従来の太陽電池を曲げようとすると割れてしまう。これに対してペロブスカイトはフィルムなど柔らかい材料でつくれるため、ロール状に巻いた状態で打ち上げて宇宙で広げるといった使い方も可能だ。重さと薄さも通常の屋根に設置するシリコン型太陽電池に比べて100分の1程度まで抑えられる見込み。打ち上げ時の重量が問題になる衛星にとっての大きな利点となる。さらに、宇宙線に当たっても劣化しにくい。
ペロブスカイト型太陽電池桐蔭横浜大学の宮坂力特任教授らが世界で初めて開発した。宮坂氏はノーベル賞候補としても名前が挙がる。JAXAが17年に宇宙利用に向けたプロジェクトを立ち上げるにあたり、桐蔭横浜大などとともに声がかかったのがリコーだった。
リコーが担うのはモジュール化と呼ばれる工程。ペロブスカイト構造を持つ材料を基板に塗るなどして太陽電池に仕上げる。通常は電気抵抗の少ないヨウ素液でペロブスカイト構造を持つ材料の周囲を満たし、電極に電子を放出するのを促す構造になる。ただ、ペロブスカイトは有機溶媒に弱く、1日も持たずに劣化して発電効率が落ちてしまう。液漏れの可能性があるため取り扱いが難しく、安全性にも課題があった。
そこで、ヨウ素液の代わりに酸化チタンなどの固体材料を使うことでペロブスカイトの劣化を防ぎ、取り扱いを簡単にする可能性を探った。ここに、「コピー機の感光体の材料技術が生きた」とリコーEH事業センターの田中哲也所長は話す。
感光体は光を当てて電荷を発生させることで画像をつくり出す。太陽電池とメカニズムが似ている。リコーはこの技術を生かした新規事業の一環として、「色素増感型」と呼ばれる次世代太陽電池の開発を進めてきた。色素増感型は発光ダイオード(LED)などの室内光でも発電できる。リコーは電解質の添加剤を工夫することで電気抵抗を制御する仕組みを開発。世界で初めて全固体型の色素増感型の太陽電池の開発に成功した。
■課題は大面積化
ペロブスカイト型の開発にあたっては構造が似ている色素増感型で培った技術を応用。劣化のスピードが遅くなり、数カ月間は発電効率が維持できるようになった。今後はさらなる長寿命化を目指している。
ペロブスカイト太陽電池を電源とするセンサー
ペロブスカイト太陽電池を電源とするセンサー
研究は着実に進んでおり、大きさも当初は数ミリメートル角までだったが、基板への塗布方法を見直すなどしたことで、現在は数センチメートル角までつくれるようになった。ただ、実際の人工衛星では1メートル強の太陽電池を使う場合が多い。開発に携わった堀内保シニアスペシャリストは「今後はどうやって大面積化を進めるかが課題」と話す。
IoTの普及で生産機械などにセンサーを取り付ける動きが広がるなかで、課題とされているのが電源の確保だ。現在はボタン電池などを使っているが、身の回りのエネルギーを電気に換える「エネルギーハーベスティング」の1つとしてペロブスカイト型太陽電池が注目されている。すでに多くの企業や研究者が民生用としての研究も進めている。海外では変換効率が20%を超えた事例もあり、シリコン型と遜色ないレベルまで向上しているという。
リコーは温度変化の大きい宇宙空間でも使えるまでに耐久性を磨けば、将来的に民生用として実用化する際にも大きなセールスポイントになるとみる。
シリコン型の太陽電池はかつて日本企業が世界シェアの上位だったが、いまでは大量生産で低価格化を進めた中国企業が市場を席巻している。ペロブスカイト型で日本勢がいち早く実用化すれば、太陽電池分野での復権が見えてくるかもしれない。
(企業報道部 花田幸典)