【オピニオン】人工肉バーガーと人類の未来

【オピニオン】人工肉バーガーと人類の未来

バーガーキングの「インポッシブル・ワッパー」(1日)
バーガーキングの「インポッシブル・ワッパー」(1日) Photo: Michael Thomas/Getty Images
――筆者のウォルター・ラッセル・ミードは「グローバルビュー」欄担当コラムニスト
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 筆者は先週、21世紀を生きていることを実感した。大手ハンバーガーチェーンのショップに入って「インポッシブル・バーガー」のセットを注文したのだ。
 インポッシブル・バーガーのパティに牛肉は使われておらず、植物由来の「ヘム」という物質によって牛肉のような風味を生み出しているという。ヘムは動物の血液にも存在する化学物質で、肉を肉らしい味にしている存在だと会社は説明している。
 実際そうなのだろう。筆者が食べたインポッシブル・バーガーは典型的なファストフードの店舗で出されるハンバーガーと同じぐらい肉っぽく、そしてありきたりなものだった。値段が高かったことを除けば、世界中で大量に消費されている本物と呼んでよいものと見分けがつかない。
 人工肉バーガーは徐々にではあるが、マスマーケットに進出しつつある。バーガーキングは定番メニュー「ワッパー」でインポッシブル・バーガーを試験販売している。 
 人工肉バーガー革命は、米国のステーキハウスにとっては脅威ではない。大豆タンパク質とヘムの組み合わせでプライムリブなどステーキの味や食感を再現するのはまだ当分は不可能とみられるからだ。
 しかし、人工肉バーガーがファストフード市場で牛肉のハンバーガーより安く売られるようになれば、気候変動に与える影響はパリ協定をしのぐ可能性がある。同協定は、世界的な平均気温上昇を「産業革命以前に比べて2度以上高くならないよう、十分に低い水準に保つ」という目標を掲げているが、うまくいっていない。批准各国が掲げている現在の自主目標では上昇幅が約3度に達すると予測されている。実際、世界のほぼすべての国が目標を達成できていないのだ。
 米国で排出される温室効果ガスの9%は農業によるもので、その3分の1近くは環境保護局(EPA)がかしこまって「腸内発酵」と呼ぶもの、平たく言えば牛のげっぷやおならによるものだ。もしインポッシブル・バーガーやその他の試験的な代替肉が消費者に根付けば、二酸化炭素排出量は減るだろう。環境活動家が遺伝子組み換え植物への自滅的な反対を撤回すれば、二酸化炭素排出量はさらに減るはずだ。化学肥料や殺虫剤の使用が少なくて済むよう遺伝子操作された大豆は、環境への負荷をさらに減らしつつ、人工肉の生産を増やすことができる。
 テクノロジー楽観主義者(テクノロジーが絶えず進化することで生活水準は改善し、世界がより良い場所になると考える人)に1ポイントだ。経済学者トマス・マルサス人口論を唱えてから221年が過ぎた。マルサスは、生活水準は上がり続けるだろうが、急激な人口増で経済成長の恩恵が食いつぶされると主張した。人工肉バーガーは、自動運転車や次世代グラフェンバッテリーといった他のイノベーションと同様、マルサスの予想がなぜ多くの場合で間違っているかを思い出させる。資本主義によってさまざまな法則が変わり、定常状態を基準にした予想を時代遅れなものにしているのだ。イノベーションに見返りを与える自由企業体制の下、人類滅亡の予測は新たなテクノロジーによって見込み違いとなりがちだ。
 もちろん、誰もがハッピーという訳にはいかない。食肉業界団体はすでに欧州連合EU)に対し、肉を使っていない食品に「バーガー」などの言葉を使うのを禁じるよう求めている。
 このことは、破壊的な変化が単に世界をより豊かにしたり、環境に好影響を与えたりするだけではなく、強力な利害関係をひっくり返したり、地域や国家に騒乱をもたらしかねないことを浮き彫りにする。これは何も、怒れる食肉団体や配車サービスに団結して立ち向かうタクシー団体に限った話ではない。製造業のグローバル化から定型的な事務作業の自動化、そしてソーシャルメディアの台頭まで、テクノロジー革命は多くの人々の生活、考え方、働き方を変えてきた。
 同様に、テクノロジー革命は世界の歴史も変えている。グローバルなサプライチェーンを可能にしたことで中国の台頭を加速させた。そして労働者階級の不満をあおり立て、欧米社会の多くでポピュリスト運動を増大させている。
 マルサス主義者が訪れもしない人類の滅亡ばかり予測しているとすれば、テクノロジー楽観主義者は到来することのないユートピアを約束するという正反対の間違いを犯している。30歳以上の読者なら思い出すだろうが、インターネットは世界的な民主化を可能にするとされていた。しかし実際には、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は世界中で民主的選挙を妨害するのにネットを使った。また、中国の習近平国家主席ジョージ・オーウェルでさえ想像できなかったほどの独裁主義の土台としてネットを使う方法を編み出している。

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 マルサス主義者もテクノロジー楽観主義者も同じ理由で間違っている。ともに人間の本質を見誤っているのだ。人間はマルサス主義者が考える以上に独創的で適応能力がある。しかしその一方で、テクノロジー楽観主義者が考えているよりは頑固でひねくれ者なのだ。
 結局、人工肉バーガーのランチは筆者に3つの重要な示唆を与えてくれた。まず、気候変動と戦うに際して最も期待できるのは資本主義であること。次に、資本主義革命が進むのに伴い、世界的混乱が増えるのを覚悟すべきであること。最後に、前途に待ち受ける課題を克服するには、マスタードとケチャップ、そしてピクルスがこれまで以上に欠かせないということだ。