ボーイング737MAX、見えてきた過ちの構図
ボーイング737MAX、見えてきた過ちの構図
巨大航空機メーカーが陥った危機の中心にあるシステムはどう開発されたのか
米ボーイングは主力モデル「737」の再設計を迅速かつ円滑に進める必要があった。そのため、当局による厳しい審査が少ない道筋を探し求め、パイロットに義務付ける訓練を可能な限り少なく抑えて最大の顧客に応えた。
現在、多くのパイロットは「737MAX」でボーイングが下した判断の結果、新機能について知らされないことになったと話している。計346人が死亡した737MAXの2回の墜落では、1回についてこの新機能の誤作動の可能性が示唆され、もう1回にも新機能が絡んだ可能性があるとして調査されている。
2017年就航の737MAXを操縦するパイロットは新たな失速防止システムの訓練を受けず、マニュアルの記載もほとんど見なかった――。パイロットや業界幹部らはこう話す。失速防止システムの起動に使われるセンサーが誤作動を起こした場合に知らせるコックピットの警告灯は、大半の機材に搭載されていなかった。昨年10月のライオンエア610便墜落の原因とみられている問題を再現できるシミュレーターへのアクセスもなかった。
今月のエチオピア航空機の墜落を受け、737MAXの市場投入を急ぐボーイングがその設計と技術を過信していた構図が浮かび上がっている。特に、機体の安全を高めるはずの自動失速防止システムを信用し過ぎていた実態が、安全専門家や業界幹部、同社の元従業員や元当局者への取材で分かった。
ボーイングによる再設計の進め方、そして何が間違っていたのかについては幾つもの疑問が残ったままだ。米司法省や他の連邦政府機関は、ボーイングが737MAXを安全審査に合格させるために不完全ないし誤解を招く情報を提供したかどうかを調べている。
エチオピア当局者は予備的調査の結果を明らかにしていないが、複数の当局が2機の墜落に類似性があると指摘している。エチオピア航空のテウォルデ・ゲブレマリアム最高経営責任者(CEO)は、失速防止システム「MCAS」が事故に関連していたようだと述べている。
就航中の737MAXの一部に可能な限りすべての安全機能が装備されていなかったことにボーイングが気づいていた兆候もある。
How the 737 MAX Became Boeing’s Fastest-Selling Plane
コックピットの警告灯
最初の墜落から約1カ月後の11月27日、アメリカン航空のパイロット労組を率いるダン・キャリー氏は、ボーイングの幹部マイク・シネット氏から、ライオンエア機が見舞われたような問題を経験することはないとの説明を受けていた。というのも、アメリカンはパイロットに問題を知らせるコックピットの警告灯を有償で追加していたからだ。ライオンエアを含む他の多くの航空会社の737MAXには、その警告灯はなかった。
キャリー氏によると、シネット氏は「これはあなた方には起きなかっただろう」と述べた。ボーイングの広報担当者は、シネット氏本人にはその発言をした記憶がないと述べ、取材に応じることもできないとした。
広報担当者は、新しい失速防止システムの設計・承認のプロセスで、同社は「確立され、広く認められた想定とプロセス」に従ったと述べた。ボーイングの広報担当者によると、社内で分析した結果、飛行制御システムが誤作動を起こした場合、パイロットはそれに対抗するスイッチを入れるかシステムを切ることで対処できるとの判断に至った。
ボーイングによると、FAAは737MAX承認に際し、同システムの最終設計を考察したうえで、全ての規制要件を満たしたとの結論に至った。
同社幹部によれば、平均的なパイロットにとっては同システムの情報(特に技術的データ)が必要以上に多く、消化しきれないと考えられたため、詳細を開示しないことに決まったという。
今回の問題は、ボーイングにとって過去数年で最大の危機だ。737型機は何十年にもわたってボーイングの主力事業であり、MAXはその流れを継ぐと期待されていた。だが現在、737MAXは全て運航が止まっている。
ボーイングは燃費に優れたモデルを提供して最大の競争相手であるエアバスから市場シェアを守るため、737MAXを必要としていた。取締役会の設計承認さえ待つことなく、エアバス機を購入する寸前だったアメリカン航空に737MAXを提示した。ボーイングの取締役会が737MAXを正式承認したのは、その1カ月後だった。
ボーイングは「設計・開発・認定はそれまでの新型機および派生機の設計に対する当社の姿勢と一致していた」と述べた。
ボーイングのエンジニアは、より大きく燃費の良いエンジンを搭載するには、MAXの設計を既存737型機から変更する必要があることを認識した。機体の開発に詳しい関係者らによると、新たなエンジンは、一定条件下での飛行を従来の737型機よりも難しくした。パイロットの操縦を支援するため、ボーイングは失速防止システム(MCAS)の追加を決めた。
ライオンエア機の墜落では、センサーからの誤情報を基にした失速防止システムが繰り返し機首を押し下げた。事故の予備的調査によると、パイロットは耳障りな警報が鳴り響くなか飛行を制御しようとしたが、機体はコントロールを失いジャワ海に墜落した。
設計変更を最小限に
737MAXのコックピット機能(MCASシステムではない)の開発に携わったボーイングの元エンジニア、リック・ラドキ氏によると、同社はMAXの開発を通じて、パイロットに追加訓練が必要になりかねない設計変更を最小限に抑えようとした。訓練が増えれば、航空会社の737MAX導入費用も増えていた可能性がある。
設計変更でパイロットが追加のシミュレーター訓練を受ける必要が生じた場合、ボーイングはサウスウエストに1機当たり100万ドル支払うことを約束していた――。中間管理職らが部下にこう話していたとラドキ氏は振り返る。「私たちがそんな約束を見たのは初めてだった」
サウスエストは737MAXを280機発注している。ボーイングと同様、この問題へのコメントを控えた。サウスウエストの広報担当者は、自社がボーイングの情報に基づいて737MAXの訓練を行っており、訓練の義務を課す側ではなく課される立場にあると述べた。
ラドキ氏によると、FAAの承認プロセスもあって、ボーイングは追加訓練なしで済む変更の見極めに苦労した。
同氏や米政府当局者によれば、FAAは機体が完成するまで審査しようとせず、追加の訓練が必要になる変更とそうでない変更について段階的に指針を与えることはなかった。そのためボーイングのエンジニアには変更を最小限にとどめる圧力が強まったという。
FAAは、737MAXが同局の標準的な認証プロセスの一環として承認されたと述べている。
ボーイングがライオンエア機の墜落後に語ったところでは、パイロットは誤って機首が下がった状況に対処し、関連システムのスイッチを切る訓練を定期的に受けている。同社はパイロットのグループなどに対し、MCASシステムが従来の737型機のシステムに似た動きをすると伝えてきた。同システムの機能についても過去数年で開催された複数の航空業界会合で話し、パイロットの安全運航に必要とみられる情報を盛り込んだマニュアルを策定したとしている。
ただ、ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)が取材した多くのパイロットや安全専門家からは、実際問題として、緊急警報が鳴り響き機体が急降下する混乱のなか、パイロットが事態を把握して瞬時に対応すると期待するのは現実的ではないとの声が聞かれた。
737MAX就航前に組合誌に記事を書いたパイロットのブライアン・レスコ氏は昨年、何か大きな新システムがあるかどうかをボーイング幹部に繰り返し聞いていた。最近この問題についてレスコ氏と話した人物によると、答えはノーだった。この組合はレスコ氏からのコメントは得られないとした。
専門家やパイロット、ボーイングの元エンジニアによると、不具合があれば墜落を引き起こしかねないシステムが1つだけのセンサーに頼っているのは異例だ。2009年に起きたエールフランス447便の墜落にはセンサーの不具合が絡んでいた。凍った対気速度センサーが一連の現象を誘発し、機体が大西洋に墜落したのだ。
ボーイングの元飛行制御担当エンジニア、フランク・マコーミック氏は「飛行機にそうしたバンドエイドが必要なら、それが良いバンドエイドかどうかを確かめる義務がある」と述べた。