アマゾン攻略、ウォルマートが仕込む秘密兵器

アマゾン攻略、ウォルマートが仕込む秘密兵器

ウォルマートが赤字覚悟のサービスで見据える小売りの未来とは

 最近のある朝、マンハッタン南部の職場に着いたエピファニー・デービス氏は携帯電話をチェックし、ニューヨークの富裕層からテキストメッセージで指示された品物を買いに行った。
 倉庫のような本社から徒歩で食品店に行き、「スマーティパンツ」ブランドの子供用ビタミン剤を買おうとしたが品切れだった。携帯で何度も道順を確かめながら歩き、食料品店で「ギタード」のミルクチョコレートチップを1袋買った。「ネスプレッソ」の店でコーヒーカプセルを3箱買うために地下鉄に乗り、その足で高級百貨店ブルーミングデールズに行って「エムジーウォレス」の紺色のバッグパック(245ドル)を受け取った。
 デービス氏が働いているジェットブラックは母親を顧客ターゲットにした買い物代行会社で、ウォルマートが昨年夏に立ち上げた。同社がこの分野に新規参入したことは驚きを持って受け止められた。年会費は600ドル(約6万6000円)でテキストメッセージで買い物(生鮮食品を除く)を依頼できる。ニューヨーク市には数百人の会員がいるという。会員はウォルマートからの勧誘か既存会員の紹介を通じて入会する。
 会員からの注文が集まるジェットブラックの本社では、コンピューターの前で数十人が対応に当たっている。おむつの再注文を受け付けたり、ベビーベッドやオーガニック菓子、ヨガウエアについて提案したりといった具合だ。購入担当者が注文の品を入手してマンハッタン南部の拠点に戻ると、それらは黒い包装を施されて会員に直接届けられる。通常は当日中の配達だ。
 労働集約型のこの事業は赤字だ。しかし、少なくとも当面の目的は利益をあげることではない。
マンハッタン南部のジェットブラック本社で顧客対応する従業員
マンハッタン南部のジェットブラック本社で顧客対応する従業員 Photo: Kevin Hagen for The Wall Street Journal
 ウォルマートの幹部らは、エスカレートするアマゾン・ドット・コムとの戦いでブラックジェットが強力な武器になると見込んでいる。ウォルマートとアマゾンは、オンラインへの移行が進む買い物客を奪い合っている。
 アマゾンは有料会員サービス「プライム」で戦局を一変させた。119ドルの年会費(米国)で2日以内の配達サービスなどを受けられるプライムは、世界で1億人超が利用している。ウォルマートは全体的な売上高ではアマゾンをしのぐもののオンラインでは劣勢に立たされており、プレゼンス拡大を目指して戦っている。
 ウォルマートは、労働集約型のジェットブラックを使って人工知能(AI)システムを訓練しているのだ。AIが自動で個人向け買い物サービスをさばく日がいずれ訪れるかもしれない。ジェットブラックのジェニー・フライス最高経営責任者(CEO)によると、検索バーが消え、音声デバイス経由での買い物が増える日にウォルマートは備えているのだ。
 「それは将来のテクノロジーだと思う。いま皆がしていることではない」とフライス氏は語る。会員制の衣料品レンタル会社レント・ザ・ランウェイを共同創業した経験を持つ同氏は、システムがおおむね自動化され、人に頼る度合いが減るまでに5~7年かかる可能性があるとみている。「道のりは長い。そして私たちはそうなることに気づいていたと思う」
買い物代行するジェットブラックのエピファニー・デービス氏
 アマゾンの年間売上高は、ウェブサービスを含めて2330億ドルだ。ウォルマートの年間売上高は5140億ドルと小売業界で世界最大だが、電子商取引(Eコマース)事業の割合は小さい。
 ジェットブラックはウォルマートのオンライン投資の中では小規模だが、富裕層を引き付け、ハイテク対応の評価を高めようとする同社の賭けとしては最も大きい部類に入る。
 ウォルマートはジェットブラックを主に、AI・音声ショッピングに関するリサーチの軸とみている。フライス氏は、ジェットブラックの一部を「より広範なエコシステムに極めて簡単に応用できる可能性がある」と述べる。ジェットブロックのソフトウエアは受注担当者の効率を高めるために学習しており、テキストメッセージの多くで使う言語を既に提案している。
 ジェットブラックのゴールは、そうしたやり取りを通じてコンピューターのアルゴリズムが、人間のように機微を察しながら機械のように効率よく対応する方法を学ぶことだ。
 現時点では、会員とのやり取りでは人間の担当者がテキストメッセージを送信したり、おすすめ製品を調べたりする必要があると同社関係者は話す。
アマゾン攻略、ウォルマートが仕込む秘密兵器

 ウォルマートのEコマース事業を率いるマーク・ロアー氏は、ウォルマートが2016年に同氏のEコマース新興企業ジェット・ドット・コムを買収する前にジェットブラックのようなサービスを思い描いていた。 ジェット・ドット・コムは、ウォルマートのサイトでは販売されないような高級ブランドの製品など、都市部の買い物客にアピールする製品を販売している。

 関係者らによると、ロアー氏は顧客が言葉にした品物を迅速に配達するサービスという発想に魅了されていた。
 元従業員らによると、ロアー氏は遅くとも2017年には、アマゾンの「エコー」やグーグルの「ホーム」に似た音声デバイスをジェットブラックのブランドで構築するよう幹部に提案していた。試作品の1つはエコーのような円柱形だったという。ロアー氏はコメントを控えた。
ウォルマートのEコマース事業を率いるロアー氏(左)とジェットブラックのフライスCEO
ウォルマートのEコマース事業を率いるロアー氏(左)とジェットブラックのフライスCEO Photo: Getty Images for Jetblack
 ジェットブラックはこの音声デバイスも検討したが、当面はテキストメッセージ式の方が使いやすいと判断した。「顧客も準備できておらず、音声が魅力的だと感じなかった」ためだ。
 ジェットブラックの会員になっているジュリア・ルクレアさんは「夜ベッドで横になって何かを考えている時は、アマゾンに行って検索するのではなくテキストを打つ」と話す。
 ルクレアさんは高級衣料品サイトの共同創業者で1歳になる娘がいる。これまでに、子供用カップのお勧めを聞いたり、娘の誕生日パーティーの計画で助けを求めたりした。ジェットブラックはテーマやデコレーションや記念品を勧め、注文をかけた。
 「回答の一部はロボットによるものだと言われるかもしれない。でも違うと思う」とルクレアさんは語る。午後11時過ぎにテキストメッセージを送ると「ロボットにも美容のための睡眠が必要です。朝にお答えします!」と返ってくるからだ。
 ウォルマートは、人が働いていない夜間には自動のテキストを使っていると述べた。
 同社の元幹部によると、ジェットブラックはアマゾン・プライムから消費者をひきはがすために試した最初の試みだ。「当初の兆候を見ると持続的な効果がありそうだ」という。
ジェットブラックのエピファニー・デービス氏
ジェットブラックのエピファニー・デービス氏 Photo: Kevin Hagen for The Wall Street Journal
 ロアー氏が昨年9月に語ったところでは、ジェットブラックは手軽なサービスのために購入の頻度が高まり、会員の購入額は1週間で平均300ドルに達している。「私たちは徐々にそれを強化している」と同氏は語っていた。
 フライス氏によると、平均的な会員の購入品目は1週間に10品目を超えている。広報担当者は1週間当たりの平均支出が昨年9月時点から増えたと述べたが、具体的な金額やウォルマートから購入される商品の数は明らかにしなかった。
 広報担当者によると、よく注文のある品物はニュージャージーにあるウォルマートの店舗やジェット・ドット・コムの倉庫にストックしてある。ニューヨーク市内にはウォルマートの実店舗はないからだ。ジェットブラックは注文品を集めるスピードを速めるため、ブロンクス地区にあるウォルマートの新しい物流センターを使い始める計画だ。

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 関係者らによると、ジェットブラックの従業員はまずウォルマートや傘下企業で製品を買おうとするが、会員が望めばどの小売業者からでも購入する。一例がアマゾンだ。従業員たちはジェットブラックのプライム・アカウントを利用している。